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ゲームブック 怪しい階段

Sゲームブッカー


全6章と年表からなる175パラグラフゲームブック。筆記用具、サイコロなどは必要ありません。あの頃はまだ小さかった少年の成長の記録。



ひとりぼっちの鬼ごっこ

【1】

「ろーく、なーな、はーち、くー、じゅっ!」

 振り向くと、見知らぬ光景が広がっていた。

 君は外で遊ぶのが好きな5歳の男の子だ。今日も近所の友達3人と公園で鬼ごっこをしていて、途中から君が鬼になり、公園の隅にある木の下で顔を伏せて数を数えていたところだった。

「ここはどこ?」

 君は階段の踊り場に立っていた。さっきまで太陽の日差しが眩しかったのに、いつの間にか辺りは夕暮れ時のように赤く染まっている。階段は上へも下へも果てしなく続いていて果てが見えない。階段の両側は高い塀になっていて、君の身長では塀の向こうがどうなっているのか見ることができず、凹凸もないためによじ登ることもできない。

 君はふと、自分が野球帽をかぶっていないことに気がついた。数を数えていたときはかぶっていたはずなのに……。

 君は怖くなって、しゃがみ込んで泣いた。だが、泣いていても何も変わらないと気づいて立ち上がる。状況を変えるには、階段を上るか下るしかなさそうだ。暗くなる前に家に帰らなくては。

階段を上る 3へ

 階段を下る 7へ

【2】

 君は階段を駆け下って、涙の跡がある最初の踊り場まで戻り、50段ほど下っても途中に踊り場もなく、変わらない景色が続いている。

さらに階段を下る 10へ

 涙の跡まで戻って階段を上る 5へ

【3】

 君は階段を駆け上った。50段ほど駆け上っても途中に踊り場もなく、変わらない景色が続いている。

さらに階段を上る 8へ

 涙の跡まで戻って階段を下る 2へ

【4】

 さらに50段ほど駆け上って、君は階段に座り込む。相変わらず果ては見えてこない。だんだん不安になってくる。

「お母さーん!」

 君は叫び、また泣いた。

 そのとき、背後からかすかにポンポンと何かが転がり落ちてくるような音が聞こえてきた。君は座ったまま振り向く。階段のずっと上の方から、何か白くて丸い物が転がり落ちてくる。それは徐々に勢いを増して、君の方へと転がってくる。

 やがて、ボールだとわかる近さまで転がってきた。

 君はボールを……

キャッチする 11へ

 かわす 9へ

【5】

 君は階段を駆け上って君の涙の跡がある最初の踊り場まで戻り、50段ほど駆け上っても途中に踊り場もなく、変わらない景色が続いている。

さらに階段を上る 8へ

 涙の跡まで戻って階段を下る 2へ

【6】

 さらに50段ほど下ると、階段の途中にピンクのワンピースを着た髪が腰の辺りまである女の人が背を向けて立っているのが見えてきた。君は人に出会えた嬉しさで、タッタッと階段を下って近づいていく。

 3メートルほど離れた距離まで近づいたとき、女の人が突然こちらを振り向いた。目は前髪で隠れ、白いマスクをしている。

 これではどんな顔をしているのかわからない。君は少し怖くなった。こんな見知らぬ場所で、顔を隠した人と二人きりなのだから仕方がない。しかも君よりもだいぶ背が高い大人の人。君が自分の家はどこか尋ねようとすると、女の人はマスクをもごもごさせながら言う。

「家に帰りたいのなら、引き返して階段を上りなさい」

 君はその感情のない言い方が怖くて、今度は君が女の人に背を向けて階段を駆け上る。途中で振り返ると、女の人はどこにも見当たらず、立っていたと思われる場所にマスクだけが落ちていた。

 君は転びそうになりながらも、後ろを振り返らずに無我夢中で階段を駆け上った。

 やがて、君の涙の跡がある最初の踊り場が見えてきた。君は踊り場で立ち止まらずにさらに100段ほど階段を駆け上る。

4へ  

【7】

 君は階段を駆け下った。50段ほど下っても途中に踊り場もなく、変わらない景色が続いている。

さらに階段を下る 10へ

 涙の跡まで戻って階段を上る 5へ

【8】

 君は階段を駆け上がった。さらに50段ほど駆け上っても途中に踊り場もなく、まだまだ果ては見えてこない。今戻らないと、君の体力ではもう戻れなくなるだろう。

さらに階段を上る 4へ

 涙の跡まで戻って階段を下る 2へ

【9】

 君は転がり落ちてきたサッカーボールほどの大きさのボールをかわした。だが、ボールは寸前で向きを変え、君のおでこに当たった!

 その瞬間、君はその場に卒倒した……。

 気がつくと、君は公園の木の下に倒れていた。傍らには君の野球帽が落ちている。

「大丈夫か?」

 友達3人が君を心配そうに見下ろしている。

 友達の話によると、君が木の下で数を半分数え終わったときに、公園で遊んでいた子供が蹴ったボールがたまたま君の頭に当たり、君は卒倒したらしい。ただ、その倒れ方があまりにも奇妙だったということだ。それを野球帽をかぶりながら聞いていた君は、あの階段での出来事は夢だったんだとホッとして、涙が出てきた。

 そのとき、友達の1人が不思議そうに君のおでこを見て言った。

「その、女のクスマってのは何だ?」

END

2つの階段(12)へ

【10】

 君は階段を駆け下った。さらに50段ほど駆け下っても途中に踊り場もなく、まだまだ果ては見えてこない。今戻らないと、君の体力ではもう戻れなくなるだろう。

さらに階段を下る 6へ

 涙の跡まで戻って階段を上る 5へ

【11】

 君はポーンと跳ねてきたサッカーボールほどの大きさのボールをキャッチする。ボールを見ると、黒いマジックで何か書いてある。

キャッチしなければ良かったのに
マスクの女

 君は唖然としてボールを落とす。ボールはポンポンと跳ねて、階段を転がり落ちていく。

「いーち、にーい、さーん、しーい、ご……」

 君は突然、数を数え始める。

1へ

2つの階段

【12】

「サッカーしようぜ」

 君は気がつくと、見知らぬ階段を下りかけていた。

 君は外で遊ぶのが好きな10歳の少年だ。今日も近所の友達5人と校庭で3対3のサッカーをすることになっていた。

 2階の自分の部屋で待っていると、友達の1人が君を呼びにきた声が玄関から聞こえ、階段を駆け下りていたところだった。

「ここはどこ?」

 君は見知らぬ階段の途中に立っていた。しかも、サッカーはお昼からだったはずなのに、辺りは夕暮れ時のように赤く染まっている。階段は下へ果てしなく続いていて、振り向くとすぐ後ろに踊り場があって、階段は上へも果てしなく続いている。

 君はふと、5年ほど前に見たことのある光景だと思った。階段の両側が高い塀になっているのも同じで、君の身長では塀の向こうがどうなっているのかはまだ見ることができず、やはり塀には凹凸がなくてよじ登ることもできない。

 踊り場まで上がり、塀の前で両腕を伸ばしてジャンプした。塀の天辺にはあと50センチほど届かない。階段は上にも下にも人の姿は見当たらず、辺りはしんと静まり返っている。

 君はまた怖くなって泣きたくなったが、10歳になった君は何とか涙をこらえる。元の世界に戻るには、今回も階段を上るか下るしかない、と。

 君は片方の靴下を脱ぎ、最初の踊り場の目印として置いた。

階段を上る 17へ

 階段を下る 15へ

【13】

 君は階段を駆け上って靴下を置いた最初の踊り場まで戻り、50段ほど上ったところで踊り場が見えてきた。だが、まだまだ果ては見えてこない。

さらに階段を上る 24へ

 靴下まで戻って階段を下る 16へ

【14】

 君は階段を駆け下った。

 さらに50段ほど下ると、前方に煙か雲のようなもやが行く手を遮っているのが見えてきた。もやで階段の先が見えなくなっている。君はもやの前まで駆け下っていく。

 もやは2メートルほどの高さで、隙間なく雷雲のようにうねっている。君は綿飴を思い出して、もやに手を突っ込んでみる。すると、もやの向こうから人の声が聞こえたような気がした!

逃げるように階段を上る 22へ

 もやの中に飛び込む 26へ

【15】

 君は階段を駆け下った。50段ほど下ったが、途中に踊り場もなく、果てはまだまだ見えてこない。

さらに階段を下る 20へ

 靴下まで戻って階段を上る 17へ

【16】

 君は階段を駆け下って靴下を置いた最初の踊り場まで戻り、50段ほど下っても途中に踊り場もなく、変わらない景色が続いている。

さらに階段を下る 20へ

 靴下まで戻って階段を上る 13へ

【17】

 君は階段を駆け上った。50段ほど上ったところで踊り場が見えてきた。だが、まだまだ果ては見えてこない。

 君はふと、前回はなかなか踊り場が見えてこなかったのを思い出した。では、最初の踊り場は、前回とは違うものだったのだろうか。

さらに階段を上る 24へ

 靴下まで戻って階段を下る 16へ

【18】

 君の両肩を掴んで階段の下の方へ向かせると、躊躇する様子もなく、両手で背中を押した! 突き飛ばされた君の体はスローモーションのようにゆっくり斜め下へと落ちていく。

「う……わ……あ」

 叫び声もゆっくりになって。

 気づいたときには、君は自宅の階段を駆け下りていた。

12へ

【19】

 その人は同じペースで下ってくる。

 君が階段を駆け上ると、髪が長くて、白いマスクをしたピンクのワンピース姿の女の人だとわかった。目元は前髪で隠れ、うつむき加減で階段を下ってくる。

 女の人はペタペタッと階段を駆け上ってくる君に気づかない様子でうつむいたまま。

 女の人との距離が1メートルほどになって君は立ち止まり、階段の右端によける。女の人はうつむいたまま君の左横を通り過ぎていく。足音が聞こえたはずなのに気づかない様子なのが少し怖かった。

女の人を呼び止める 23へ

 階段を上る 27へ

【20】

 君は階段を駆け下った。さら50段ほど下っても途中に踊り場もなく、まだまだ果ては見えてこない。

さらに階段を下る 14へ

 靴下まで戻って階段を上る 13へ

【21】

 その人は同じペースで下りてくる。

 しばらくすると、髪が長くて、白いマスクをしたピンクのワンピース姿の女の人だとわかった。目元は前髪で隠れ、うつむき加減で階段を下ってくる。

 女の人は君の存在に気づかない様子でうつむいたまま。

 女の人との距離が1メートルほどになって、君は階段の右端によけた。女の人はうつむいたまま君の左横を通り過ぎていく。すぐ横に立っているのに気づかない様子なのが少し怖かった。

女の人を呼び止める 23へ

 階段を上る 27へ

【22】

 君は階段を駆け上った。50段ほど上ると、前方から人が階段を下ってくるのが見えた!

階段を下って、もやの中に飛び込む 26へ

下ってくるのを待つ 21へ

 さらに階段を上る 19へ

【23】

「あの……」

 君は恐る恐る呼び止める。すると、女の人はピタリと立ち止まった!

 ゆっくりとこちらに顔を向ける。前髪の間から自分を見る視線を感じたような気がした。君が自分の家はどこか尋ねようとしたときだった。

「家に帰りたいのなら、どれか選ぶのよ。私に平手打ちされるか、突き飛ばされるか。さあ」

 女の人はマスクをもごもごさせながら言う。君はその感情のない言い方が怖かったが、どれか選ばないと家に帰れないような気がして、半泣きになりながら選ぶ。

平手打ち 25へ

 突き飛ばされる 18へ

【24】

 君は階段を駆け上った。50段ほど上ると、また踊り場が見えてくる。まだまだ果ては見えてこないが、前方から人が下ってくるのが見えた!

しばらく下ってくるのを待つ 21へ

さらに階段を上る 19へ

 靴下まで戻って階段を下る 16へ

【25】

 女の人は何も言わずに右手で君の頬を平手打ちした。「パシーン」と音がして目眩がしたかと思うと、君は女の人の足元に倒れ込み、意識が遠退いていくのを感じた……。

「大丈夫か?」

 意識がはっきりしてくる中で、友達の自分を呼びかける声がする。何度も君の頬を平手打ちしている。その頬よりも体のあちこちが痛む。目を開けた君は、自分が階段の下で仰向けに倒れているのに気がつく。そんな君を友達5人が心配そうに見下ろしている。

「どうして僕はここに?」

 友達の話によると、君は階段を踏み外して転げ落ち、頭を打ったようで少しの間気を失っていたらしい。ただ、その踏み外し方があまりにも奇妙だったということだ。君はあの階段での出来事もまた夢だったんだとホッとした。

 そのとき、君の頬を平手打ちした友達が不思議そうに君の頬を見て言った。

「何で大人に平手打ちされたみたいになってんだ? 俺の手、そんなに大きくないぞ」

 友達は自分の右手の手のひらをまじまじと見つめていた。

END

目隠し(28)へ

【26】

 もやの中に飛び込んだ。中は真っ白で何も見えない。君の体はスローモーションのようにゆっくり斜め下へと落ちていく。

「寝てるのか?」

「早く下りて来いよ」

 友達の声が落ちていく君の耳元を通り過ぎる。

 気づいたときには、君は自宅の階段を駆け下りていた。

12へ

【27】

「気づいてないと思う?」

 階段を駆け上ろうとする君の背後で女の人の声がした。振り向くと、顔がこちらを向いていて、前髪の間から自分を見る視線を感じたような気がした。

「人に頼らないのは立派よ。でも、時には自分一人ではどうにもならないことにぶつかるものよね?」

 女の人はマスクをもごもごさせながら感情のない声で言ったかと思うと、君のシャツの襟首を掴んで引き寄せる。

18へ

目隠し

【28】

「だーれだ?」

 君は気がつくと、見知らぬ階段の途中に立っていた。

 君は外で遊ぶのが好きな15歳の少年だ。今日も近所の友達7人と4対4の雪合戦をした。その帰りに信号が変わるのを待っていたら、後ろから目隠しされたのだ。

「ここは?」

 信号も車の通りもなく、背後には確か親友の謙司の声だった気がするが、「だーれだ?」と言って目隠ししてきた人の姿もない。しかも、雪合戦はお昼前には終わったはずなのに、辺りはすっかり薄暗くなっている。

 階段は上へ果てしなく続いていて、振り向くと、階段は下へも果てしなく続いている。君はふと、過去に2度見たことのある光景だと思った。やはり階段の両側が高い塀になっているのも同じで、君の身長では塀の向こうがどうなっているのかはまだ見ることができず、凹凸のない塀はよじ登ることもできない。

 15歳になった君は、ジャンプすれば塀の天辺に手が届くような気がした。君は塀の前で両腕を伸ばしてジャンプする。塀の天辺にはあと20センチほど届かない。君は仕方なく、今回も塀の向こうを見るのを諦める。

 階段はいつものように上にも下にも人の姿は見当たらず、辺りはしんと静まり返っている。ふと空を見上げた君は、空に月が見当たらないことに気がついた。君は辺りの薄暗さに不安を感じ始める。さらに暗くなる前に家に帰れるだろうか、と。

