3月のShhh - 小さくて深い‘わたし’的なもの
このマガジン「Shhhで話題になった、美しいものの数々」は、Shhhのクリエイティブディレクター重松 佑と、デザイナーの宇都宮 勝晃が、毎週の定例ミーティングで共有した「静謐で、美しいもの」を月ごとに編集・公開する企画です。
それではさっそく、野の草花が萌芽しはじめた3月の、美しいものの数々をお届けします。
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個の視点から描かれる、小さくて深い‘わたし’的なもの
📹 映画『AGANAI 地下鉄サリン事件と私』/ 監督さかはらあつし, 2020, 日本
地下鉄サリン事件の被害者である監督が、オウム真理教(現Aleph)の広報部長と対話の旅に出るドキュメンタリー。「時の止まってなさ」を見る事は時に苦しい。森達也監督作『A』当時の印象をそのまま留めたような荒木氏の少年的な面影を見るときに感じる胸の苦しさ。そして事件の被害者であるはずの監督自身の、彼との対話を諦めない友人のようなその度量、人を裁かない慎重な態度。「人を受け容れるとは?」「記録を残す事による副次的な癒やしとは?」のような巨大な問いに揺さぶられた。
📼 映画『行き止まりの世界に生まれて』/ 監督・製作・撮影・編集 ビン・リュー, 2018, アメリカ
「Rust Belt(錆びついた工業地帯)」と呼ばれる米国イリノイ州。当たり前のように存在する暴力と貧困のなか、スケートボードを拠り所に生きる3人の若者の12年間のビデオから伝わるのは、等身大のえも言われぬ痛みとたしかな希望。スケートで疾走する仲間を撮り貯めつづける監督自身、自分に親に痛みを抱え、撮影すればするほどそれがヒーリングになると語る姿に原題「Minding the Gap」という表現が示す現実を思い出す。
📕 書籍『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』/ タラ・ウェストーバー著, 村井理子訳, 2020, 早川書房
病院や学校、連邦政府を頼らない信念をもった両親のもとに生まれたある米国人の回顧録。出生届すら提出されず、学校にも医療機関にも行かせてもらえない閉鎖的で暴力的な家族の中で、教育には世界そのもの見方を広げ、そして自分に備わる物事を変えていく力を肯定する力がある事を、彼女の壮絶な人生の語りを通じて全世界で伝え、信じさせてくれる。
3月の静かで美しいデザイン
🏛 展示「複製芸術家 小村雪岱 ~装幀と挿絵に見る二つの精華~」(日比谷図書文化館 特別展:会期終了)
🏛 展示「小村雪岱スタイル―江戸の粋から東京モダンへ」(三井記念美術館)
文豪・泉鏡花による書き下ろし小説単行本『日本橋』で装幀家としてデビューした小村雪岱(こむら・せったい)。削ぎ落とされた色彩とグラフィックのような抽象性。余白を大きく取り、対象をより浮き立たせる大胆な構図。一方、ピンと張りを持ち、どこまでも繊細な線。これらが相まった色気と洗練は、「洒落」という言葉が最も似合う。
流転する世界と屹立する美、アジアの映像
🎥 映画『春江水暖』 / 監督・脚本 グー・シャオガン, 2019, 中国
中国東部杭州市に流れる大河、富春江が流れる富陽地区が舞台。再開発の進むまちとそこに生きる親子3代の物語。山水絵巻に着想を得たという、河の視点から若い恋人の歩みを眼差す長回しはただただ圧巻。経済成長の渦に奔流されながらも大河の周辺で生きる一人ひとりの心情が、移りゆく四季と共に丁寧に映し出されていく。
📷 写真『Byung-Hun Min: Des Oiseaux』/ Guilhem Lesaffre, 2020, Xavier Barral社
韓国出身の写真家ミン・ビョンホンの作品集。鳥をテーマにした写真集『Des Oiseaux』シリーズの1冊。山水画のような黒白で写し出される、葦の影揺れる水面、霧がかる雨の海上、柳の揺れる上空で、時に佇み、群れをなし、羽ばたく鳥たちの姿。人間の営みを遥かに超えた「悠久の時」を切り取ったこの写真集は、きっと1000年後にも同じように美しく感じる人達がいると思う。
※日本では、nostos books、flotsam booksなどで入荷があるようです。
🎷 音楽『Promises』/ Floating Points, PHAROAH SANDERS & THE LONDON SYMPHONY ORCHESTRA, 2021
英誌ピッチフォークの受賞歴があり神経科学の博士号をもつ音楽プロデューサーのフローティング・ポインツと、ジャズ界のリビング・レジェンド、ファラオ・サンダースの共作アルバム。ロンドン交響楽団によるオーケストラの重厚さと繊細に浮遊する電子音、そして深いサックスの音色が野太く揺蕩う、夢のような45分間。
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以上、3月にShhhで話題になった「静謐で、美しいもの」でした。
編集 = 原口さとみ
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