シス岡

岡山在住。の中の人。個人的に気が付いたことをつらつら書いています。

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最近の記事

2024年の目標

新年あけましておめでとうございます。 今年もよろしくお願いします。 2023年をふりかえって2023年は、システマ岡山としては正式にインストラクターになった。プライベートでは結婚するという一大イベントがあった。 結婚して地元岡山でやっていくという重みが増した分、ちょっと活動ができなくなってきた感じがあった。 今年はそこらへんをなんとかしたい。 2024年にむけて2024年は岡山を地元として活動するでいく。 システマ岡山の活動 水曜日金曜日は岡山市内、土曜日は倉敷市

    • 30代をふりかえって

      4月22日で40歳になりました。 そこで30代の10年間を振り返ってみようと思います。 仕事についてふりかえるための資料があまりないので履歴書を見てみました。 10年前に学童保育指導員を退職しています。学童保育指導員をしながら、大学の通信制で単位を集めて教員免許を取得しました。つまり、10年前に教師としてのキャリアが始まったということになります。それから非常勤講師と常勤講師をやり、採用試験を何度か受けました。今は正規採用されることをあきらめて今に至ります。 結婚についてわ

      • 時速2kmの世界

        最近こんな本を読みました。 最初は「行商でシフォンケーキを売るなんて、のんきなおっちゃんやなあ」と思っていたのですが、本書を読んでみると印象がガラッと変わりました。 作者のてつさんは大手企業に勤務してうつ病になります。あまり書かれていませんが、とても優秀なサラリーマンだったのではないかと思われます。 ところがうつ病になってからできる事が極端に少なくなってしまいました。職場の方向へ向かう電車に乗るとパニック症状が起きる、というのは本当に苦しいものだと思います。 そんな状

        • やっぱりみんなでいきたい

          この3日間、大学のスクーリングでオンライン授業を受けていました。 美術の基本の授業だったので、ひたすら作品を作っていました。 自分が作った作品を見せてコメントをもらったり、他の受講生の作品を見てコメントしたりしていたのですが、楽しかったです。 「近くへ行くならひとりで行け、遠くへ行くならみんなで行け」ということわざがアフリカにはあるそうです。 確かに、ひとりで孤独に歩まねばならないこともあるかもしれません。 それでもわたしはみんなでワイワイしながら行きたいナ、とこの

        2024年の目標

          手応えがないことをやっていく

          こんばんは、ほぼ毎日プッシュアップをやっているシス岡です。 あ、昨日は忘れてそのまま寝てしまいました。 何かをした時に、手応えはあったほうがいいでしょうか。「やったぞ」「できたぞ」みたいな、手応えがあるとやりがいも感じられるかもしれません。 でも、手応えがないもののほうが大切ではないかと思うのです。 個人的に手応えとはフィードバックではないかと思います。つまり、やりすぎているパワーが自分に戻ってきていることが手応えなのではないでしょうか。やればやるほど手応えは返ってく

          手応えがないことをやっていく

          夢を話すこと

          夢をちゃんと口に出して話すって大事。 色々反応があって面白かった。ありがとう。 でも、もっと気がついたのは、私はシステマをどのようにやっていきたいのか、ということ。 その気づきにはある本も関わっているのですが、今日は眠い(あと寒いのと気圧の関係でだるい?)のでここまで…。

          夢を話すこと

          お金で解決できること

          「そっかぁ、お金で解決できることはお金で解決できるんだなぁ」と気がついた。 お金で解決できないことはお金で解決できないけど、お金で解決できることはお金で解決できる。 20代に戻ることはできないけれど、トレーニングジムに行って20代並の体力を維持することはできる。 もう亡くなった達人に会うことはできないけど、生きている達人なら会って指導してもらうことはできる。 やろうかどうか悩んでいて、それがお金で解決できるなら、お金で解決してしまった方がいい。 若さはお金では買えな

          お金で解決できること

          あたたかくしてな

          連続でnoteを書こうとしているのですが、パソコンに向き合うのが23時を過ぎるとあとは寝る時間との勝負になってしまいます…。 連続で100日とか1年とか書き続けている人もいるのですが、改めてすごいなーと思います。 「10年に一度」といわれる大寒波がやってきています。岡山はだいたい大丈夫なので、今回も大丈夫だと思ってはいるのですが雪や路面の状況によっては通勤できないぞ…と思っています。 そういう時はどうしようもないのであたたかくして寝るに限ります。 みんなあたたかくな。