 君は最初に立っていた階段の目印として、かぶっていたニット帽を置いた。

階段を上る 34へ

 階段を下る 31へ

【29】

 君は階段を駆け上ってニット帽が置いてある場所まで戻り、50段ほど上ってもまだ踊り場は見えてこない。

さらに階段を上る 30へ

 ニット帽まで戻って階段を下る 32へ

【30】

 君は階段を駆け上った。さらに50段ほど上っても、まだ踊り場は見えてこない。

さらに階段を上る 35へ

 ニット帽まで戻って階段を下る 32へ

【31】

 君は階段を駆け下った。50段ほど下ってもまだ踊り場は見えてこない。君はふと、最初に立っていたのはこの果てしなく続く階段のどの辺りだったのだろうと思った。

さらに階段を下る 33へ

 ニット帽まで戻って階段を上る 29へ

【32】

 君は階段を駆け下ってニット帽が置いてある場所まで戻り、さらに50段ほど下っても途中に踊り場もなく、まだまだ果ては見えてこない。

さらに階段を下る 33へ

 ニット帽まで戻って階段を上る 29へ

【33】

 君は階段を駆け下った。さらに50段ほど下ったところで踊り場が見えてきた。だが、まだまだ果ては見えてこない。

さらに階段を下る 36へ

 ニット帽まで戻って階段を上る 29へ

【34】

 君は階段を駆け上った。50段ほど上ってもまだ踊り場は見えてこない。君はふと、最初に立っていたのはこの果てしなく続く階段のどの辺りだったのだろうと思った。

さらに階段を上る 30へ

 ニット帽まで戻って階段を下る 32へ

【35】

 君は階段を駆け上った。さらに50段ほど上っても、まだ踊り場は見えてこない。

さらに階段を上る 37へ

 ニット帽まで戻って階段を下る 32へ

【36】

 君は階段を駆け下った。さらに50段ほど下っても途中に踊り場もなく、まだまだ果ては見えてこない。君の階段を駆け下るタッタッタッという長靴の音だけが辺りに響いている。

さらに階段を下る 42へ

 ニット帽まで戻って階段を上る 29へ

【37】

 君は階段を駆け上った。さらに50段ほど上ってもまだ踊り場は見えてこない。君の階段を駆け上るタッタッタッという長靴の音だけが辺りに響いている。

さらに階段を上る 41へ

 ニット帽まで戻って階段を下る 32へ

【38】

 君は階段を駆け上った。さらに50段ほど上っても踊り場も果ても見えてこない。君はだんだん階段が無限に続いているような気がしてきて怖くなってきた。

さらに階段を上る 35へ

 ニット帽まで戻って階段を下る 32へ

【39】

 ソリはさらに加速していく。君は何かに取り憑かれたかのように立っている人に突っ込んでいく。

 あと3メートルほどの距離まで近づいてようやく見えてきた。髪の長い、白いマスクをしたピンクのワンピース姿の女の人がうつむき加減で立っていた。君はすぐに5年ほど前にも会ったことのあるマスクの女だと気がついた。やはり目元は前髪で隠れていて、顔はよく見えない。ワンピースが半袖で寒そうだと君は一瞬思ったが、すぐにこの階段の世界では寒さも暑さも感じたことがなかったのを思い出す。

 あと1メートルほどでぶつかるというところで、マスクの女がその場で両脚を広げてジャンプした! ピンクのスカートが君の両目を覆う。君はまるで目隠しでもされたかのように視界が一瞬暗くなる。

28へ

【40】 

「はい」

 君は正直にそう答える。

「じゃあ、後ろを向いて」

 女がまた少し寂しそうな声で言う。君が何かあるのかなと後ろを向いた瞬間、背後に気配を感じて怖くなった。君の両目が温かい両手で隠され、視界が一瞬暗くなる。

 視界が明るくなると、君は青に変わろうとする信号機の前で佇んでいた。急に明るい場所に出て、君は思わず目を細める。

「何ずっと突っ立ってんだ?」

 背後で声がして振り向くと、君の親友の謙司が怪訝そうな顔をして立っていた。

「いや、何でもない」

 君は元の世界に戻れたことと、親友の顔を見てホッとした。

「早く渡ろうぜ。また変わっちまうぞ」

 そう言って横断歩道を渡る謙司の後を君は慌ててついていく、ずれたニット帽をかぶり直しながら。

END

階段の謎(47)へ

【41】

 君は階段を駆け上った。さらに50段ほど上っても途中に踊り場もなく、まだまだ果ては見えてこない。

さらに階段を上る 38へ

 ニット帽まで戻って階段を下る 32へ

【42】

 君は階段を駆け下った。さらに50段ほど下ると、階段の途中に紐のついた木のソリが滑り落ちて止まったような状態で転がっていた。坂道で滑って遊ぶあれだ。このソリなら階段を一気に滑り下りることができるかもしれない。

ソリで滑り下りる 44へ

駆け下る 46へ

 ニット帽まで戻って階段を上る 29へ

【43】

「そんなことはありません」

 君は本当は今すぐにでも帰りたかったが、マスクの女を気遣ってそう答える。

「じゃあ、このマスクを」

 女は今度は嬉しそうな声で言い、マスクのゴムに手をかけ、ゆっくりと外す。唇に赤い口紅を塗っているのを見て、自分よりも大人の女性なのだということを再認識する。

 ゴムを君の両耳にかけ、マスクを両目の前に下ろす。君はまるで目隠しでもされたかのように視界が一瞬暗くなる。かすかに口紅の匂いがした気がした。

28へ

【44】

 両手で紐をしっかり握って両足で階段を蹴り、勢いよく階段を滑り下りる。思ったよりお尻が痛くなく、スピードを増しながら滑り下りていく。

 5分ほど滑り下りただろうか。だんだん怖いくらいのスピードになってきて、そろそろソリを止めようとしたそのとき、前方に白っぽい服を着た人影が階段の真ん中に立っているのが見えてきた! このままではぶつかってしまう!

ソリを止める 45へ

 構わず滑り下りる 39へ

【45】

 両足の長靴の底で徐々にソリのスピードを緩め、立っている人の10段ほど手前でソリを止める。髪が長くて、白いマスクをしたピンクのワンピース姿の女の人がうつむき加減で立っている。

 すぐに5年ほど前にも会ったことのあるマスクの女だと気がついた。やはり目元は前髪で隠れていて、顔はよく見えない。ワンピースが半袖で寒そうだと君は一瞬思ったが、すぐにこの階段の世界では寒さも暑さも感じたことがなかったのを思い出す。

「大きくなったわね。何年ぶりかしら?」

 女がマスクをもごもごさせながら感情のない声で言う。おそらく身長のことだろう。そう言われて背丈が同じくらいになっていることに気づき、5年という年月の長さを感じる君。

「た、たぶん5年ぶりくらいです」

 何度聞いても怖い声だ。

「そうよね。やっぱり家に帰りたいんでしょう?」

 今度は少し寂しそうな声で言う。

帰りたい 40へ

 帰りたくない 43へ

【46】

 君がソリを横目に階段を駆け下ろうとしたそのとき、背後に気配を感じた。君は恐る恐る振り向く。

 そこには、髪が長くて、白いマスクをしたピンクのワンピース姿の女の人がうつむき加減で立っていた。君はすぐにあのマスクの女だと気がついた。やはり目元は前髪で隠れていて、顔はよく見えない。ワンピースが半袖で寒そうだと君は一瞬思ったが、すぐにこの階段の世界では寒さも暑さも感じたことがなかったのを思い出す。

「何で使わないのよ」

 女がマスクをもごもごさせながら感情のない声で言う。おそらくソリのことだろう。

「いや、その……」

 君は思わず口ごもる。何度聞いても怖い声だ。

「人の物を勝手に使ったらいけないって言われてるので」

 君はしっかりとした口調でそう答える。

「ちゃんと躾けられているのね。ご褒美にいいものを見せてあげる」

 今度は穏やかな声で言い、両耳にかけたゴムに手をかけた。ついにマスクの女の顔が見られるのか?

 女は顔の前でゆっくりとマスクを外すと、突然君の両目にマスクをかぶせてきた! 君はまるで目隠しでもされたかのように視界が一瞬暗くなる。かすかに口紅の匂いがした気がした。

28へ

階段の謎

【47】

「ザザー……」

 君は気がつくと、見知らぬ階段の途中に膝を抱えて座り込んでいた。

 君は子供のように外で遊ぶのが好きな20歳の青年男性だ。今日も大学の友達9人と波の高いことで有名な砂浜にサーフィンをやりに来ていた。

「ここはどこだ?」

 君は波乗りを楽しんでいたはずだったのだが、照りつける夏の日差しも、打ち寄せる波も、乗っていたサーフボードもない。しかも、サーフィンをしていたときは太陽が真上に昇っていたのに、今は太陽が見えない位置にある。

 階段は下へ果てしなく続き、立ち上がって後ろを向くと、数段上がったところに踊り場があり、そこから階段は上へも果てしなく続いている。

「またか……」

 君はすぐに、今まで何度も見たことがあるあの階段だと気がついた。やはり両側は凹凸のない高い塀になっていて、大人になった君の身長でも塀の向こうがどうなっているのかは見ることができないが、塀の天辺はジャンプすれば手の届きそうな高さにある。

 君は踊り場まで上がり、塀の前で両腕を伸ばしてジャンプする。すると、親指以外の両手の指が天辺にしっかりとかかった! 5歳の頃ははるか高い位置にあったのに……。君は改めて自分が大人になったことを実感する。

 懸垂の要領で徐々に体を持ち上げる。君は両腕に力を込めながら、いよいよ塀の向こうがどうなっているのか確かめられる!と胸が高鳴った。徐々に塀の向こうの景色が見えてくる……!

 塀の向こうは、雲ひとつない空だった! 下の方へ目を向けると、風に身を任せて少しずつ動く雲が流れていて、その雲間から連なる山々や町並みがかすかに見える。

 君は急に足が地に着かないような感覚に襲われて、するすると踊り場に両足を下ろす。太陽は反対側にあるのか見えなかった。階段は雲の上まで延びているのだから、上がるほどに酸素が薄くなっていくはずだが、今は普通に呼吸ができている。

 階段はいつものように上にも下にも人の姿は見当たらず、辺りはしんと静まり返り、風の吹く音すらしない。

 今回は元の世界に戻る方法は何だろうか。君は腕組みをしながらこの階段の世界に迷い込んだときのことを思い出していた。最初が5歳、次が10歳、その次が15歳の頃だった。今が20歳だから、5年間隔で迷い込んでいたことになる。それに何か理由があるのかはわからないが、次は25歳になった頃になるのだろうか。

 そして、ここで出会う人はあのマスクの女だけだ。もし他にも迷い込んでいたとして、俺と同じ方法で元の世界に戻ったのか、戻れなかった場合は、今も階段を上ったり下ったりし続けているのだろうか。確か前回階段を下ったところに木のソリが転がっていた。あれは過去に迷い込んだ誰かの物だったのではないだろうか。そうではなく、他に迷い込んだ人がいないとしたら、なぜ俺だけなんだ?

 そうだ! あのマスクの女は? 迷い込んで戻れなくなったのではないのか? だが、今まで戻ることができたのは、あのマスクの女のお陰だったような気がする。だとしたら、あの女は一体何者なんだ? 顔のほとんどが前髪とマスクで隠され、感情のない声は子供心に怖かったが、幽霊のような感じはしなかった。

 君は今、大学に通いながらアパートで一人暮らしをしている。子供の頃のように暗くなる前に家に帰る必要はない。君は元の世界に戻る前に、この階段の世界と、マスクの女の正体を暴いてやろうと決める。

 踊り場を数段下りた階段の踏み面に、君が海水で濡れた海パンで座り込んでいた尻の跡が残っている。この跡を出発点の目印にすることにした。

階段を上る 52へ

 階段を下る 55へ

【48】

 君は階段を駆け下って座り込んでいた跡まで戻り、さらに50段ほど下っても途中に踊り場もなく、まだまだ果ては見えてこない。

さらに階段を下る 53へ

 座り込んでいた跡まで戻って階段を上る 51へ

【49】

 君は階段を駆け下った。さらに50段ほど下っても途中に踊り場もなく、まだまだ果ては見えてこない。君の階段を駆け下るペタペタッという足音だけが辺りに響いている。

さらに階段を下る 57へ

 座り込んでいた跡まで戻って階段を上る 51へ

【50】

 君は階段を駆け上った。さらに50段ほど上っても、まだ踊り場は見えてこない。

さらに階段を上る 54へ

 座り込んでいた跡まで戻って階段を下る 48へ

【51】

 君は階段を駆け上って座り込んでいた跡まで戻り、さらに50段ほど上っても、まだ踊り場は見えてこない。

さらに階段を上る 50へ

 座り込んでいた跡まで戻って階段を下る 48へ

【52】

 君は階段を裸足でペタペタッと駆け上った。50段ほど上っても、まだ踊り場は見えてこない。

さらに階段を上る 50へ

 座り込んでいた跡まで戻って階段を下る 48へ

【53】

 君は階段を駆け下る。さらに50段ほど下っても途中に踊り場もなく、まだまだ果ては見えてこない。

さらに階段を下る 49へ

 座り込んでいた跡まで戻って階段を上る 51へ

【54】

 君は階段を駆け上った。さらに50段ほど上っても、まだ踊り場は見えてこない。

さらに階段を上る 56へ

 座り込んでいた跡まで戻って階段を下る 48へ

【55】

 君は階段を裸足でペタペタッと駆け下った。50段ほど下っても、まだ踊り場は見えてこない。

さらに階段を下る 53へ

 座り込んでいた跡まで戻って階段を上る 51へ

【56】

 君は階段を駆け上った。さらに50段ほど上っても、まだ踊り場は見えてこない。君の階段を駆け上るペタペタッという足音だけが辺りに響いている。

さらに階段を上る 58へ

 座り込んでいた跡まで戻って階段を下る 48へ

【57】

 君は階段を駆け下る。さらに50段ほど下ると、前方から中学生くらいの少年が階段を駆け上ってくるのが見えた。

立ち止まる 61へ

 座り込んでいた跡まで戻って階段を上る 59へ

【58】

 君は階段を駆け上った。さらに50段ほど上っても、まだ踊り場は見えてこない。

さらに階段を上る 60へ

 座り込んでいた跡まで戻って階段を下る 48へ

【59】

 君は階段を駆け上った。途中で振り返ると、いつの間にか少年の姿が消えていた!

 幽霊だったのか?

 君は怖くなって慌てて階段を駆け上って座り込んでいた跡まで戻り、さらに50段ほど上っても、まだ踊り場は見えてこない。

さらに階段を上る 50へ

 座り込んでいた跡まで戻って階段を下る 48へ

【60】

 君は階段を駆け上った。さらに50段ほど上っても、まだ踊り場は見えてこない。君の階段を駆け上るペタペタッという足音だけが辺りに響いている。

さらに階段を上る 62へ

 座り込んでいた跡まで戻って階段を下る 48へ

【61】

 君は立ち止まって少年が階段を駆け上ってくるのを待った。今の季節には暑そうな冬の服を着て、長靴で駆け上ってくる少年との距離が近づくにつれ、君は少年の顔をどこかで見たことがあるのに気がついた。それは中学生の頃の君だった!

