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珈琲の大霊師079

「おーお、見事に囲まれてるなぁ。今は両軍睨み合いでこっちにはまだ寄って来ないか」

 ジョージは、砦中央の物見櫓の上から両軍を見渡していた。既に両軍による包囲網は完成しつつあった。これで、両軍が連携していたら恐ろしいが、実際は敵同士であり、互いが最も近づく南北の境界線では今にも戦闘が始まりそうな雰囲気だ。
 
「だが、時間の問題だ。片方がこちらに取り付いたら、恐らく境界線では互いに小競り合いをしつつ様子見をしながら、砦を落としに来るだろう」

「だろうな。まあ、きっと面白い物が見れるだろうぜ?リルケ、頼んだ」

 一瞬だけ、青い空間が広がる。
 
「行ってきまーす」

 と、散歩にでも行くような軽さで、リルケは砦からふわふわと降りていった。目指すは、討伐軍前線。
 
 
 
「チッ、ツェツェの田舎者が……。おい、命令はまだなのか?」

 討伐軍前線では、今か今かと号令を待つ兵達がイライラしながら号令を待っていた。一人の隊長が、部下にそう尋ねたが、部下に分かるはずもなく首を横に振る。
 
「くそっ、前王様の時は良かったなぁ。こう、進軍もびしっとしててよ。ま、前王様がここにいたらツェツェの連中なんぞびびって逃げ出すに違いねえが」

「その前に、前王様がご健在だったら、そもそもこんな内乱もどきになってませんよ隊長」

「違えねえ。ま、俺は前から一度やり合ってみたかったから願ったり叶ったりなんだけどよ」

「え、砂漠の狼とですか?」

「おう。隣国との戦闘があるわけじゃなし、盗賊共を手早く殲滅したくらいで砂漠の狼なんて大層な名前を頂く奴ってのは、どの程度なのかってな」

「相変わらずお盛んですねぇ。隊長は」

「おめーは戦士のくせに淡白すぎんだよ。あー、しっかし待ちくたびれたぜ。命令はまだかよっ!!」

 苛立ちを足元の砂にぶつけて、顔を上げると、隊長の視界から、ごっそりと人が消えていた。
 
「……は?」

 一瞬だ。一瞬だけ、下を向いた。その短い間に、視界を覆いつくすようにごった返していた戦友達が一人残らず消えていた。
 
 山の上にそびえる砦が、重々しく沈黙を保っている。そこまで、何も視界を邪魔する物が無い。
 
 それだけではなかった。視界が青い。隊長は目がおかしくなったのかと思ってゴシゴシと目を擦るが、景色は変わらなかった。
 
「なんだ?おい、なんだってんだ?」

 慌てて今の今まで話していた部下の方を見るが、そっちもガランとした山と砂漠だけの景色。ぐるりと一回りして確認するが、どこにも人影は見当たらない。
 
 ……いや、いた。
 
 現実離れした光景が、隊長の目を釘付けにした。
 
 空を、舞うように一人の少女が降りてきていた。肌が白く、美しい少女だ。それ以外、誰も見えない。
 
「まて、なんだ。これ。俺がおかしいのか?そうだ、こんな事あるはずがねえ。俺がおかしくなったんじゃなきゃ、こりゃ夢だ。夢に違いねぇ」

 夢なら目を覚まそうと思って、隊長はぎゅっと目を瞑った。深呼吸して10数える。
 
(覚めろ!!)

 と祈りを込めて開いた視界に、少女の薄く開いた桃色の唇が映っていた。
 
 慌てて飛び退る隊長に、少女はゆるりと笑いかけた。その指先が、ゆっくりと隊長の額に伸びる。逃げようと思ったはずなのに、隊長の足はぴくりとも動かなかった。
 

「おい、何してやがる!」

 隊長に突き飛ばされた隣の隊の大男が、一喝する。その隊長には、先ほどの部下が付き添って倒れた体を起こそうとしていた。
 
 突然、訳の分からない事を呟き始め、挙動不審になったかと思ったら急に飛び上がって、大男の胸に体当たりをする形になったのだ。
 
「や、めろ……。夢だ……おまえは、ゆ……め……ぇ」

 ぐるり、と隊長が白目を向いた。
 
 と、次の瞬間部下の視界から隊長が消えた。いや、隊長だけではない。周囲にいたはずの兵達が一人残らず消えていた。そして、隊長がいたはずの場所に座り込む、少女。
 
 その少女は、部下に気付いたようで、こちらを向いて微笑んだ。ぞくりと背中を寒いものが這い上がるのを感じた部下は、思わず叫んでいた。
 
「うわ、うわぁぁぁあああああああ!!!」

 その声が、触媒となった。
 
 空気を伝う振動が誰かの耳に伝わる度に、リルケの青い世界は次々と拠点を増やして拡大していった。それはまた次の絶叫を呼び、加速度的に青い世界が広がって、あっという間に討伐軍を飲み込んでしまった。
 
 何千という意識が、自分の足の下で蠢いている。そんな気分になって、リルケは慄きを隠せなかった。ここまで大規模な事ができるかは、リルケにも分からなかった事だ。最悪一人一人に取り憑いてやるつもりだった。
 
 それが、この短い間に討伐軍は一人残らずリルケの影響下に置かれたのだ。今、もしリルケがこの討伐軍を全滅させようと思えば、できてしまう。
 
 ゾクッと、甘い痺れがリルケの体を貫いた。それは、リルケの知らない快感だった。多くの人の運命を握るという支配。
 
 一瞬それに飲まれ、意のままに操ってやりたくなる気持ちが頭をもたげたが、ジョージの顔が脳裏に浮かんで、その気持ちはすぐに萎んだ。
 
「……まだ、終わりじゃないもんね。あっちも、やらなきゃ」

 と、使命感で心の疼きを誤魔化した。が、その疼きは抑えていても、脈動を続けていた。
 
 そうだ。これから、また支配をするのだ。
 
 今度は、ツェツェ軍を。また、広がるのだ。
 
 知らない内に、リルケの口角が上がっていた。その表情は、いつかのクエルに似ていた。

 サラク軍は同士討ちを始めた。というよりは、見えなくなったから慌ててどこかに行こうとするが現実では人がいる為、ぶつかっているだけなのだが、尖った物がそこらじゅうにあるこの状況では、同士討ちと大差無かったかもしれない。
 
「これは、ひどい」

 ジョージは苦笑いして見ていた。

「死者は出ないだろう。恐らくは。動けば痛いとなれば、普通は身動きしなくなるものだ」

 と、クルドは劇的な効果に驚きながらも、冷静に分析していた。

 だが、大怪我くらいはするだろう。中にはパニックに陥って逃げ出そうとする者もいるのだから、ともすると死者も出かねない。
 
「少なくとも、攻防戦をするよりは被害が少ないはずだ。何より、こちらの被害は一切無い」

「確かに」

 急に乗っていたラクダまで見えなくなったのだろう。騎兵は軒並み落馬していた。

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