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珈琲の大霊師052

 港町ヨットーは、大陸最大の湖「内海」に面した港町だ。山と湖に挟まれた、斜面に白壁の家が立ち並ぶ喧騒に満ちた町だった。

 馬車を降りた一行は、定期便の時間を調べる為に港へと向かった。

「わぁ、皆ボクみたいな肌の色!!」

 モカナが嬉しそうにジョージを見上げて言った。見ると、強い日差しのせいか、住人は一様に日に焼けていた。

 マルクでは肌の白い人が多かった為、なんだか珍しい物扱いされたモカナだったが、ここではリフレールが好奇の目で見られていた。

 それを横目に見ていたジョージが、ふと思いついたように口を開いた。

「そういや、リフレールは砂漠の民の割には色白だよな」

 砂漠地帯は当然のように日差しが強い。その為、その地方に住む人々は大抵浅黒い肌をしているものなのだ。

「聞くところによると、私は若い頃の祖母に似ているそうです。祖母は、西の山国の血筋だったそうで。王家は、他国の王族との婚姻が多いので、そういった混血の証が出る事も珍しくないんですよ」

「なるほどな。混血が進むと美形が多くなるってのは、どっかで聞いた事があったが、まんざら嘘でもなさそうだな」

 ジョージがそう言うと、少し間をおいてから、リフレールが照れたように俯いた。

 

 船着場で調べると、次の便までには4時間程時間があった。

「4時間か・・・・・・その間に出来る事はしておかないとな。プワルじゃ買えない物もあったからなぁ・・・・・・」

「?どんなものですか?」

 キョトンとするモカナに、少しバツの悪い表情でジョージは答える。

「武器とか、防具だな」

 表向きは平和なプワル村には必要の無い物だ。鍛冶屋は全て農具専門だった。内海は、かなり歪な形をしている湖だ。狭い所もあれば、広い所もある。海賊も出没する為、港町では海上で使い易い武器なんかがよく売れるのだ。

「ボク・・・・・・傷つけ合うのは、嫌です」

 モカナが唇を尖らせて抗議の表情を作るので、ジョージはその頭をガシガシと撫でてやった。

「俺も、できりゃあしたくないさ。使わないで済めばそれでいい。モカナ、そういうのが嫌だっていうなら、お前は俺が戦わなきゃいけない時、どうお前が動いたら戦わなくて済むようになるか、それを考えるようにしておけ。そういうのは、お前の方が向いてそうだからな」

「・・・はい!それなら、ボク頑張ります!」

 戦わなくて済むように。

 戦いが嫌だけど、どこか戦わなきゃいけない事もあると心の中では容認していたモカナにとって、一度始まった戦いを止めるにはどうしたらいいか?というのは新鮮な概念なのだった。

 食料と、ジョージ用の武器防具を揃えた後、3人は船着場の前の食堂にいた。

「モカナ、重くないか?リルケ」

「大丈夫です。小さな鉢植えですから」

 と、モカナはリルケが宿っている鉢植えを持ち上げて見せた。

「向こうに着いたら、まずは向こうの植物に適応させないといけないかもしれませんね」

「今の所は上手くいってるみたいだが、多分こんな風にして村から出た花の精なんて前例無いだろうからな。慎重に運ぶ上でも、早めに適応させたほうがいいな」

「はい、お待たせ~。おや?綺麗な花だね。ああ、お客さんプワルから来たんでしょう?」

 船着場で肉体労働していそうなガッチリとした女が、両手一杯に料理を乗せてやってきた。

「分かるのか?」

「ここいらじゃ、見かけない花は大体プワル村のさ。新種かな?割とあたしも詳しい方なんだけど、見ない花だねぇ。あっと、それはともかくお待ちどうさま。ランチ3人前だよ」

 どんっと、テーブルが揺れる。ゆうに5人前はありそうな魚介類と異常に大きな野菜がゴロリと入っている大皿がテーブルに置かれた。

「うおっ!すげえな!」

「こんなに食べれるかな・・・・・・」

 モカナは不安そうにお腹を撫でた。

 案の定、三人はランチを持て余した。

 仕方がないので、モカナの肩の上でじっと物欲しそうに見ていたドロシーに残りをやった。ドロシーはあっという間に平らげ、もっと無いのか?と期待に満ちた目でモカナを見上げた。

「もう無いよ」

 モカナは、笑ってそう答えた。その耳に、聞きなれた単語が飛び込んできた時、モカナはびくっと体を硬直させてしまった。

「コーヒー・・・・・・」

 ジョージの顔も、瞬時に鋭さを増す。一言一句聞き逃すまいと、全神経を少し離れた旅人達の会話に集中したのだった。

「って知ってるか?」

 色白の商人風の男が、旅人風の男に尋ねていた。

「いや、聞いたことがない。僕は南の方から来たんだけど、それは北の流行かい?」

「流行って程じゃないんだがよ、この所色んな場所で耳にするようになった。噂の発生源は、マルクらしい」

「へえ、貿易都市っていうのは集まるのは噂ばっかりだと思ってたけど、たまには新しい情報の発信地になる事があるんだね。で、そのコーヒーっていうのは何なのさ」

「なんでも、豆を炭にして、それをどうにかして飲む、飲み物らしいんだ」

「豆を、炭?炭を飲むのかい?」

「なんでも製法は極秘らしくてよ。水宮の巫女達は、それを飲んで精神力を高めてるとか、美貌を保ってるとか、そんな噂だ。炭をそのまま飲むとは思えないけどなぁ」

「ふーん、で、そんなのが何で噂になってるのさ。水宮みたいな神殿がそこでしか作っていない飲み物を飲んでるなんてありふれた話じゃないか」

「いや、美味いらしいんだ。もし、それが本当なら、商売のネタになるってんで噂を追ってる仲間が出てきた。俺も、一花咲かせたいからな。もし、知ってるんだったら教えて欲しかったのさ」

「悪いね。知らなくて。でも、そんなに美味しいなら飲んでみたいものだね」

 ジョージとモカナは顔を見合わせて笑った。

「なんだ、マルクからの噂か。いっちょ、教えてやろうか?」

 ジョージが、ニヤリと得意げに笑ってそう言った。

「はい、ボク淹れてきますね?」

 美味しいという噂が立っていて、モカナは上機嫌に席を立った。が、それをリフレールが押し留めた。

「そんな事してごらんなさい。出航の時間が来ても根掘り葉掘り聞かれますよ?」

「あ・・・・・・そっか・・・・・・。ごめんなさい」

 しゅん、と肩を落として座るモカナに、リフレールは少し胸を痛めた。

 リフレールにも、思惑があるのだ。その為に、モカナの気持ちを犠牲にした。

「ま、いずれあいつらも知ることになるさ。な、モカナ」

「はい!ボク、頑張ってもっと美味しく淹れられるようになります」

 気持ちを取り直して、気合を入れるモカナ。

 この世界の嗜好品と言える飲み物は、現在茶しか存在していない。茶に変わる嗜好品を扱うと言う事は、凄まじいビッグチャンスなのだ。

 リフレールは、口に出さないがサラクの復興に、珈琲の魔力をなんとしても使いたい。そういう事情があるのだった。

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