見出し画像

「楢ノ木大学士の野宿」と地学(その二)

表紙のgoogle earthの地図は,現在の葛丸川と葛丸ダムです.私が葛丸川を訪れたのは昔のことで,古いダムの再開発工事の始まるころ,炭焼きの村落が水没するとのことでした.葛丸川にそって山深く入ると出あった営林署の人にクマが出るといわれたことを思い出します.秋も寒くなる季節でたくさんの赤とんぼがかたまって泊まっていました.----- 

---野宿第一夜---

楢ノ木大学士は宝石を探しながら、葛丸川の西岸の河原をのぼって行きます。とうとう曰が落ち、両側の山はずんずん黒ずんでいきます。

葛丸川と四つの岩頸(実在)については付録を見て下さい。

岩頸の説明は、大学士の名講義に耳を傾けましょう。
「諸君、手っ取り早くいうならば、岩頸というのは、地殻からちょっと頸を出した太い岩石の棒である。一つの山である。ふん。どうして.そんな変なものができたというなら、 そいつはけだし簡単だ。ええ、ここに一つの火山がある。 熔岩を流す。その熔岩は地殻の深いところから太い棒になってのぼって来る。火山がだんだん衰えて、その腹の中ま で冷えてしまう。熔岩の棒もかたまってしまう。それから 火山は長い間に空気や水のために、だんだん崩れる。とうとう削られてへらされて、しまいには上の方がすっかりなくなって、前のかたまった熔岩の棒だけが、やっと残るというあんばいだ。この棒はたいてい頸だけを出して、一つの山になっている。それが岩頸だ。ははあ、面白いぞ、つまりそのこれは夢の中のもやだ、もや、もや、もや。そこでそのつまり、ねずみいろの岩頸だがな、そのねずみいろの岩頸が、きちんと並んで、おたがいに顔を見合せたり、ひとりで空うそぶいたりしているのは、たいへんおもしろい。ふふん。」

-ラクシヤン-

「ははあ、こいつらはラクシヤンの四人兄弟だな。…」 猶ノ木大学士は四つの岩頸をラクシヤンの四人兄弟と呼んでいます。ラクシヤンとは、インドの民話によくでてくる大女のことです。これは賢治のみごとなネーミングのひとつだと私は思います。いかにもそれらしいではありませんか。ラクシヤンとは、もともとは人喰いという意味だったらしく、アーリア民族侵入以則の土着民の酋長のことをさしたそうです。

「ヒーム力っていうのは、あの向こうの女の子の山だろう。 よわむしめ。あんなものとつきあうのはよせと何べんもおれがいったじゃないか。ぜんたいおれたちは火から生れたんだぞ、青ざめた水の中で生れたやつらとちがうんだぞ。」 (ラクシヤン第一子)

「ヒーム力さんは血統はいいのですよ。火から生れたので すよ。立派なカンラン岩ですよ。」(ラクシヤン第三子)

力ンラン岩というのは、力ンラン石という鉱物をたくさん含む黒い色をした重たい火成岩です。ヒーム力は噴火をしたことはないので火山ではありません。しかし、ラクシヤン第三子のいうとおり、カンラン岩は地下深くでマグマが固まったときにできる深成岩です。その後の長い年月の あいだに地層の侵食が進み、このカンラン岩が地表にあらわれます。そのうえ土地の隆起もあり、今日の高いヒーム力山になったと考えられます。カンラン岩は、水と熱でジャモン岩に変りますので、ヒーム力山は青白いジャモン岩のきものを着ているのです。

「知ってるよ。ヒーム力はカンラン岩さ。火から生れたさ。それはいいよ。けれどもそんなら、一体いつ、おれたちのようにめざましい噴火をやったんだ。あいつは地面まで騰ってくる途中で、もう疲れてやめてしまったんだ。今でこそ地殻ののろのろのぼりや風や空気のおかげで、おれたちと肩をならべているが、元来おれたちとはまるで生れつきかちがうんだ。........................................................

煙と火とをかためて空になげつける。石と石とをぶっつけ合せていなずまを起こす。百万の雷を集めて、地面をぐらぐらいわせてやる。................................................
山も海もみんな濃い灰に埋まってしまう。平らな運動場のようになつてしまう。その熱い灰の上でばかり、おれたちの魂は舞踏していい。いいか。もうみんな大さわぎだ。 さて、その煙がおさまって空気がきれいに澄んだときは、こっちはどうだ、いつかまるで空へとどくくらい高くなって、まるでそんなこともあったかというような顔をして、 銀か白金かの冠ぐらいをかぶって、きちんとすましているのだぞ。」(ラクシャン第一子)

「兄さん、私はどうも、そんなことはきらいです。私はそんな、まわりを熱い灰でうずめて、自分だけひとり高くなるようなことはしたくありません。水や空気がいつでも地面を平らにしょうとしているでしょう。.........かえってあの方がほんとうだと思います。」(ラクシャン第三子)

水は高い山から低い海に流れこみます。山の岩も崩れたり、ころげ落ちたりして谷底に移動します。谷川の急流は、これらの石ころをころがしながら運び、同時に川底をけずり取ったりもしています。川の流れは、風化や浸食の結果できた小石や砂やどろを海の方へ連んでいます。流水は絶えず地表をけずり取り海を埋めたてるという仕事をしてい ます。人間の一生は、百年にも満たぬものなので、このゆったりとした変化を見とどけるというわけにはいきません。 しかし、何千万年という期間には地表の様子はずいぶん変わるのでしょう。中国の詩人が「桑田変じて海となる」とうたつたような変化はほんとうにおこるのです。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?