珈琲の大霊師090
ツェツェ王国は、一昔前は流浪の戦闘民族として名を馳せ、大陸中にその名を轟かせていたツェツェ族が鉄や馬などの最新兵器に山間まで追い詰められ、集落を作ったのが始まりだ。
故に、子供も女も、成人するまで厳しい戦いの中に身を置く事を義務付けられている。
「ていっ!!はぁッ!!」
という気合の声に起こされてモカナが身を起こすと、全く見た覚えのない土壁の家に寝かされていた事に気付いた。
木製の窓の向こうから、老若男女入り混じった気合の声が聞こえてくる。そっと隙間から覗くと、どう見ても実戦としか見えないような速度で武器を振り回す様々な年代の人々がいた。
争いごとに無縁の人生を送ってきたモカナは、それを物珍しそうに見つめていた。
「見たか?これがツェツェの強さの秘密さ」
全く気配が無かったので気付かなかったが、いつの間にかモカナの隣には眠そうに瞼を擦るルビーがいた。
それを見て、やっとモカナは自分が誘拐されたのだという事を思い出した。
「あの、ボクを、どうするつもりなんですか?」
「いわゆる、人質ってやつさ。あんたがサラクの王女にとって大事なら、何かと役に立つさ」
「や、やっぱりですかー」
モカナは情けなさで一杯になった。心配になって見に行った王家の部屋で、自分が捕まって心配かけていれば世話が無い。
「しっかし、あんた見た所あの王女の妹には見えないけど、何者さ?」
「え?えっと……、うーんと、どれから話せばいいんだろう……」
自分自身は珈琲の伝道師みたいなものだと思いたいが、社会的な地位としては一介の旅人、マルクでなら水の巫女としても活動できる。
世間一般的にはどれで自分を紹介するのだろうか?と、モカナは言葉を詰まらせてしまった。記憶が消えてしまっているが故に、自分の大元の素性が分からないのも悩み所である。
「ボクと、リフレールさんは友達です。ジョージさんは、ボクの命の恩人で、ジョージさんはボクが珈琲を広めるお手伝いをしてくださってます」
「コーヒー?始めて聞くさ」
「えーっと、多分ルビーさんは飲んだ事無いと思います」
「ふーん……飲んでみたい」
「あ、飲みます?」
「うん」
「じゃあ、ちょっと待っててくださいね、……あれ?ボクの麻袋が無い」
「ん?」
「え、えっとボクの腰に巻いてあった麻袋に、珈琲豆が入ってたんです」
「……あ、もしかすると」
と、言いながらルビーはなにやら部屋の隅に置いてあった毛布の塊を足で小突く。
すると、毛布の固まりはぐずりながら立ち上がった。
「うむ~。なぁに、姉さん」
毛布の塊は、そう喋っておきながら、がくりと項垂れてしまった。
「お前、豆食べただろ」
ルビーが指摘すると、もぞもぞと毛布が動いて、中から縮れた髪の少年が顔を出した。
「ん~?黒くて苦いの?」
「そ、それです!あれ、食べたんですか?」
「うん」
「あんなの食べちゃ駄目ですよ!!あれは、珈琲を作る為に煎ってあったやつなんですから、絶対美味しくなかったはずですよ」
「苦かった」
そう呟くと、少年はまた毛布の中に戻っていってしまった。
「あうぅ、ごめんなさい淹れられません」
「いや、あたいの方こそすまなかったさ。うちの弟が勝手に……、こいつビルカっていうんだけど、食い意地ばっかり張っててね。いっつも誰かのを勝手に食べて怒られてんのさ」
ルビーは呆れ顔で謝る。立場的にはもっと高圧的でも良さそうなものなのに、気さくに話しかけてくれるこの同じくらいの年頃の少女に、モカナは親近感を覚え始めていた。
「ところで、ボクは何をしてればいいんですか?」
「え?」
「人質なのは分かったんですけど、何もしてないとなんだか落ち着かないんです」
「あー……、そうだねぇ。あたいの目の届く所なら、何してても大丈夫なんだけどね」
「分かりました。じゃあ、ボクルビーさんの近くにいますね」
「……あんた変な奴さね。人質になったら、もっと慌てたりするもんさ」
「慌てた方がいいんでしょうか?」
「あたいに聞かれても困るさ!」
そんな風に、モカナが割と自由に振舞っている頃、モカナの居なくなった砦では……
「あれだけ剣を振るったのに、結局負傷させることさえできぬとは……」
「俺がついていながら、なんてザマだ……」
男達が絶賛落ち込み中だった。
落ち込む男性陣をとりあえず放っておいて、リフレールは早々に結論を出してチッタと共に準備を始めていた。
「男ってのは、昔から落ち込むと長いんだよねぇ」
「そうでないと、女の出番が無くなってしまいますよ」
「まあ、確かにねぇ」
単純な話だ。モカナは、リフレールのサラク再興計画に必要不可欠な人物であり、更にジョージにとっても切り離せない人物である。故に、生きている内に絶対に取り戻さなければならない。
それに、現在の精神状態でジョージがサラクラシュー潜入に集中できるかというと難しいという判断に至ったからだ。
用意する物は、食料と正装。今回は、サラク王女としての立場を大いに利用するつもりだった。
あちらは、モカナを餌にこちらを強請るつもりだろうが、そうはいかない。こちらにも、リルケという切り札がある。もし、リルケが全力でツェツェに取り憑けば男達は全員行動不能になって国の運営どころではなくなってしまう。一度、戦場でそれを見ている身からすればその恐ろしさは身に浸みているだろう。
手を出された以上、ただで起きるわけにはいかない。上手い事運んで、軍事的な協力すら引き出すつもりでいた。
「ジョージさん、行きますよ!」
「……ん?え?」
「なにボヤッとしてるんですか!モカナちゃんを連れ戻しに行くんですよ!」
「え、っておいサラクはどうするんだ?」
「痛い目見てるんですから、1ヶ月くらいは攻めてこないでしょう。クルドに任せておけば大丈夫です。ですよね?クルド。まさか、その程度の事もできないとか言いませんよね?」
「当然だ。あの娘、必要なのだろう?俺はここで地固めをしておく。任せろ」
「……ああ。頼んだ」
そうクルドに頷くジョージの目には、強い意思の光が戻っていた。
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