 少年は君の存在に気づく様子もなく、ぐんぐん駆け上ってくる。

「うわっ!」

 ぶつかる!と思った瞬間、少年は君の体を通り抜けた! 振り返ると、少年の姿はどこにも見当たらない。

 あれは何だったのだろう?

 服装は5年前に迷い込んだときと同じだったような気がするが、ニット帽はかぶっていなかった。

さらに階段を下る 63へ

 座り込んでいた跡まで戻って階段を上る 51へ

【62】

 君は階段を駆け上った。さらに50段ほど上ると、50段ほど上ったところで階段が途切れているのが見えてきた。ついに階段を上り切ったのだろうか!?

さらに階段を上る 64へ

 座り込んでいた跡まで戻って階段を下る 48へ

【63】

 君は階段を駆け下る。さらに50段ほど下ると、前方から10歳くらいの少年が階段を駆け上ってくるのが見えた。

立ち止まる 65へ

 座り込んでいた跡まで戻って階段を上る 59へ

【64】

 階段を50段ほど駆け上ったところで階段は途切れ、階段と同じ幅の道が3メートルほど延びていて、雲のように白いドアに突き当たっている! 道の両側に塀はなく、青い空が覗いていて、君は目が眩みそうで下を覗くことができない。

 君があそこから落ちたらどうなってしまうのだろうかと思いながらドアに近づいていこうとすると、背後で何者かが階段を上がってくる気配がした! 君はハッとして振り向き、それから目を見張る。あのマスクの女が少しずつ階段を上がってくるのが見えたからだ!

 やはり目元は前髪で隠れ、ピンクのワンピースを着ている。だが、常にうつむいていた顔は君の顔へとまっすぐに向けられていて、君はマスクの女がいつもと様子が違うのを感じ取る。マスクの女は君が海パン一丁なのも気にする様子もなく歩み寄り、君との距離が1メートルほどになると立ち止まる。

「ついに階段を上り切ったわね。人生とは、ひたすら階段を上るのと同じ。下るのは、過去を振り返って進まないのと同じ。この階段は、あなたが大人になるための階段だったのよ。立派な大人になったわね」

 マスクの女はいつもの感情のない怖い声ではなく、明るい声で言うと、そのまま押し黙る。どうやら、君の言葉を待っているらしい。

「ここは異世界なのか?」 70へ

「君は一体何者なんだ?」 74へ

「5年前の木のソリはここに迷い込んだ人の物だったのか?」 66へ

「階段を下り切ったら何があるんだ?」 72へ

「ドアを開けてもいいか?」 76へ

 「俺はまた5年後、ここに迷い込むことになるのか?」 68へ

【65】

 君は立ち止まって少年が階段を駆け上ってくるのを待った。なぜか片方が裸足、もう片方は靴下を履いた少年との距離が近づくにつれ、君は少年の顔をどこかで見たことがあるのに気がついた。それは10歳の頃の君だった!

 少年は君の存在に気づく様子もなく、ぐんぐん駆け上ってくる。

「うわっ!」

 ぶつかる!と思った瞬間、少年は君の体を通り抜けた! 振り返ると、少年の姿はどこにも見当たらない。

 またか。

 服装は10年前に迷い込んだときと同じだったような気がする。

さらに階段を下る 67へ

 座り込んでいた跡まで戻って階段を上る 51へ

【66】

「あなた以外に迷い込んだ人間は見たことがないわ。それはたぶん、あなたのためにこの世界が作り出したものよ」

 俺のためにこの世界が? もしそうなら、元の世界に返すために?

75へ

【67】

 君は階段を駆け下った。さらに50段ほど下ると、前方から5歳くらいの男の子が階段を駆け上ってくるのが見えた。

 15年前の俺かもしれない。

 ここまで下って来た君はそう思った。

立ち止まる 69へ

 座り込んでいた跡まで戻って階段を上る 71へ

【68】

「あなたは大人になった。だから、これで最後よ。またこの階段を駆け上ったり、駆け下ったりしたいと思っても、それはもうできない。大人になるっていうのは、二度と経験できないことを積み重ねていくことでもあるのよ」

 これで最後なら、マスクの女とこうやって話すのも最後になるのかと君はふと思う。

75へ

【69】

 君は立ち止まって男の子が階段を駆け上ってくるのを待った。男の子との距離が近づくにつれ、君は男の子の顔をどこかで見たことがあるのに気がついた。それは5歳の頃の君だった! 今にも泣き出しそうな表情をしている。

 男の子はやはり君の存在に気づく様子もなく、ぐんぐん駆け上ってくる。

「うわっ!」

 ぶつかる!と思った瞬間、男の子は君の体を通り抜けた! 振り返ると、男の子の姿はどこにも見当たらない。

「……」

 服装は15年前に迷い込んだときと同じだったような気がするが、はっきりとは思い出せない。5歳の頃の君が記憶していなければ思い出しようもないが。

さらに階段を下る 73へ

 座り込んでいた跡まで戻って階段を上る 51へ

【70】

 君が薄々感づいていたことを聞くと、マスクの女はうなずく。

「そう、あなたと私だけのね。気づいていたかもしれないけど、階段は毎回違っていたのよ」

75へ

【71】

 君は階段を駆け上った。途中で振り返ると、いつの間にか男の子の姿が消えていた!

 幽霊だったのか?

 君は怖くなって慌てて階段を駆け上って座り込んでいた跡まで戻り、さらに50段ほど上っても、まだ踊り場は見えてこない。

さらに階段を上る 50へ

 座り込んでいた跡まで戻って階段を下る 48へ

【72】

 君は階段の下の方に目を向け、それからマスクの女に向き直ってからそう聞く。

「下れば過去に遡る。その先は私にもわからない。あなたがその目で、その足で確かめるしかないわ」

75へ

【73】

 君は階段を駆け下った。さらに50段ほど下って、君はだんだんどうしてこんなところにいるのだろうと思い始める。

「ママーー!」

「お家に帰りたいよーー!」

 君は寂しさが込み上げてきて叫んだ。その声は3、4歳の幼児の声だった! だが、体は大人のままだ。君は階段の途中に座り込んで泣いた。

 しばらくすると、階段の下の方から波の音のようなものが聞こえてきた。君はまだそれに気づかずに、座り込んだまま顔を伏せて泣いている。

 波の音がいよいよ大きくなってきた頃、君はようやく顔を上げた。その瞬間、君の体は波にのまれた。

47へ

【74】

 君はついに一番気になっていたことを聞く。

 女はおもむろに両耳にかけたゴムに手をかけ、マスクをゆっくりと外す! 赤い口紅を塗った唇があらわになる。

 次に、前髪を両手でかき分ける! その前髪で常に隠されていたのは、艶のある眉毛、切れ長の目、長いまつ毛だった!

 美しい!

 今まで抱いていたマスクの女へのイメージとかけ離れた女の容貌に、君は一瞬たじろいでしまう。女は君と同年代に見えるが、最初に出会った頃からまったく年をとっていないように見える……!

「実は私も、この階段に迷い込んだ人間なの。でも、あなたと違って、5年、10年、15年前の過去の階段も含めた4つの階段を自由に行き来できた。それはあなたよりも先に迷い込んだからなのか、迷い込んだ理由の違いでなのかはよくわからないの。ところで、あなたを元の世界に戻れるように助けたのは……」

 女は頬を赤らめてうつむく。

「私が最初に迷い込んだこの現在の階段で、あなたを見て好きになったから」

 君はすべての謎が解けた気がした! いや、あと1つだけ気になることがある。

「でも、俺は君を少し怖い人だと思っていたよ」

「それは、あなたが大人になるまで、あなたを好きなことをどうしても悟られたくなかったの」

 それが女心というものなのだろうか。女はそう言うと、ドアに近づいてノブを回し、ドアを開ける。その向こうには、眩しい太陽が照りつける砂浜と打ち寄せる波が見える!

「さあ、このドアを通って元の世界に戻るのよ」

 女は君の右手首を掴んで、そして引いた。その瞬間、君は砂浜に打ち上げられていた。

78へ

【75】

 女はそう言うと、ドアに近づいてノブを回し、ドアを開けた。その向こうには、眩しい太陽が照りつける砂浜と打ち寄せる波が見える!

「さあ、このドアを通って元の世界に戻るのよ」

 君の右手首を掴んで、そして引いた。

「さようなら」

 マスクの女が悲しそうに言ったその瞬間、君は砂浜に打ち上げられていた。

77へ

【76】

「あなたはやっぱりお家に帰りたいのね。大人になり切れない人はこうよ」

 女はマスクをもごもごさせながら感情のない声で言うと、ドアに近づいてノブを回し、ドアを開けた。その向こうには、眩しい太陽が照りつける砂浜と打ち寄せる波が見える!

 女は君の右手首を掴んで引いた。その瞬間、君は砂浜に打ち上げられていた。

47へ

【77】

「しっかりしろ!」

「大丈夫か?」

 波打ち際でうつ伏せに倒れていた君は、友達の声で意識を取り戻す。君はゆっくりと上体を起こし、周りを見回す。友達9人が君を取り囲むようにして心配そうに見下ろしている。

「どうして俺はこんなところに?」

「お前がひときわ高い波にのまれたのを見たんだが、その後、姿を見失ったんだ。みんなでお前が消えた辺りを10分ほど捜したけど、どこにも見当たらなかった。そうしたら、こちらの女性がお前が波打ち際に打ち上げられているのを見つけて、俺たちに知らせてくれたんだ」

 謙司がそう言って顔を向けた方を見ると、髪の長い、ピンクのワンピースを着た女性が、君を心配そうに見つめている。

 君は立ち上がり、体中に砂がついたまま女性に頭を下げる。女性は君たちに笑顔を向け、砂浜の前の道に停めていた自転車の元に戻っていく。どうやら海に来たのではなく、たまたま前を通りかかったらしい。

 君は自分のサーフボードのことを思い出し、みんなに聞く。

「それがな、どこにも浮いてないんだよ」

 謙司が不思議そうな表情をして言う。他の友達も見ていないという。君はまるで、自分の身代わりになったかのようだと思った。

 そのとき、友達の1人が君の右手首を指差して言った。

「その痣はどうしたんだ? 誰かに掴まれたような跡が残ってるぞ」

 君はハッとして自分の右手首を見る。うっすらと女性に掴まれたような跡が残っている。

 もしかしたら、俺は誰かに助けられたのではないだろうか。

 君は友達9人が見守る中、まじまじと自分の右手首の跡を見つめていた。

47へ戻る

【78】

「しっかりしろ!」

「大丈夫か?」

 波打ち際でうつ伏せに倒れていた君は、友達の声で意識を取り戻す。君はゆっくりと上体を起こし、周りを見回す。友達9人が君を取り囲むようにして、心配そうに見下ろしている。

「どうして俺はこんなところに?」

「お前がひときわ高い波にのまれたのを見たんだが、その後、姿を見失ったんだ。みんなでお前が消えた辺りを10分ほど捜したけど、どこにも見当たらなかった。そうしたら、この女性がお前が波打ち際に打ち上げられているのを見つけて、俺たちに知らせてくれたんだ」

 謙司がそう言って顔を向けた方を見ると、髪の長い、ピンクのワンピースを着た女性が、君を心配そうに見つめている。

 君は立ち上がり、体中に砂がついたまま女性に頭を下げる。女性は君たちに笑顔を向け、砂浜の前の道に停めていた自転車の元に戻っていく。どうやら海に来たのではなく、たまたま前を通りかかったらしい。

 君は自分のサーフボードのことを思い出し、みんなに聞く。

「それがな、どこにも浮いてないんだよ」

 謙司が不思議そうな表情をして言う。他の友達も見ていないという。君はまるで、自分の身代わりになったかのようだと思った。

 そのとき、友達の1人が君の右手首を指差して言った。

「その痣はどうしたんだ? 誰かに掴まれたような跡が残ってるぞ」

 君はハッとして自分の右手首を見る。うっすらと女性に掴まれたような跡が残っている。

 もしかしたら、俺は誰かに助けられたのではないだろうか。

 君はふと、さっきの女性をどこかで見たことがあるのを思い出す。

 マスクの女だ!

 自転車が停めてあった方を見ると、すでに女性は自転車とともに消えていた。だが、また外で遊んでいたら、いつかまた会えるような気がした。なぜなら、君もあの女性が好きになったから。

END

階段は果てしなく続く(79)へ

階段は果てしなく続く

【79】

「あった!」

 君は気がつくと、見知らぬ白い壁の前で佇んでいた。

 君は最近、友達と外で遊ぶことが少なくなった25歳の男性だ。謙司とはお互いに仕事やら私生活やらで忙しくて会う機会はなくなってはいるが、一緒に遊んだあの日のことを思い出して、いつか子供の頃のように外で思いっきり遊べる日が来たらと考えている。

 近頃の君は毎週日曜日の午後になると、砂浜を見渡せる階段の一番上に腰掛け、5年前にサーフィンをしたここで双眼鏡片手に消えたサーフボードを捜していた。あの日見失った青いサーフボードが波に流されているのを見た気がして、思わず声を上げたのだった。

「嫌な予感がする」

 そう呟き、ゆっくりと後ろを振り向く。そして、今まで生きてきた中で一番というくらいに、ゆっくりと大きく目を見開いた。君の目の前に、階段が上へ上へと果てしなく続いていたからだ!

