ショートショート|君に贈る火星の
男が居た。男は、美しい女に恋をしていた。女の気を惹こうと、月並みな努力はしたものの、男に振り向くことはなかった。
「そんなことをしても、あなたを好きにはならないわ」
男は願った。何を捧げようとも、女を手に入れたいと。願いを聞きつけ、悪魔が現れた。
「たとえ何を捧げようが、願いを叶えたいというのは本当か?」
「ああ、そうだ」
「女は何を望んでいる?」
男は女が言っていたことを思い出した。
「そうね、火星の景色をこの目でいっぱいに見てみたいわ。それができるなら、考えてもいいわよ」
それを伝えると、悪魔はニヤリと笑った。
「心得た」
言い残し、悪魔は消えた。
一か月もすると、天文学者たちが騒ぎだした。
火星が大きくなっている。公転軌道を外れ、地球に近づいているらしい。
さらに時間が経つと、火星が空を埋め尽くした。女は不安になり、男と一緒に居るようになった。
人々は絶望したが、男だけはこの束の間を楽しむことにしたのだった。
了
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