          あたたかくしてな

          あの頃のわたしは

          わたしは幼少期にどんな遊びをしていただろうか。 スケッチブックに絵を描いていた とにかく絵を描くのが好きだったように思う。 子どもの「好き」は家庭環境や親の影響があると思っていたけれど、思い返せばうちの家族で絵を描く人はひとりもいない。逆に両親はバードウォッチングをする人だったけれど、わたしは鳥に興味がほとんどない。むしろ休日に朝から野山に連れ出されるのが子どもながらに嫌だった思い出がある。(今思い返せばいい経験だけれど) 何かを見て絵を描くというよりも、自分の中でス

          あの頃のわたしは

          一日の終わりに

          一日の終わりにnoteを書く。今日はちゃんと生きられただろうか。ご飯が美味しかったからいい一日だったのかな。やりのこしてしまったことはかなりある。また明日やっていこう。 もしかしたら今日寝たら、明日起きられないかもしれない。それでも明日があると願ってお布団に入る。これはひとつの祈りなのかもしれない。 明日はね、もうちょっとだけがんばろうと思う。 みんな、あたたかくしてすごすんだよ。

          一日の終わりに

          身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ

          どうしても安定を求めてしまう。足元をしっかり固めてからじゃないと動けない。でも、それは長年やってきた心身のくせみたいなものだから、なかなかそれを手放すのは難しい。 安定を求めること自体は悪くはないと思う。でも、「安定してから…」と考えていると動きだせないし、安定してしまったらさらに動くことができない。 不安定なまま動き出せばいい。むしろ不安定さがあるからこそ動き出せる。 非常勤講師の収入はあまり高くないので、少しずつ貯金が減ってきている。やはり貯金が減ってくると不安にな

          身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ

          酔歩する男

          一日一万歩を続けているのだけれど、どうしても達成できない時は夜歩くことになる。寒い。寒さで頭がくらくらする。 自分の写真をあまり持っていない。写真に興味がないというか、あまり見返してみることもしない。写真の整理も苦手だ。 でも、今ふと誰かに写真を撮ってもらいたいと思った。 今の自分がどのように見えているのか、写真を通して見てみたいと思う。 婚活をしている時は笑顔を作った写真を使っていた。写真を撮られる時の笑顔はいいと言われたこともあった。でも、そういう写真が見たいわけ

          酔歩する男

          思いがぽつぽつと

          晩ごはんを食べた後、ぼーっとFMラジオを聞いていたら、思いがぽつぽつと浮かび上がってきた。 みんなちゃんとしててえらいなーと思う。特に若い人たち。すごい。わたしはそれほどちゃんとしてないなーと思う。 今日もだいたいノリでやってきている。 何か創作してみたい。創作したものを、安くてもいいから、売りに出してみたいと思う。もしかしたら、どこかの誰かが必要としてくれるかもしれない。 イベントバーではイベントを開催している。イベントに参加してみたいけれど、イベントを主催してみた

          思いがぽつぽつと

          意味がないものを楽しむ

          結局すべてに意味はなくて、意味がないものをどれだけ楽しめるかなんだろうな。 わたしはなぜかすごく考えてしまうことがある。例えば会話をしていても「こう言ったら、こう返ってきて…」みたいなことを考えすぎてしまって結局何も話せなくなる。 お店とかも「今行ったら忙しいかもしれない」みたいなことを考えて、お店の手前で気持ちがくじけてしまう。 全てには意味がなくて、例えばそれは単調になり続ける音のようなもので、それにさらに音をのせたり、踊ってみたり自由に楽しめばいい。 まじめにが

          意味がないものを楽しむ

          言葉は光

          今日もアルバイト。できたことよりもできていないことの方が多いけれど、何も考えずに作業に没頭する時間も悪くない。 くらがりを照らすのは言葉なんじゃないかと思う。もし言葉がなければ、それは暗闇を歩いているのと同じだ。一歩も踏み出すことができなかったり、暗闇の穴に落ちたりしてしまうかもしれない。 自分の状況や考えを言葉にして表現したり、他人に話して整理することでくらがりをちょっとずつ、足元から照らすことができる。何が分かっていて、何が分かっていないのか。 恐怖に囚われると心身

          言葉は光

          今日は安息日。

          アルバイトで肉を解体しながら「痛くないようにしないとなあ」と思っていたのだけど、死んでるんだから痛いも何もないよなーと思う。そうやって考えると、痛いとか怖いとかは全て錯覚なのかもしれない。 今日は土曜日なのですがアルバイトで勤務をしていました。やはり5時間勤務がぎりぎりですね。 明日もアルバイトなので早く寝よう…と思いつつこの時間。いかんなぁ。

          今日は安息日。