 壁の方に向き直り、どうやら階段の一番下にいるようだけれど、ではこの壁は何なのだろうかと見上げて、今度は口を大きく開けた。壁は遥か上の方までそそり立っていて、幅2メートルほどの白い階段の左右も同じ壁のようだ。

「またあの怪しい階段か……」

 実はサーフボードを捜すというのは家族への建前で、親友の謙司から1か月ほど前にあのピンクのワンピースを着た女性らしき人が日曜日の午後に自転車に乗っているのをここで見かけたと教えてもらい、また会いたいと思っていた君は毎週砂浜に通い、階段の一番上に腰掛けて、通りかかるのを待っていたのだ。今日もそうしていたはずなのだが、例のごとく双眼鏡が見当たらなくなっている。

 遥か上の方に左右の壁の間から覗く、階段と同じ幅の青い空がかすかに見えてはいるが、壁の向こう側を見られないとなると、ここが異世界なのか、それとも現実世界なのか判別できないところだが、この現実では有り得ないような階段を囲む高い壁と、果てがないかのように続く階段からして、やはり5歳の頃から5回も迷い込んだ異世界に違いなさそうだと君は思う。

 徐々に顔を上に向け、遠くの方に目を凝らしても踊り場らしきものはないようで、ただただ上へとまっすぐに続いている。いよいよ君は、階段に「呼ばれている」のかもしれない、と思い始める。なぜ階段? なぜ俺なんだ?と。

 今回の元の世界に戻る方法は何だろうかと考えて、君はふと恐ろしくなった。今まで戻れたのはすべてあのマスクの女のお陰だった気がして、もしこの階段の世界に存在するのが自分だけだったり、マスクの女が目の前に現れてくれなかったらどうやって戻ったらいいのかと……。

 だが、ここが本当に異世界の階段なら、またあのマスクの女と出会えるかもしれないとも思い、そのためにも、元の世界に戻るためにも上ることに決める。どれほど上へ続いているかもわからないこの階段を。

駆け上る 83へ

 その前に……

階段の1段目に座る 96へ

上の方に向けて声を発する 89へ

 左右の壁を叩いてみる 102へ

【80】

 さっきのよりも大きめな落ちている物を飛び越えて、さらに駆け上る。

93へ

【81】

「コンコンッ!」

 右側の壁を右手でやや強めにドアをノックするように叩いてみる。

 すると、その音に反応したような話し声がまたした気がした! 20歳くらいの男の人の声だったように思うが、すぐに風の吹き抜けるような音がして、もう一度叩いてみるとかすかに同じような音しかしない。さっきの話し声のようなものも風の音だったようだ。

83へ

【82】

 君は落ちている物に目を向けたまま駆け上る。それは真新しいサッカーボールだった。階段の途中で立ち止まり、両手で拾い上げる。何気なく回しながら見ていた君の目が釘付けになる。

 君と同じ名字と名前が書かれていたからだ! だが、君のは中学に上がる少し前に友達と公園でサッカーごっこをしていたときに誰かが強く蹴りすぎて、どこかへ転がっていって無くしていた。

 自分と同姓同名の持ち主がこの階段のどこかにいるのなら、ぜひ話がしてみたい。

 君はそう思い、誰かが蹴飛ばしたりして下の方に転がっていってしまわないようにサッカーボールを端に置き、また階段を駆け上る。

108へ

【83】

 今回は階段の一番下からだから、出発点の目印になるものを置いたりする必要はないし、ひたすら上るだけでいい……はず。双眼鏡がない以外はサーフボードを、いや、あの女性を捜していたときのままだから、履いているスニーカーで一気に駆け上る。

 5年前の君でも難しそうな数段飛ばしのまましばらく駆け上り続ける。「ダッダッダッ」という靴音に反応した人が思わず駆け下ってくることを期待しながら。君の脚力や体力は今までで最高だ。

 マスクの女にまた会いたい一心で、脇目も振らずに10分ほど階段を駆け上り続けた君は、前方の階段の真ん中に何かが落ちていることに気がつく。

 先に迷い込んだ人間の物だろうか?

 君はそう思ったが……。

飛び越えて、さらに駆け上る 91へ

 立ち止まり、何なのか確認する 105へ

【84】 

 だが、君のは現役で、押入れの中にしまってある。

 もし持ち主がこの階段のどこかにいるのなら、何か履いているだろうか。

 君はそう思い、前方から素っ裸の人が下ってきたらどうしようと笑みを浮かべる。持ち主のためにも触れずにそのままにして、また階段を駆け上る。

93へ

【85】

「この階段はね、5年後の未来の階段とつながっているんだ。俺が迷い込んだときには階段の一番上にいた。ここまで上ってきて踊り場がなかったのなら、この階段にはないのだろうね」

「じゃああなたは、5年かけてここまで下ってきたんですか!?」

 君は自分自身に敬語を使うのはなんだか妙な気持ちだったが、歳上なのだしそうすべきかと。

「いや、そんなにはかかってないよ。途中でもやのようなものを通り抜けたからかもしれない」

 それを聞いて、君は10歳の頃に見たあれのことだろうかと思ったが、言わずにいた。未来の自分も当然知っているはずだからだ。

「マスクの女に会いませんでしたか?」 103へ

 「現実世界に戻る方法を知ってますか?」 125へ

【86】

 しばらく駆け上った君は、また前方の階段の真ん中に何かが落ちていることに気がつく。

 また布っぽい物だ。

 君はそう思ったが……。

飛び越えて、さらに駆け上る 80へ

 立ち止まり、何なのか確認する 92へ

【87】

「俺も君の後でその双眼鏡で」

 君はそれを聞いて、それなら後で返さなくてはと。

123へ

【88】

 今まで駆け上ってきた階段の方(過去の?)を向いて踏み面に腰を下ろし、足腰を休める。

 50分も階段を駆け上り続けるのは、現実世界では無理だったろう。

 今まで5回も異世界に迷い込んできた君だからこそそう思った。

 5分ほど休んで、また駆け上るかと立ち上がりかけたそのときだった。後ろの階段の上の方から、かすかに人が下ってくるような足音が聞こえた!

 マスクの女か!?

 君は立ち上がりつつ、またゆっくりと後ろを振り向く。

 100段ほど上の方から、男の人と思われる人影が下ってくるのが見える。

 自分よりも先に迷い込んだ人間だろうか。この世界で出会う初めての男の人だ。

 君は会話をするため、一歩一歩階段を上る。お互いに40段ほど進んで少しずつ距離が縮まってくると、年齢は30歳くらいのようだとわかった。

99へ

【89】

 君はひとつ大きく息を吸い込む。それから、右手を口の右端に当て、上の方に向けて声を発する。

「おーーーーい!」

 階段の一番下からでは効果が薄いだろうと思いながらも、マスクの女や他に迷い込んでいる人間がいるなら、声に気づいて少しでも下ってきて、近づいてきてくれたらという思いで。その場でしばらく耳をすます。

 だが、下ってくる足音や返事をする声などが聞こえてくる気配はなく、しんと静まり返ったままだ。どうやら近くに人はいないようだ。

83へ

【90】

 彼は首を横に振る。

「ここは現在の、25歳の頃の俺の、君の階段だよ。俺は5年前にここに迷い込んだことを覚えてる」

「そのときにマスクの女と会いましたか?」 103へ

 「どうやって元の世界に戻ったんですか?」 125へ

【91】

 一番下から落ちている何かに気づくのと同じくらいの間駆け上った君は、また前方の階段の真ん中に丸い何かが落ちていることに気がつく。

 どうやらボールのようだ。

 君はそう思ったが……。

飛び越えて、さらに駆け上る 100へ

 立ち止まり、何なのか確認する 82へ

【92】

 君は落ちている物に目を向けたまま駆け上る。それは海パンだった。階段の途中で立ち止まり、よく見ると、君が家族や友達と海で遊ぶときに履いていたのとよく似ている。

落ちていた物4つをすべて確認した 97へ

 していないのがある 84へ

【93】

 一番下から50分ほど駆け上ってきてそろそろ息が切れてきた君は、かなり上ってきたはずだしと、ひとまず腰を下ろすことにする。遠くに目を凝らしてみても、まだまだ果ては見えてきそうにない。今までで一番長いかもしれない、と君は思う。

階段の上の方に背を向けて 88へ

 下の方に背を向けて 98へ

【94】

 君は落ちている物に目を向けたまま駆け上る。それはニット帽だった。階段の途中で立ち止まり、手を伸ばして拾い上げる。よく見ると、デザインも色合いも君が中学生の頃に冬にかぶっていたのとよく似ている。君はふと、10年ほど前に階段の世界に迷い込んだときに何らかの目印として同じようにニット帽を置いたことを思い出す。

 だが、数年後には新しいのをかぶっていて、君のはどこにいったかわからなくなっている。

 落とした持ち主がこの階段のどこかにいるのなら、取りに戻ってくるかもしれない。

 君はそう思い、誰かが踏んだりしないようにニット帽を端に置き、また階段を駆け上る。

86へ

【95】

 すると、伏し目がちに答える。

「私は戻れない」

「どうして!? 後で1人で戻るってこと?」

 空美は首を横に振る。

「私は彼とここに残るの。ひとりぼっちでは寂しいだろうから」

 そう言って彼の方を向く。

「俺は、君がもう異世界の階段に呼ばれないようにするために、空美とここに残ることにするよ。そうしたら、君が30歳に、何歳になったとしてももう呼ばれることはない」

 自分を好きになってくれて、自分も好きになった人が、未来の自分とはいえ、どれほど二人きりになるかもわからないのだから複雑な気分だった。

「また30歳になったときに呼ばれてもいい。君と初めて出会ったのも異世界の階段だったじゃないか! ……だから、元の世界に戻ってほしい」

 懇願する君に対して、空美はまたも首を横に振る。

「やっぱりあなたはまだ大人になりきれてないのね。人生とは、出会いと別れを繰り返すもの。その別れがたとえ永遠になるとしても、新たな出会いのために受け入れるしかないのよ」

 そう言って微笑んでいる。しかしその裏には、言いようのない深い悲しみをたたえているように感じられた。よく見ると、君をまっすぐに見つめるその目にはうっすらと涙が浮かんでいる。君も子供のように泣きたい気持ちだった。

 空美は腰の後ろに手を回すと、不意にサッと近づいてきて、双眼鏡らしき物をなぜか裏表逆の状態で君の目に当てた。

120へ

【96】

 ひたすら上ることになるであろうその前の準備として、階段の1段目に腰を下ろし、まずは足腰を休める。それ以外にも、マスクの女や他に迷い込んでいる人間がいるなら、少しでも下ってきて近づいてきてくれたらという思いもあった。

 あえて背を向けたまま下ってくる足音などに聞き耳を立ててみたりもするが、しばらくしても何かが聞こえてくる気配はなく、しんと静まり返っている。

 そろそろ1歩目を踏み出すことにしようと君は立ち上がり、階段の方に向き直る。

83へ

【97】

 5歳の頃にかぶっていた野球帽、自分の名前の書かれたサッカーボール、中学生の頃にかぶっていたニット帽、20歳の頃から海で履いている海 パン。これらはすべて、今まで階段の世界に迷い込んだ日に身につけたり、使う予定だった物だ!

 あの落ちていた物はすべて俺のだったのかもしれない。やはり、この階段は俺の……。

 そう思って後ろを振り返る君だったが、現実世界の自分の物がここにあるとは信じられなかったし、今から駆け下って取りに行く気にもなれなかった。すべて回収してここに戻ってくるのに1時間半はかかるに違いない。もう戻れない。
 君は海パンを拾い上げて端に寄せ、また階段を駆け上る。

93へ

【98】

 下の方に背を向けてだと踏み面に腰を下ろすのは難しいが、人が下ってきたときにその瞬間を見逃したくなくて、階段の上の方(未来の?)を向き、片膝を立てた状態で足腰を休める。

 50分も階段を駆け上り続けるのは、現実世界では無理だったろう。

 今まで5回も異世界に迷い込んできた君だからこそそう思った。

 半分ほど遠くの方を見ながら5分ほど休んでいたとき、階段の上の方から下ってくる人影が見えてきた!

 マスクの女か!? こんなときに双眼鏡があったら……。

 そう思いながら目を凝らしてその人影を見続けていると、やや大股で、女性ではなさそうだ。

 自分よりも先に迷い込んだ人間だろうか。この世界で出会う初めての男の人だ。

 君は会話をするため、一歩一歩階段を上る。お互いに60段ほど進んで少しずつ距離が縮まってくると、年齢は30歳くらいのようだとわかった。

99へ

【99】

 さらに距離が縮まるにつれ、男性が何やら意味ありげな笑みを浮かべながら下ってくるのに気づき、君は少し困惑してしまう。

 男性との距離が10段ほどになった頃、男性の顔がまるで兄弟のように自分によく似ているのに気づいて目を見張る。そんな君に構わず、先に男性が口を開く。

「25歳の君は、ここで階段を上るのはお終いにしよう」

 男性は自分と声までよく似ていたこと、年齢を知っていること、なぜここでお終いなのか、その3つが頭の中を駆け巡り、それ以外のことを考えられなくなった君は、しばらく呆然としていた。

「大丈夫かい? ここまで駆け上ってきて疲れたんじゃないか?」

 心配そうにそう言われ、君はハッと我に返る。そして彼に聞く。

「なぜ俺の年を知っているんですか? ここでお終いというのはどういうことなんですか?」

 彼は腕組みをしながらもったいぶるように考え込み、それから話す。

「俺は5年後の、未来の君だから。つまりこういうことなんだ。俺より上に上る必要はないんだよ」

 彼は確かに君が5歳年を取った程度の見た目で、声もまるで双子のようだし、幻覚などでないなら、5年後の自分だと思わざるを得なかった。着ている服や履いているズボンと靴は初めて見るものだが、未来の自分そのものとしか思えなかった。

「未来の? じゃあ俺は、30歳の俺が迷い込んだ階段に?」 90へ

 「なぜ未来の俺が現在の階段に?」 85へ

【100】

 落ちている物を飛び越えて、さらに駆け上る。その振動によってかどうなのか、背後で「トントン」とボールが転がり落ちていくような音がした。君はこれから先のことを考えると駆け下って取りに戻ることはできそうになく、「振り向かずに」駆け上る。

 しばらく駆け上った君は、また前方の階段の真ん中に何かが落ちていることに気がつく。

 どうやら布っぽい物のようだ。

 君はそう思ったが……。

飛び越えて、さらに駆け上る 86へ

 立ち止まり、何なのか確認する 94へ

【101】

 半信半疑で覗き込んでみると、5年前のサーフィン中に見失ったあの青いサーフボードが波に流されている光景が見えた!

120へ

【102】

「コンコンッ!」

 左側の壁を左手でやや強めにドアをノックするように叩いてみる、壁の向こう側に人がいるならその人に聞こえるようにと。

 すると、その音に反応したような話し声がした気がした! 15歳くらいの少年の声だったように思うが、すぐに風の吹くような音がして、もう一度叩いてみるとかすかに同じような音しかしない。どうやらさっきの話し声のようなものは風の音だったようだ。

 20歳のときに迷い込んだ階段などと同じで、やはり空の上にあるのだろう。

右側の壁も叩いてみる 81へ

 階段を駆け上る 83へ 

【103】

 そう聞いた直後だった。彼が何かに気づいたように顔を傾け、君の背後を見る。そして微笑み、そちらを見るように指を差す。君はなんだろうかと後ろを振り向く。そしてビクリと反応してしまう。

 すぐ2段ほど下に、あの女性が立っていたからだ! 気配を微塵も感じなかったのが少し怖かった。ピンクのワンピースではなく、青い空と白い雲を連想させる青いワンピースに白いカーディガンを羽織っているが、5年ぶりでも顔を見てすぐにわかった。マスクをしていないが、もうその必要はないからかもしれない。

「空美(うつみ)も来てたのか」

 背後で彼が親しげに女性に向かって言う。

「うつみ?」

 振り返って聞く。

「その女性の名前だ」

 向き直ると、君と同じ年くらいに見える空美と呼ばれた女性がまっすぐに君の方を見て言う。

「5年前ので最後だと思っていたのに、また呼ばれたということは、まだ大人になりきれていないようね。あなたを追って来たの。上ってきたのはいつものように途中からだけど」

「俺を? どうして?」

「もちろん元の世界に返してあげるためによ」

 空美はそう言って、少し照れたように微笑む。

「途中で何か落ちてなかった?」 122へ

「どうやって追って来たの?」 116へ

 「なぜ名前を知ってるんですか?」 114へ

【104】

 それを聞いて、彼は腰の後ろに手を回す。戻した手に握られていたのは双眼鏡だった。

「これを覗き込むだけでいいんだ」
 その双眼鏡は高性能で高価なもののように見え、未来のだろうかと君は思う。

「それだけで?」

「ああ。元の世界に戻る方法というのは、些細なことだったりするんだ」

 微笑みながら双眼鏡を差し出す。双眼鏡を受け取ると、君のよりも重みがある。

覗き込む 123へ

 「あなたはどうやって戻るんですか?」 87へ

【105】

 君は落ちている物に目を向けたまま駆け上る。それは野球帽だった。階段の途中で立ち止まってよく見ると、やや小さめで子供用のだとわかる。

 手を伸ばして拾い上げようとした君の手がピタリと止まる。5歳の頃に外で遊ぶときにかぶっていたのによく似ていたからだ。

 そのまま手を伸ばし、拾い上げる。この野球帽も外で遊ぶとき用なのか少し汚れていて、ひっくり返したりしても持ち主の名前は書かれていないようだ。君も名前は書いてもらっていなかった記憶がある。試しにかぶってみるが、やはり君の頭には小さい。

 もし子供が迷い込んでいるのなら、ぜひ話がしてみたい。

 君はそう思い、誰かが踏んだりしないように野球帽を端に置き、また階段を駆け上る。

91へ

【106】

 すると、伏し目がちに答える。

「私は戻れない」

「どうして!? 後で1人で戻るってこと?」

 空美は首を横に振る。

「私は彼とここに残るの。ひとりぼっちでは寂しいだろうから」

 そう言って彼の方を向く。

「俺は、君がもう異世界の階段に呼ばれないようにするために、空美とここに残ることにするよ。そうしたら、君が30歳に、何歳になったとしてももう呼ばれることはない」

 自分を好きになってくれて、自分も好きになった人が、未来の自分とはいえ、どれほど二人きりになるかもわからないのだから複雑な気分だった。

「また30歳になったときに呼ばれてもいい。君と初めて出会ったのも異世界の階段だったじゃないか! ……だから、元の世界に戻ってほしい」

 懇願する君に対して、空美はまたも首を横に振る。

「やっぱりあなたはまだ大人になりきれてないのね。人生とは、出会いと別れを繰り返すもの。その別れがたとえ永遠になるとしても、新たな出会いのために受け入れるしかないのよ」

 そう言って微笑んでいる。しかしその裏には、言いようのない深い悲しみをたたえているように感じられた。よく見ると、君をまっすぐに見つめるその目には、うっすらと涙が浮かんでいる。君も子供のように泣きたい気持ちだった。
 空美が腰の後ろに手を回し、戻した手に持った物を見せる。それは双眼鏡だった。よく見ると、ここに「来る」前に覗き込んでいた君のに似ている。

「そう、あなたのよ」

「なぜ君が持ってるの? 砂浜の前の階段に置いてあると思っていたのに」

 持っていた主が突然消えて、階段のどこかに落ちた、それを「置いて」と言ったのだった。

「気づいたら持っていた。持たされていた、と言ったほうが正しいのかもしれない。でも、これを覗き込んだ瞬間、元の世界に戻っている自分に気づくはず」

 そう言って差し出す。受け取ると、なぜか裏表が逆に渡されていた。空美はそのことに気づいていない様子だ。

そのまま覗く 110へ

 ひっくり返してから 118へ

【107】

「彼は私が知っている方法では戻れない。その方法を知っているのは、おそらく彼の迷い込んできた階段に現れる5年後の私だけ。それと、あなたとここに残ることはできない」

「どうして!? あのとき、現在の階段で見かけて好きになったって言ってくれたよね?」

「言ったけれど、だからこそあなたとは残れないの」

 君は空美の言った言葉の意味がよくわからなかった。

「これからも人生の階段を駆け上るためにも、あなたは元の世界に戻らなくてはいけないの」

 そう言われ、少しわかったような気がした。

「教えてほしい」(1人で戻る) 109へ

 「一緒に戻ろう」 95へ

【108】

 しばらく駆け上った君は、また前方の階段の真ん中に何かが落ちていることに気がつく。

 どうやら布っぽい物のようだ。

 君はそう思ったが……。

飛び越えて、さらに駆け上る 86へ

 立ち止まり、何なのか確認する 94へ

【109】

 空美は腰の後ろに手を回す。

「これよ」

 戻した手に持った物を見せる。それは双眼鏡だった。よく見ると、ここに「来る」前に覗き込んでいた君のに似ている。

「そう、あなたのよ」

「なぜ君が持ってるの? 砂浜の前の階段に置いてあると思っていたのに」

 持っていた主が突然消えて、階段のどこかに落ちた、それを「置いて」と言ったのだった。

「気づいたら持っていた。持たされていたと言ったほうが正しいのかもしれない。でも、これを覗き込んだ瞬間、元の世界に戻っている自分に気づくはず」

 そう言って双眼鏡を差し出す。君が受け取ると、なぜか裏表が逆に渡されていた。空美はそのことに気づいていない様子だ。

そのまま覗く 101へ

 ひっくり返してから 123へ

【110】

 君の下にいた空美が階段を上り、彼の隣に移動する。君はそれを見届けてから、双眼鏡を持つ手を一旦下ろす。

「『最後』に二人に一つだけ聞きたいことがあったんだ。なぜ俺は、階段に呼ばれたのだろう?」

 空美が答える。

「それはきっと、5歳の頃も10歳の頃も変わらず重要な瞬間で、そのことを心に刻んでほしくて。20年も前の5歳の頃のことも、階段の世界に迷い込んだ前後のことはよく覚えているはず。人生とは、意味のある瞬間の連続なんだということをわかってもらうために、あなたが選ばれたということなのだと感じるわ」

 確かに君の5歳の頃の記憶は、異世界の階段に迷い込む直前と直後の記憶しかなかった……! 続いて彼も。

「君は階段に、それか何か別の存在に定期的に見守られているのかもしれないね。6回も迷い込んだ俺がそう感じただけかもしれないけど。君の階段は果てなく永遠に続く。つまり、君自身の終わりがまだ見えないからなんだ。脇目も振らず人生という階段を駆け上る最中も、俺たち二人のことを忘れないでほしい」

「はい!」

 君は力強く返事をすると、微笑む二人に手を振りながら双眼鏡を覗き込んだ。

130へ

【111】

「それは言わないでおこうと思う。君が元の世界に戻る楽しみを奪ってしまうことになるだろうから」

 そう言われ、君は妙に納得してしまう。

「どうやって追って来たの?」

117へ

【112】

 彼が身を乗り出すようにして言う。

「そう言ってくれる君の気持ちはとても嬉しいが、俺にとっては5年前の、君の元の世界に俺の居場所はないよ。戻るとしたら、俺の元の世界だけだろう」

 確かにそうだと納得する。

「教えてほしい」(1人で戻る) 109へ

「一緒に戻ろう」 106へ

 「じゃあ、三人で残らないか?」 121へ

【113】

「何も落ちていなかったと思う」

 そう言われ、君は驚いてしまう。駆け上ってきた自分が4つも落ちているのに気づいたのにと。しかし海パンは見られなかったようで、それはほっとしていた。

「野球帽やニット帽、サッカーボールとかだったけど、あれは全部俺のだったように思うんだ」

 腕組みして考え込むように言う。

「それはもしかしたら、あなたの記憶に強く残っている物が物質化して、順番に現れたのかもしれないわね」

 君は記憶に強く残っているのも、古い物から順番に現れたのも確かだったが、やはりどうにも不可思議に思えた。だが君は、空美の言うことに納得して話題を変えたように装う。

「どうやって追って来たの?」 117へ

 「なぜ名前を知ってるんですか?」(空美のこと) 111へ

【114】

「それは言わないでおこうと思う。君が元の世界に戻る楽しみを奪ってしまうことになるだろうから」

 そう言われ、君は妙に納得してしまう。

「どうやって追って来たの?」

116へ

【115】

「そうか。それもいいだろう。君が決めたことなら止めはしない」

 そう言うと階段を数段下り、君に背を向けて、役目を終えたかのように階段の途中に腰を下ろす。

 君はその後ろ姿を見て、何かを持っているようではないけれど、戻る方法とは一体何なのだろうと思いながら上へ上へと続く階段に向き直る。マスクの女に会いたい気持ちと、この先に待つものへの好奇心に勝てず、また駆け上り始める。

127へ

【116】

「実は、気づいたらここに来ていたの。そういうとき階段のどこかに立っていたら、あなたの居る階段だと思うようになっていた」

 視線を下に向け、それから君の方を見る。

「君ももう一人の階段に呼ばれた人間なんだね」

「そうかもしれない」

 見つめ合い、微笑む二人。その会話を彼は黙って聞いている。

「元の世界に戻る方法を知ってる?」

 その問いに、空美は静かにうなずく。なぜか寂しそうな表情で。

「教えてほしい」(1人で戻る) 109へ

「一緒に戻ろう」 95へ

「三人で戻ろう」 128へ

「彼を戻してあげて。俺たちは残らないか?」 107へ

 「俺はここに残るよ」 121へ

【117】

「実は、気づいたらここに来ていたの。そういうとき階段のどこかに立っていたら、あなたの居る階段だと思うようになっていた」

 視線を下に向け、それから君の方を見る。

「君ももう一人の階段に呼ばれた人間なんだね」

「そうかもしれない」

 見つめ合い、微笑む二人。その会話を彼は黙って聞いている。

「元の世界に戻る方法を知ってる?」

 その問いに、空美は静かにうなずく。なぜか寂しそうな表情で。

「教えてほしい」(1人で戻る) 109へ

「一緒に戻ろう」 95へ

「三人で戻ろう」 112へ

「彼を戻してあげて。俺たちは残らないか?」 107へ

 「俺はここに残るよ」 121へ

【118】

 半信半疑で覗き込んでみると、5年前のサーフィン中に見失ったあの青いサーフボードが波に流されている光景が見えた!

79へ

【119】

 それは煙か雲のようで、うねるように動いていて先の方は見えない。10歳の頃に見たのはもう少し低かった気がする。

 君はマスクの女に会うためにも、未来の階段に到達するためにも、もやの中へと入っていく。

 その瞬間、さまざまな人の声が階段を上る君の前から後ろへと流れていった! 両親、謙司、その他友達、職場の人、そしてマスクの女の声が次から次へと。その合間に誰だかわからない声も。

 すぐにもやは晴れ、君は立ち止まる。振り返ると、もやは消え失せていた。

 何だったのだろう。あのもやは、それに、あのたくさんの人たちの声は……。

 それから上へと続く階段に向き直る。

 ここが未来の階段? 

 そこには今までと何ら変わらない光景が続いていた。まだここは未来の階段ではないのかもしれないと君はまた駆け上る。

 1時間ほども駆け上り続けた君は、彼と別れてから一度も腰を下ろして休んでいないことも忘れ、そろそろ果てが見えてきてもいい頃だと思い始める。見えてくるのは、上へ上へと続く白い階段と、高くそそり立つ左右の白い壁。ひたすら同じ光景が続いている。マスクの女が姿を現す気配もない。

 君はあと100段上ったら、上から下ってくるのが見えてくるかもしれないと思い、脇目も振らずに駆け上り続ける、もやの中へと入っていくのは「君だけ」ということに気づかないまま……

79へ戻る

【120】

「あった!」

 覗き込んだ双眼鏡の向こうに、あの日見失った青いサーフボードが波に流されているのを見つけて、思わず声を上げた。

 君は双眼鏡片手に階段の一番上から駆け下る。サーフボードは持ち主の元へと戻っていくかのように少しずつ波打ち際の方へと流され、やがて砂浜に打ち上げられる。

 サーフボードには、君が自分でペイントした高い波が描かれていた。君はそれを見て、「よく戻ってきてくれた!」と大事そうに脇に抱えて、アパートへと持ち帰る。

 あれから5年が経ち、30歳になった君は、サーフボードよりも大事な何かを忘れているような気持ちが今でも消えていない。とはいえ、それを思い出す気配はなく、壁に立て掛けたままのサーフボードを見るたび、今年の夏は謙司を誘って10年ぶりにサーフィンをしようか、と考えている。

79へ戻る

【121】

「それはダメだ!」

 不意に彼が声を上げる。

「君と俺が同じ階段に居続けたら、いずれどちらかが消滅してしまう! ここに同じ人間が2人存在するというのは異例なことなんだ」

「本当なんですか?」

 その問いに彼はうなずく。

「異世界とは、現実世界の常識が通用しないところだから」

 真剣な表情でそう言われ、異世界というものは、自分が想像していた以上に恐ろしいところなのだろうと身震いする思いだった。

「教えてほしい」(1人で戻る) 109へ

 「一緒に戻ろう」(空美に) 95へ

【122】

落ちていた物4つをすべて確認した 113へ

ボールを確認した 129へ

 していない 126へ

【123】

 半信半疑で覗き込んでみると、5年前のサーフィン中に見失ったあの青いサーフボードが波に流されている光景が見えた!

79へ

【124】

 あれが彼の言っていたもやのようなものだろうか? あのもやを抜け出たら未来の階段に?

 そう思いながら近くまで上っていく。

119へ

【125】

「その方法を、自分のためにも今すぐ教えるけれど……」

 そう言って君の反応を待っている。元の世界に戻りたいという気持ちは確かに強い君だったが、マスクの女に会えないまま戻ることに迷いを感じてもいた。

「教えてください」 104へ

 「もう少し上ってみたいんです」 115へ

【126】

「サッカーボールのこと? 上の方から転がってきたから掴もうとしたけど、勢いがついていてそのまま下に転がっていったよ」

 空美はそのときのことを身振り手振りで両手で掴もうとしたり、後ろを指差したりして伝える。

「他にもいくつか落ちていたはずなんだけど」

「他のは見ていないけれど、あれはあなたの?」

 そう言われ、君は驚いてしまう。駆け上ってきた自分が4つも落ちているのに気づいたのだし、ボールが転がってきたのは落ちていた場所よりもずっと下のはずで、それなのに他のは見ていないということに。

「俺のではないよ」

 空美はそう言われて、不思議そうな顔をしている。君は責められるかもしれないと思い、転がっていくような音に気づいたことはあえて言わず、話を変えるようにどちらかに聞く。

「どうやって追って来たの?」 116へ

 「なぜ名前を知ってるんですか?」(空美のこと) 114へ

【127】

 君は振り返ることなく、ひたすら駆け上った。見えてくるのは上り階段だけ。

 さらに30分ほど駆け上り続けた頃、遠くにもやのようなものが見えてきた。それは5メートルほどの高さまであるようだ。

彼にもやのことを聞いている 124へ

 近くまで上っていく 119へ

【128】

 彼が身を乗り出すようにして言う。

「そう言ってくれる君の気持ちはとても嬉しいが、俺にとっては5年前の、君の元の世界に俺の居場所はないよ。戻るとしたら、俺の元の世界だけだろう」

 確かにそうだと納得する。

「教えてほしい」(1人で戻る) 109へ

「一緒に戻ろう」 95へ

 「じゃあ、三人で残らないか?」 121へ

【129】

「何も落ちていなかったと思う」

 そう言われ、君は驚いてしまう。

「サッカーボールとか他にもあったはずだけど」

 空美が不思議そうな顔をしているのを見て、途中から上ってきたと言っていたからそういうこともあるだろう、と思うしかなかった。

「どうやって追って来たの?」 116へ

 「なぜ名前を知ってるんですか?」(空美のこと) 114へ

【130】

 覗き込んだ双眼鏡の向こうに、太陽の光に照らされた、静かに打ち寄せる波が見えた! 君は階段の一番上に腰掛けている。双眼鏡を下ろすと、目の前には階段の下から続く砂浜と、その先に青い海が広がっている。

「戻ってこれたんだ……」

 異世界の階段に迷い込む前のままのような姿勢で、ぼんやりと海を見つめていた。だが、君は覚えていた、見知らぬ白い壁の前で佇んでいたところから、ひたすら階段を駆け上った末に出会った未来の自分と空美とのこと、元の世界に戻るまでのことをしっかりと。

 そんな興奮冷めやらぬ君だったが、あまりにも何もかもが迷い込む前のままのように感じられて、あれは夢だったのだろうかと肩を落としかけて、もし夢なら、永遠に会えないかもしれないと思っていたうつみさんとまた!と、何気なく手元の双眼鏡を見て、今度こそ肩を落とす。

 君は、双眼鏡を裏表逆に持っていた。今までにそうやって覗き込んだことも、そうしようと思ったことすらもなく、異世界の階段に迷い込んだのは真実だったと確信した。

 その直後、君の目には止めどもなく涙が溢れてきて、自分でもどうしようもないほどだった。君が二度と階段に呼ばれないように異世界の階段に残ってくれた彼と、ひとりぼっちでは寂しいだろうからと一緒に残ることにした自分を好きになってくれて、好きになった空美の二人の微笑んだ顔が浮かんできて、いつしか子供の頃のように声を上げて泣いていた。そのとき、君の周りには誰もいなかったのがせめてもの救いだった……。

 あれから1か月ほどが経ち、二人はまだ異世界の階段に居るのだろうかと思い始めた君は、また日曜日の午後になると砂浜を見渡せる階段へ通っていた。しかし、毎週通っても近くを通りかかるのを見かけることも謙司やサーフィン仲間の友達からの情報もなく、いつ戻ったかを知るすべはなかった。

END

過去の、そして最後の階段(131)へ

過去の、そして最後の階段

【131】

「おお! ここは5年前のあの階段だろうか!?」

 君の目の前には、6回目の異世界の階段が続いていた。

 君は毎日の仕事疲れで外で遊ばなくなって5年以上経つ30歳の独身男性だ。2年前に結婚をした唯一の親友の謙司とも疎遠になってしまっている。しかし、毎週日曜日になるとアパートから一番近い公園に徒歩で出向き、元気に駆け回って遊ぶ子供たちをしばらく眺めては、同じくらいの年の頃に当時の友達と外で遊んだことを懐かしむ、ということを続けていた。子供たちは自分たちをただ笑顔で見つめているおじさんがいることを少しだけ不思議に思っていた。もしかしたら君は、明日のことなど思い悩むこともなく、その日一日を全力で楽しむ子供たちを羨ましく思っていたのかもしれない……。

 まだ独身でいる理由は、空美よりも好きになる女性がまだ現れていないのと、何より「二人」のその後の関係を自分自身で確かめる必要があるためだった。

 踊り場に君は立っていた、なぜか一歩踏み出せば下り階段という場所に。ゆっくりと後ろを振り向き、目の前の光景に一瞬でどこに立っていたのかを忘れさせられ、後退りして危うく階段から落ちかける。

 そこには、異様に長い踊り場が延びていた! 20メートルほどもあり、そこから先は上り階段がどこまでも高く、永遠にと思えるほど続いている! 遠く、さらにその先の遠くを見渡しても途中に次の踊り場は見えず、それはまるで、一時の休息も許されない社会人のようだった。

 君はすぐにここがあの異世界の階段であることを確信した。そして、「望めば夢は叶う」という言葉を今まさに実感していた。うつみさんと今の自分と同じ年の5年前に会った未来の自分が、5年前のこの階段に迷い込んだ25歳の頃の自分が現実世界に戻った後にどうなったのかをどうしても知りたくて、「あること」を強く願い続けていた。

 だがやはりというか、29歳まであの階段の世界に呼ばれるような前兆さえもなく、25歳のときも同様で、5歳ごとでも2回以上は迷い込めないらしいとわかった。君はそれならあのときの未来の自分になろうと願い事を一旦やめ、次の誕生日を心待ちにしていた。

 そして君は30歳の誕生日を迎えた。この日のためにあのとき未来の自分が着ていた服、履いていたズボンと同じと思われる物を苦労して探し回って身につけ、さらに髪型も同じにした。ベッドに腰掛けた君は何度も強く願った。

〈もし自分をあの階段の世界に迷い込ませ、うつみさんと出会わせてくれた存在がいるのなら、もう一度だけ迷い込ませてほしい!〉

 今日は誕生日から願い始めて6日目だった。

 どうやらようやく願いが届いたらしい。それか、いつものように5年後になって呼ばれただけかもしれない。もしそうだとしたら、10年前の階段を上り切ったときにうつみさんは『この階段は、あなたが大人になるための階段だったのよ』と言っていたが、30になっても俺はまだ大人になり切れていないのだろうか……?

 そんなことを思いながらひたすら続く上り階段を下から1段ずつ目で追っていたのだが、この階段は本当に5年前と同じものなのかが気になり、左右の壁を見上げる。どちらも遥か上の方までそそり立っていて、どうやら同じらしい。20歳の頃までは塀の高さは一定のようだったが、その頃のとは違う階段なのだろう。遥か上の方に左右の壁の間から覗く、階段と同じ幅の青い空がかすかに見えているのも同じだ。それを見て、時間帯も同じかもしれないと君は思う。

 それならと、すでに迷い込んでいるか、これから迷い込んでくるはずの5年前の自分と会うためにも、君は階段をひたすら下ることにする、過去へと遡るように。うつみさんと会うためにもそれは必要不可欠になるだろう。5年前と同じなら駆け上ってきている最中だろう。そんなことを思いながら、君はその前に一つ確かめておきたいことがあった。

 おもむろに足元の階段を見つめる。5歳の頃から階段の世界に迷い込ませた存在。もう25年もの付き合いだ。もしいるのなら、その正体を今こそ確かめる必要がある。これがおそらく最後のチャンスになる気がする。現実世界に戻ったら、もうここへは二度と来ることも呼ばれることもないだろうし、うつみさんと会った後では気持ちが盛り上がってしまって、きっと忘れてしまう。君はここに来る前と同じように、心の中で強く願った。

〈階段の世界に迷い込ませたのは何者なのか教えてほしい! それは……〉

あなた(階段) 141へ

階段を造った者 148へ

この世界(階段の)を支配する神様 143へ

マスクをしていた頃のうつみさん 163へ

5歳の頃の俺 150へ

 5年前の30歳の未来の俺 138へ

【132】

 彼は双眼鏡をひっくり返し、半信半疑な様子で覗き込む。

「あった!」

 彼がそう叫んだ瞬間、双眼鏡ごとパッと消えた! あのサーフボードを見つけたのだろうか。空美は彼がさっきまで立っていた方に向かって手を振っている。

 そんな空美は手を振りながら君の方を見る。君もつられるように見返すと、空美はいつの間にかマスクをしていて、目元は前髪で隠れて顔が見えない! 空美が目の前に顔を近づけてきた次の瞬間、空美ごと階段が消え、君はゆっくりと下へと落下していく。

「う……わ……あ」

 叫び声もゆっくりになって。それは顔の見えない空美に対しての叫びだったのだろうか? 

 落下しながら見上げると、そこには雲もない薄暗い空が広がっていた。手足をばたつかせながらゆっくりと落下していた君はやがて意識を失い、今までの記憶までもすべて失う……。

131へ

【133】

「どうしてそんなに驚いてるの?」

 君の声を聞いた瞬間、彼は少し落ち着いた表情に変わる。

「ここは俺ともう一人の女性の二人しか迷い込まないと思っていたからです」

「それは正解だよ、おそらくね」

「え?」

 彼は人間ではないものを見るような目で君を見る。

「確かに今の君にとってはそれに近い存在かもしれないけど、俺は5年後の、未来の君なんだ。君を元の世界に戻してあげるためにずっと上から下ってきた」

 そう言われて彼は驚いた表情をする。

「未来の? じゃあ俺は、30歳の俺が迷い込んだ階段に?」

 君は首を……

縦に振る 156へ

横に振る 169へ

 どちらでもない 152へ

【134】

 それを聞いていた彼は何かを思い出したように言う。

「どうやって元の世界に戻ったんですか?」

 そう聞かれ、君は双眼鏡を覗き込んで、その後に見た光景を思い出す。

「俺はうつみさんが……」

 君はそこまで言って、さらにあることを思い出す。5年前の30歳の自分は、25歳の頃の自分が元の世界に戻った後に会って、仲良くなったか、顔見知りにでもなっていたかのように背後に現れた際に空美と呼び捨てにしていたのに、自分は一度も会えなかった。それは階段の世界に二人が残ったからだとずっと思っていたのだが、それなら5年前の30歳の自分はどうやってうつみさんと会ったのだろうか。うつみさんは自分が元の世界に戻った後に戻ったのだろうか。1人でだとしたら、5年前の30歳の自分は……。

 知らず知らずのうちに君は頭を抱えていた。そしてもう一人の自分の心配げな視線を感じて、25歳の君のためにも気持ちを落ち着かせてから言う。

「うつみさんが貸してくれた双眼鏡を覗き込んで元の世界に戻れたんだ」

「双眼鏡? 俺のはどこいったんだろう」

 どうやら彼は確かに5年前の君のようだ。さっきまでサーフボードを捜していたところだったのだろう。

「そいつは戻った後で手に持っているから心配要らないよ」
 そう言って微笑む君。

「そうなんですか? じゃあ、置いてきただけ……」

 半信半疑な様子の25歳の君はそう言いかけて、君の背後の頭上を見上げてまた目を見張る。君はそれを見て、何事だろうかと恐る恐る後ろを振り向いて、そしてビクリと反応してしまう。

155へ

【135】

「それは無理」

 空美が首を横に振る。

「私が今から彼に渡そうとしている物は、おそらく彼の持ち物で、30歳のあなたを戻す力はないと思うの。一緒に戻れたとしても、彼が戻るのはあなたが居るはずのない世界だから、あなたは存在自体が消えてしまうかもしれない。そうなると、5年間築き上げてきたものがすべて無駄になる」

 空美が最初に言ったように「それは無理だ」と言いかけた君だったが、もう一度5年前からやり直せるということに気づく。25歳の自分はそのままなのだから、「俺」が完全に消えてしまうわけではないし、それも良いかもしれない、と思い始める。そんなことは今まで誰も経験したことがないだろうし、毎週日曜日になったら1人ででも子供の頃のように外で走り回って遊ぶ健康的な5年間を送れるかもしれないと。

「それでもいいから一緒に戻りたい」 151へ

「教えてあげて」 149へ

「三人で戻ろう」 145へ

 「俺はここに残るよ」 161へ

【136】

 もし先に迷い込んでいるなら、自分がここに来るのが5年前よりも遅くなったか、25歳の自分が誕生日から6日後よりも早く迷い込んだかのどちらかだ。

 君は階段を駆け上る。さすがに異世界でもひたすら駆け下って疲労を感じ始めていた君は、あと30分くらいなら駆け上り続けられるだろうと思った。

 その半分ほどの時間駆け上り続けていた君は、自分の足音に混じって背後からスニーカーで駆け上がってくるようなかすかな足音が聞こえてきていることに気づき、自分の足音を消すためにも立ち止まる。そして体ごと下の方を向く。

 50段ほど下を25歳の頃らしき君が、君の後を追いかけてくるように駆け上ってきていた! 君はそれを見てホッとする。落ちていた物を拾ってきた様子はないが、服装は確か5年前に迷い込んだときと同じだ。足元を見て、真新しい頃のスニーカーを履いているのを確認する君。

 君は駆けてきた段数に違いがあるとはいえ、後から来た過去の自分に追いつかれるとは思っておらず、まだまだ体力の衰えを感じたことはなかったのにと少し悔しく思う。

 彼は10段ほど下まで駆け上ってきて立ち止まると、何かに気づいたように目を見張っている。すでに経験済みの君にはその理由がわかる。

彼が口を開くまで待っている 139へ

あえて何を驚いているか聞く 133へ

 これ以上階段を上る必要はないことを伝える 140へ

【137】

「そうだ、双眼鏡がない」

 現実世界に戻ったら覗き込んでいるあの双眼鏡のことだろう。彼は君に向き直る。

「なぜ俺の年を知っているんですか? 上る必要はないとはどういうことなんですか?」

 君は腕組みをしながらもったいぶるように考え込み、それから話す。

「俺は5年後の、未来の君だから。うつみさんが来たら現実世界に戻してくれる。だから俺より上に上らなくていいんだ」

「うつみさん? それはもしかしたら……」

 そう言いかけて、君の背後の頭上を見上げてまた目を見張る。それを見て、何事だろうかと恐る恐る後ろを振り向いて、そしてビクリと反応してしまう。

155へ

【138】

〈……5年前の30歳の未来の俺なのか!?〉

 君は心の中でそう強く願った。

142へ

【139】

 君が見つめたままでいると、彼が困ったような顔で恐る恐る口を開く。

「ここはもしかしたら異世界ですか?」

 階段のことを言わないのは、まだここが「あの階段」だと思っていないのかもしれない。しかし、ひたすら続く上り階段を見て、また元の世界に戻るために上ってきたのだからもう気づいているだろう。

「そうだよ。空に浮いてる階段なんて現実世界にはないからね。君はまた呼ばれたようだね」

 そう言われ、彼はやれやれという表情をする。

「またあの怪しい階段ですか……。ところであなたは?」

 君は腕組みをしながらもったいぶるように考え込み、それから話す。

「俺は5年後の、未来の君だよ。君を元の世界に戻してあげるためにずっと上から下ってきたんだ」

 そう言われ、彼は驚いた表情をする。

「未来の? じゃあ俺は、30歳の俺が迷い込んだ階段に?」

 君は首を……

縦に振る 156へ

横に振る 169へ

 どちらでもない 152へ

【140】

「25歳の君は、これ以上異世界の階段を上る必要はないんだ」

 そう言われ、彼は呆然とした表情で立ち尽くしている。

「大丈夫かい? サーフボードの捜しすぎで熱中症にでもなったんじゃないか?」

 心配そうにそう言われ、ハッと我に返ったように上ってきた階段を振り返る。

137へ

【141】

〈……あなたなのか!?〉

 君は心の中でそう強く願った。

142へ

【142】

 それから前後の階段の先の方を凝視したり、そそり立つ左右の壁の向こうから物音でも聞こえないかと耳を当てて澄ましたり、頭上の青空を見上げて何らかの「答え」が返ってくるのを期待しながらしばらく待った。

 だが、それとわかるような何かが返ってくることはなく、ここへ来た直後の階段のままだった。どうやら違ったらしい。あるいは、願いが届かなかったのかもしれない。

 それならと、25歳の過去の自分と空美の二人と会うため、君は階段を駆け下り始める。5年前と同じなら、うつみさんは25歳の自分より下から現れる。

160へ

【143】

〈……この世界を支配する神様なのか!?〉

 君は心の中でそう強く願った。

142へ

【144】

「25歳の君は、もうこの異世界の階段を上る必要はないんだ」

 そう言われ、彼は呆然とした表情で立ち尽くしている。

「大丈夫かい? サーフボードの捜しすぎで熱中症にでもなったんじゃないか?」

 心配そうにそう言われ、ハッと我に返ったように足元や周囲を見回す。

137へ

【145】

「私は戻れない」

 空美が首を横に振る。

「今から彼に渡そうとしている物は、おそらく現実世界での彼の持ち物で、私はその方法では戻れないの。未来の30歳のあなたも戻す力があるかどうかわからない。もし一緒に戻れたとしても、彼が戻るのはあなたが居るはずのない世界だから、あなたは存在自体が消えてしまうかもしれない。そうなると、5年間築き上げてきたものがすべて無駄になる」

 「それは無理だ」と言いかけた君だったが、もう一度5年前からやり直せるということに気づく。5年前の自分は無事に戻れたのだから、「俺」が完全に消えてしまうわけではないし、それも良いかもしれない、と思い始める。そんなことは今まで誰も経験したことがないだろうし、毎週日曜日になったら1人ででも子供の頃のように外で走り回って遊ぶ健康的な5年間を送れるかもしれない。

「それでもいいから彼と戻りたい」 151へ

「教えてあげて」 149へ

 「俺はここに残るよ」 161へ

【146】

 下を向いて階段の踏面に腰を下ろして足腰を休めつつ、いつ迷い込んでくるだろうかと腰を回して後ろを振り返ったり、向き直って下の方の様子を見る。それを何度か繰り返していた君は、5年前に迷い込んだのは誕生日が何日過ぎた頃だったのかを思い出そうとする。

 同じ6日だったり、5年前の30歳の自分が今の自分と同じ日にここに来たのなら、25歳の自分は今日これから迷い込んでくるはずだ。だが、もしそうでなかったら……。

 前を向いてうつむき加減でそんなことを思っていると、不意に下の方から視線を感じる気がして、すぐに顔を上げる。50段ほど下に25歳の頃らしき君が驚いた表情で立っていた。君はそれを見てホッとする。落ちていた物を拾ってきた様子はないが、服装は確か5年前に迷い込んだときと同じだ。足元を見て、真新しい頃のスニーカーを履いているのを確認する君。

 どうやら5年前の自分と同じように目の前の壁、その後で上り階段を見て、ここが異世界の階段だと気づいて駆け上ってきて、さらに自分よりも先に迷い込んだ人間がいることに驚いているに違いない。

 立ち上がった君が階段を一歩下ると、彼も階段を一歩上る。それはほぼ同時で、やはり同じ人間なのだなと君は笑みを浮かべる。

 お互いに20段ほど進んで少しずつ距離が縮まってくると、君たちは立ち止まる。彼は困惑したような表情をして上がってきていたが、今は何かに気づいたように目を見張っている。すでに経験済みの君にはその理由がわかる。

彼が口を開くまで待っている 139へ

あえて何を驚いているか聞く 133へ

 これ以上階段を上る必要はないことを伝える 140へ 

【147】

「あった!」

 彼がそう叫んだ瞬間、双眼鏡ごとパッと消えた! あのサーフボードを見つけたのだろうか。空美は君の隣で彼がさっきまで立っていた方に向かって手を振っている。俺は戻るときはあんな風に一瞬だったのか。

「きっと彼は、これからのあなたのようにまたここに来る」

 手を振りながら空美が言う。君は言っていることの意味が少しわからないような気がしつつも、5年前に元の世界に戻ってからずっと気になっていたことを聞いてみる。

「5年前、君と未来の30歳の俺が二人でこの階段の世界に残った後のことを知りたいんだ。俺はそのために望んでここに来た」

 君がそう言うと、聞かれることを予感していたかのように落ち着いた様子で足元の階段を指差す。

「たまには二人でゆっくり座らない?」

「いいよ」

 君がそう返事をすると、君たちは踏面に腰を下ろし、並んで座る、下の方に体を向けて。

「あのとき二人きりになってから彼が、『俺の役目は終わったよ』と言った。その直後に、彼の背後にもやのようなものが現れたの」

「もや?」

「そう。あなたも階段の世界で何度か見たことがあるかもしれない。そしてね、『君も今の俺になるために5年後ここに来る俺のために戻ったほうがいい』と言って、もやの中に入っていったの」

「未来の俺は、俺が5年後にここに来ることも、その理由も……」

「さらに未来の5年後のことを知っていたことになるね」

「それで、どうなったの? 君も入っていったの?」

 空美は首を横に振る。

「そのもやなんだけどね、実は今、あなたの後ろにもあるの」

 そう言いながら君の頭上の背後を指差す。

「え?」

 君は冗談を言っているのだろうかと後ろを振り向く。すると、2段ほど下にもやのようなものがぐるぐると渦を巻いていた! それは高さ3メートルほどで、階段の幅いっぱいに広がっている。

「そのもやの向こうにあなたが元の世界に戻るために必要な5年後の私が居るの」

 そう言いながら空美は君の背中を両手で押す。押された君の体がもやの中に入る。中は真っ暗で何も見えず、少しの間宙を舞った感覚の後、すぐにどこかに着地したようだった。そのときには君の今までの記憶は消えていた。もやの中が真っ暗だと感じたのはどうやら目を閉じていただけだったらしく、君はゆっくりと目を開ける。

131へ

【148】

〈……階段を造った者なのか!?〉

 君は心の中でそう強く願った。

142へ

【149】

 空美は君に向かってうなずき、腰の後ろに手を回す。

「これよ」

 戻した手に持った物を見せる。それは双眼鏡だった。よく見ると、5年前に元の世界に戻ったときに覗き込んでいた君のにやはり似ている。

「そう、あなたのよ」

 彼も5年前の君と同じことを思っていたようだ。

「なぜ君が持ってるの? 砂浜の前の階段に置いてあると思っていたのに」

 君は5年前に自分が言ったことを25歳の自分にもう一度言われて、もしかしたらうつみさんがここに来る前に拾ってから来たのかもしれないと思い、興奮する。

「気づいたら持っていた。持たされていた、と言ったほうが正しいのかもしれない。でも、これを覗き込んだ瞬間、元の世界に戻っている自分に気づくはず」

 そう言って君の左隣まで下りてくると、双眼鏡を差し出す。

 どうやら違ったらしいと興奮がさめていき、5年前のうつみさんも同じことを言っていたことを思い出す君。彼が上がってきて受け取ると、なぜか裏表が逆に渡されていることに君は気づく。うつみさんは意図的にそうしたのだろうか。確か5年前は……。そんな君の前でひっくり返そうとする彼。

ただ見ている 132へ

 「逆のままでいいんだ」 157へ

【150】

〈……5歳の頃の俺なのか!?〉

 君は心の中でそう強く願った。

142へ

【151】

「わかった」

 うつみさんは止めるかもしれないと思っていた君だったが、あっさりと了解する。

「じゃあ、これを持って彼の左隣に移動して」

 双眼鏡を渡され、あのときの物かと言われた通りに階段を下り、25歳の君の左隣に立つ君。裏表逆に渡されていたが、それには気づかない。

「彼は左目で右側のレンズを、あなたは右目で左側のレンズを同時に覗き込んで。おそらくそれで二人とも戻れるはず」

 君は双眼鏡を左手で持ち、右側を差し出して25歳の君が右手で持つ。

「1、2、3って私が言うから、3で覗き込んでね」

 君たちは同時にうなずいたらしく、空美がクスッと笑う。

「1、2、3!」

 息がピッタリの君たちは同時に双眼鏡を片目で覗き込む。それはまるで正面に立つ空美を二人で見るかのようだった。

159へ

【152】

「ここが過去の階段なのか、未来の階段なのか俺にもよくわからないんだ。俺が来たときに立っていた踊り場までは俺の現在ので、それより下は君の過去のなのかもしれないし、お互いの現在の、かもしれない」

134へ

【153】

 そう言うと、空美はまるで聞こえなかったかのように彼の前へと下りていき、何かを渡す。

 君は無神経なことを言ってしまった、やはり女性に対して年齢やそれによる見た目の変化に関する話題は避けるべきだったとおろおろしていると、背を向けている空美が手を振りだす。何事だろうと前の方を覗き込むと、いつの間にか彼が居なくなっていた。元の世界に戻ったのだろうか。うつみさんの後ろ姿で隠れてその瞬間を見逃してしまった。

 君はそう思いつつ、どうやって元の世界に戻したのか聞こうとした瞬間、空美の姿がパッと消えた! 元の世界に戻ってしまったのだろうか。彼には手を振っていたのに、後ろを振り返ることすらなく……。これは嫌われてしまったかもしれない。君はまたこの階段の世界でひとりぼっちになった。

「ここにこれ以上居る意味はなさそうだ。そろそろ元の世界に戻りたい」

 君はひとまずそう呟く。さっきうつみさんが戻りたくなったら5年後の未来の私か来るはずと言っていたからだ。

 ただここに座り込んで待つよりは、あの踊り場から上には何があるか上ってみよう。君は階段の下にくるりと背を向け、上り始める、戻しに来てくれるのが5年後のさっきの空美だった場合、来てくれないかもしれないということに気づかないまま……。

 やがて元の世界に戻っていた君は、ベッドに腰掛けていた。それは過去の階段に迷い込んむ直前の格好のままだった。枕元の目覚まし時計を見ると、1時間ほど進んでいる。さっきまでの出来事は腰掛けた状態で寝た後の夢だったのか、そうでなかったのかを確かめる術はなかった。

174へ

【154】

「はい! 外でみんなと遊びます」

 彼は少し泣きそうな顔で力強く返事をすると、君と微笑む空美に手を振りながら双眼鏡を覗き込んだ。

「あった!」

 彼がそう叫んだ瞬間、双眼鏡ごとパッと消えた! あのサーフボードを見つけたのだろうか。空美は君の隣で彼がさっきまで立っていた方に向かって手を振っている。俺は戻るときはあんな風に一瞬だったのか。

 それから空美は潤んだ目で君を見つめてくる。さっき君が彼に伝えたことが影響しているのだろうか。本心を伝えたまでだったが、君は照れ隠しついでに5年前に元の世界に戻ってからずっと気になっていたことを聞いてみる。
「5年前、君と未来の30歳の俺が二人でこの階段の世界に残った後のことを知りたいんだ。俺はそのために望んでここに来た」

 君がそう言うと、聞かれることを予感していたかのように落ち着いた様子で足元の階段を指差す。

「たまには二人でゆっくり座らない?」

「いいよ」

 君がそう返事をすると、君たちは踏面に腰を下ろし、並んで座る、下の方に体を向けて。

「5年前の30歳のあなたは、5歳から25歳までのあなたとは違う理由で呼ばれたんだと思う」

「違う理由? それはどうして?」

「私にも詳しくはわからないんだけど、あのとき二人きりになってからそれを確信することがあった。あの後彼が、『俺の役目は終わったよ』と言った。その直後に、彼の背後にもやのようなものが現れたの」

「もや?」

「そう。あなたも階段の世界で一度は見たことがあるかもしれない。そしてね、『君も今の俺になるために5年後ここに来る彼のために戻ったほうがいい』と言って、もやの中に入っていったの」

「未来の俺は、俺が5年後にここに来ることも、その理由も……」

「さらに未来の5年後のことを知っていたことになるね」

「それで、どうなったの? 君も入っていったの?」

 空美は首を横に振る。

「私はなんだか怖くて、もやを見つめていた。そうしたら、少しずつそのもやが晴れてきて、消えた後にはただ階段が続いていた。私はすぐに階段を駆け上ってしばらく彼を捜したけど、どこにもいなかった。私が何かせずに戻れたということは……」

「それは本当に未来の俺だったんだろうか? 俺は君にそんなことは絶対に言わないと思うんだけど」

「時間的なずれが生じたのかもしれないけど、よくわからない。……そろそろ私の元の世界に戻るね。あなたにとっては過去の」

「うん、無事に戻れるように祈ってるよ」

「私は大丈夫。気づいたら自然に戻ってるし、あなたが居る階段なら、過去にも未来にも自由に行ける。そうだ! 5年後の、あなたが35歳になった頃の階段には行けなかった」

「ということは……」

 君がそう言いかけたとき、隣に座る空美の姿が消えかかる。消える寸前で君に向かって手を振る。君が笑顔で手を振り返したところで空美は消えた。

 その直後、背後に誰か立っているような気配を感じた。もしかしたらと思った君は笑顔で後ろを振り向き、思わず声を上げそうになる、初めて見たあのときのことを思い出して。

162へ

【155】

 そこには、すぐ2段上に空美が立っていた! 5年前と同じで青いワンピースに白いカーディガンを羽織っている。

 5年前は25歳の自分の後ろから現れたから自分の後ろから現れるとは思っていなかったし、気配を微塵も感じなかったのも少し怖かった。会話を聞いていたかもしれない。

「き、来てくれたんだね」

 平静を装って君は言う。

「なぜ名前を知ってるんですか?」

 背後で彼に聞かれ、向き直る。

「それは言わないでおこうと思う。君が元の世界に戻る楽しみを奪ってしまうことになるだろうから……」

 そう言われて納得したらしく、空美の方を向く。

「どうやってここに来たの?」

 君も体ごと空美の方を向く。

「実は、気づいたらここに来ていたの。そういうとき階段のどこかに立っていたら、あなたの居る階段だと思うようになっていた。今日は踊り場だったよ」

 後ろを振り返り、向き直って彼、それから君を見る。自分が最初に立っていたのと同じなら、ここまで駆け下ってきたのだろうかと君は思う。そんな君を挟んで彼が言う。

「君ももう一人の階段に呼ばれた人間なんだね」

「そうかもしれない」

 見つめ合い、微笑む二人。

「元の世界に戻る方法を知ってる?」

 彼の問いに空美は静かにうなずく、なぜか寂しそうな表情で。そこで君は言う。

「教えてあげて」 149へ

「俺も一緒に戻れるかな?」 135へ

「三人で戻ろう」 145へ

 「俺はここに残るよ」 161へ

【156】

「おそらくそうだろう。俺が君より先に迷い込んだのだから」

134へ

【157】

 君にそう言われ、素直にひっくり返すのをやめる25歳の君。それを見て、さすがは自分自身だと思う君。それから別れを意識してか、双眼鏡を持つ手を一旦下ろす。

「『最後』に二人に一つだけ聞きたいことがあったんだ。なぜ俺は、階段に呼ばれたのだろう?」

 5年前と同様にまずは空美が答える。

「それはきっと、5歳の頃も10歳の頃も変わらず重要な瞬間で、そのことを心に刻んでほしくて。20年も前の5歳の頃のことも、階段の世界に迷い込んだ前後のことはよく覚えているはず。人生とは、意味のある瞬間の連続なんだということをわかってもらうために、あなたが選ばれたということなのだと感じるわ」

 君も過去の自分に何か伝えようか、5年前の未来の自分のように。

「君が望まずにここに来ることはもうないと思う。なぜなら、未来の君は、つまり俺はここに望んでから来るからだ。それに君は十分に大人になった。君は元の世界で無事に『俺』になるだけでいいんだ」 164へ

「君は階段に、それか何か別の存在に定期的に見守られているのかもしれないね。6回も迷い込んだ俺がそう感じただけかもしれないけど。君の階段は果てなく永遠に続く。つまり、君自身の終わりがまだ見えないからなんだ。脇目も振らず人生という階段を駆け上る最中も、若い頃にこの異世界の階段を駆けたことをいつまでも忘れないでほしい」 168へ

「今の俺でも呼ばれた理由も、迷い込ませた存在の正体も結局わからなかった。俺は会えなかったけど、君は戻った後のうつみさんに会えるといいね」 170へ

「俺は5年前に元の世界に戻った後、一度も誰かと外で遊ばなかった。20歳まではよく友達と薄暗くなるまで遊んでいたのに……。君はまだ若い。俺のような『大人』になってほしくない。君には明日からでも昔の友達とあの頃のように外で駆けずり回って、くたくたになるまで外で遊んでほしい。それは君の懐かしい思い出としていつまでも残り続けるだろう」 154へ

 「元の世界に戻ったらきっと何かわかるよ」(彼を早く戻して、空美に未来の自分と残った後のことを聞きたい) 172へ

【158】

「あった!」

 彼がそう叫んだ瞬間、双眼鏡ごとパッと消えた! あのサーフボードを見つけたのだろうか。空美は君の隣で彼がさっきまで立っていた方に向かって手を振っている。俺は戻るときはあんな風に一瞬だったのか。

「彼がまたここに来るときは、きっとさらに成長しているはず」

 手を振りながら空美が言う。君は言っていることの意味が少しわからないような気がしつつも、5年前に元の世界に戻ってからずっと気になっていたことを聞いてみる。

「5年前、君と未来の30歳の俺が二人でこの階段の世界に残った後のことを知りたいんだ。俺はそのために望んでここに来た」

 君がそう言うと、聞かれることを予感していたかのように落ち着いた様子で足元の階段を指差す。

「ちょっと座りましょう」

「うん」

 君がそう返事をすると、君たちは踏面に腰を下ろし、並んで座る、下の方に体を向けて。

「あのとき二人きりになってから彼が、『俺の役目は終わったよ』と言った。その直後に、彼の背後にもやのようなものが現れたの」

「もや?」

「そう。あなたも階段の世界で何度か見たことがあるかもしれない。そしてね、『君も今の俺になるために5年後ここに来る俺のために戻ったほうがいい』と言って、もやの中に入っていったの」

「未来の俺は、俺が5年後にここに来ることも、その理由も……」

「さらに未来の5年後のことを知っていたことになるね」

「それで、どうなったの? 君も入っていったの?」

 空美は首を横に振る。

「そのもやなんだけどね、実は今、あなたの後ろにもあるの」

 そう言いながら君の頭上の背後を指差す。

「え?」

 君は冗談を言っているのだろうかと後ろを振り向く。すると、2段ほど下にもやのようなものがぐるぐると渦を巻いていた! それは高さ3メートルほどで、階段の幅いっぱいに広がっている。

「今のあなたでは、5年後の私が一緒に戻りたがらない」

 そう言いながら空美は君の背中を両手で押す。押された君の体がもやの中に入る。中は真っ暗で何も見えず、少しの間宙を舞った感覚の後、すぐにどこかに着地したようだった。そのときには君の今までの記憶は消えていた。もやの中が真っ暗だと感じたのはどうやら目を閉じていただけだったらしく、君はゆっくりと目を開ける。

131へ

【159】

「あった!」

 彼がそう叫んだ瞬間、双眼鏡ごとパッと消えた。あのサーフボードを見つけたのだろうか。そう思った直後、左手を顔の前に上げて、双眼鏡を覗き込んでいた格好の君もパッと消え、空美だけが階段に残された……。

 振り向くと、5歳の君の目の前に見知らぬ光景が広がっていた。服を着ておらず、階段の踊り場に立っていた。階段は上へも下へも果てしなく続いていて果てが見えない。階段の両側は高い塀になっていて、今の君では到底塀の向こう側がどうなっているのか確かめようがない。

 君はなぜだか「上らないといけない」と思った。踏み出して1段目の直前まで歩き、1歩2歩上る。5段目まで上ったとき、君は10歳になっていた。身長が数十センチ伸びている。

 そのまま1歩2歩上り、10段目まで上ったとき、君は15歳になっていた。さらに身長が数十センチ伸びている。

 そのまま1歩2歩上り、15段目まで上ったとき、君は20歳になっていた。さらに身長が数十センチ伸びて、塀の天辺が近づいてきていることに気づく。

 そのまま1歩2歩上り、20段目まで上ったとき、君は25歳になっていた。そのまま1歩踏み出してさらに上ろうとする君だったが、21段目に足の裏がつく直前で君の体はパッと消えた……。

 覗き込んだ双眼鏡の向こうに、太陽の光に照らされた、静かに打ち寄せる波が見えた。君は階段の一番上に腰掛けている。双眼鏡を下ろすと、目の前には階段の下から続く砂浜と、その先に青い海が広がっている。

「戻ってこれたんだ……」

 異世界の階段に迷い込む前のままのような姿勢で、ぼんやりと海を見つめていた。今の君に、これから先の記憶は一切ない。

131へ戻る

【160】

 階段をひたすら駆け下ることになることを予想して、履き慣れた5年前と同じスニーカーを履いてきた君は、階段を下り始める。あの頃は買って間もなかったが、今ではよれていて、汚れが目立ってきている。君は5年という月日の長さを実感した。

 すぐに25歳の自分と会い、うつみさんとも会い、25歳の自分を現実世界に送り届けて、あの後二人が、5年前の30歳の自分とうつみさんがどうなったのかを早く確かめたい!

 その一心で「ダッダッダッ」という靴音を響かせながら階段を駆け下る。しかし、急ぐほどに階段を踏み外しそうになり、前のめりに転げ落ちるのだけは避けたいと早歩き程度の速さに抑え、駆け下り続ける。ふと君は、5年前と真逆なことに気づく。あのときはひたすら駆け上った。

 途中で休憩することなく1時間ほど駆け下り続けた。その姿を誰かが目撃していたら何かに取り憑かれているかのように見えて、異様な光景だったことだろう。それほど早く確かめたい一心でひたすら階段を駆け下ったのだった。

 やや息を切らせながらもさらに駆け下っていた君は、遠くに壁のような物体が見えてきたことに気づく。下るたびにそれは高くなってくる。5年前にこの階段に迷い込んだときに目の前にそそり立っていたあの壁のてっぺんだろう。ということは、そろそろ階段の一番下だ。そう思って、5年前はひたすら駆け上がっている最中にいくつかの物が階段の真ん中に落ちているのを見かけて、その末に下ってくる30歳の未来の自分と会ったことを思い出し、駆け下るのをやめる。

 時間的なずれが生じたか、5年前の30歳の自分はゆっくり下ってきていたかで、25歳の自分はこれから迷い込んでくるのだろうか。それか、迷い込んでくる場所が5年前とは違うのか。考えたくはないけれど、自分が来る前に迷い込んで落ちていた物を拾い、異様に長い踊り場の上へ行ってしまったのだろうか……。

 階段の途中で思案する君。

ひとまず壁の前まで歩いて下る 171へ

腰を下ろし、前後に注意しながら様子を見る 146へ

 階段を駆け上る 136へ

【161】

「わかった。もし戻りたくなったら、そのときは5年後の未来の私が来るはずだから」

 そう言われ、今の自分と同じ世界のうつみさんを見たことはまだなかったなぁと思った後で、君はあることを閃く。

「未来の君をここに呼ぶことはできないかな? 彼と俺のように、過去と未来の君が二人で並んでいるところを見てみたいんだ」

「どうして?」

 そう聞かれ、何と答えようかと考える君。

「今の君が5年間でどれぐらい年を取ったのか確かめたいんだ」 153へ

 「今まで君は常に一人だったから、二人揃ったところを見てみたいんだ」 166へ 

【162】

 5段上がった君の背後に、ピンクのワンピース姿の白いマスクをした長い髪の女性が立っていた! しかし、前髪で目元は隠れておらず、君は「うつみさんだ」とすぐにわかった。

「ビックリした?」

 君と同い年に見える現在の空美はマスクをもごもごさせてそう言うと、おもむろに両耳にかけたゴムに手をかけ、マスクをゆっくりと外す。その仕草までも10年前のあのときのままだった。さっきまでいた過去の空美と見た目はあまり変わっていないが、赤い口紅を塗っていて、君は自分よりも大人に感じる。それは、空美の素顔を初めて見たときに感じたものと同じだった。

「何で今日はマスクしてたの?」

 君は立ち上がりながら聞く。ワンピースもあのときと同じもののようだ。

「私と初めて会ったときのことを思い出してもらいたくて」

 それも女心というものなのだろうか。空美はそう言いながらスカートのポケットにマスクを入れる。

「いろんな意味で忘れられないよ。初めて君を見たときも、初めてマスクを外した君の素顔を見たときも」

 そう言われ、空美は満足そうに微笑む。あのときと同じ格好をしてきて大正解だったというところだろうか。君は気になっていたことを聞いてみる。

「君は25歳の俺が迷い込んだ2つの階段のことを覚えてる?」

「覚えているけど、1回目のは2回目よりも数時間早かった。そして2回目の後、現在の30歳の私が5年後のあなたが居る階段に10年前と同じように呼ばれたの」

 やはり時間的なずれがあったのかと君は思い、「10年前と同じように呼ばれた」という言葉が気にかかる。では、5年前のさっきのは違う理由だったのかと。

「君は俺と同い年だったんだね。そうかもしれないと思ってた。ここへ来た後に階段の世界に迷い込ませたのは何者なのか教えてほしいって心の中で強く願ったんだけど、その答えは返ってこなかったよ。俺は何に呼ばれたのか結局わからなかった」

「私も何に呼ばれたのかわからないけど、それはおそらく、子供の頃と20歳が過ぎてからの階段は違っていたから、初めて迷い込んだ頃の階段なら何か返ってきたんじゃないかな」

「そうかもしれないね。かくれんぼをしていた最中に突然迷い込んだあの階段なら。あのとき広がってた光景は今もはっきりと覚えてる……」

 ふと君はあることを思い出す。

「うつみという名前は漢字でどう書くの?」

「空が美しいだよ」

「空美さんか。名前も美しいんだね」

「ありがとう」

 そう言って顔を赤らめ、嬉しそうな表情の空美。

「ところで、私はこの階段の世界にあなたが元の世界に戻るお手伝いをするためと、さよならするために来たの」

「……お別れなの?」

「そう、きっと永遠に。だから、最後にあなたにまた質問をする」

「今回はどんな?」

「家に帰りたいのなら、どれか選ぶのよ。今すぐ元の世界に戻りたいか、もう少しここに残りたいか。さあ」

 いつか言われたままの口調で、マスク以外の格好もあのときと同じで最初はドキリとしたが、今回はいたずらっぽく笑顔で言う。

 元の世界に戻ったら二度と空美さんとは会えないかもしれない。今までに会えたのは、20歳の10年前に砂浜での一度だけだ。それなら、空美さんが帰るそのときまで一緒に居られたらと思うが……。

元の世界に戻る 167へ

 もう少しここに残る 173へ

【163】

〈……マスクをしていた頃のうつみさんなのか!?〉

 君は心の中でそう強く願った。

142へ

【164】

「はい! あなたのようになれるように頑張ります」

 彼は笑顔で力強く返事をすると、君と微笑む空美に手を振りながら双眼鏡を覗き込んだ。君はそう言われて嬉しかった反面、目標にされるような人間にはなれていないかもしれないと思うのだった。

147へ

【165】

 君が見つめたままでいると、彼が困ったような顔で恐る恐る口を開く。

「ここはどこですか?」

 まだここが「あの階段」だと思っていないのだろうか。しかし、ひたすら続く上り階段を一瞬でも見たならもう気づいているはず。

「後ろを向いて」

 そう言いながら25歳の君の背後を指差す。すると、25歳の君はゆっくりと後ろを振り向く。そして頭上を見上げ、一歩後退る。あのときの自分と同じように口を大きく開けているようだ。

「もうわかっただろう? ここはあの異世界の階段だよ。また呼ばれたようだね」

 そう言われ、君の方を向き直る。

「またあの怪しい階段ですか……。ところで、あなたは?」

 君は腕組みをしながらもったいぶるように考え込み、それから話す。

「俺は5年後の、未来の君だよ。君を元の世界に戻してあげるためにずっと上から下ってきたんだ」

 そう言われ、彼は驚いた表情をする。

「未来の? じゃあ俺は、30歳の俺が迷い込んだ階段に?」

 君は首を……

縦に振る 156へ

横に振る 169へ

 どちらでもない 152へ

【166】

 空美は首を横に振る。

「私はあなたと違って、この階段に二人は存在できないの。私は現在の、彼のために今ここに居る。階段の世界は、若い方のあなたのものなの」

「そうなのか。じゃあ、彼が居る間は、未来の君にとっての階段ではないから来れないということなんだね」

 空美はうなずく。それなら言うことは一つだ。

「教えてあげて」

149へ

【167】

「元の世界に戻るよ。俺も階段にさよならをする」 

 君の答えを聞いた瞬間、空美が白い歯まで見せて満面の笑みを浮かべる。それは君に名前も美しいと言われたときよりも嬉しそうだった。君はその理由がわからなかった。

「じゃあ、一緒に戻りましょう」

 そう言われて君は驚く!

「一緒に戻れるの!?」

 君は元の世界に戻るときはいつも一人だったから、自分が戻る方法で一緒に戻れるのだろうかと思ったのだ。空美はうなずく。

「簡単だよ。ただあなたと同時に戻るだけだから」

「じゃあ、5年前は何で一緒に戻ってくれなかったの?」

「今日のこの日のためにかな」

 そう言われ、頭の中に「終わり良ければ総て良し」という言葉が浮かび、すぐに納得する君。

「今回は何を使って戻してくれるの? 何も持ってないようだけど」

「私を受け止めてね」

 そう言うが早いか、空美は1歩2歩下りたところで突然君に倒れかかる! 君は慌てて空美の体を抱き留めるが、下の方に立っていた君はその勢いに負けてしまい、自分ごと転げ落ちそうになる! 君は空美の身だけでも守るためにとっさに体を捻ってこらえる。君の両足を軸にして君たちは回転を始め、数回転したところで君は目が回り、足ももつれて君たちの体は宙を舞う……!

175へ

【168】

「はい! 一生忘れられないと思います」

 25歳の君は笑顔で力強く返事をすると、君と微笑む空美に手を振りながら双眼鏡を覗き込んだ。

147へ

【169】

「ここは25歳の頃の俺の、君の階段だよ。俺は5年前にここに迷い込んだことを覚えてる」

134へ

 

【170】

「はい! 会えたらいいなと思います」

 25歳の君は少し顔を赤らめて力強く返事をすると、君と微笑む空美に手を振りながら双眼鏡を覗き込んだ。

147へ

【171】

 ひとまず階段の一番下まで下ってみよう。それから後のことはそのときに考えればいい。
 君は突然迷い込んでくる25歳の自分とぶつからないためにも階段を一段ずつ慎重に下っていく。

 時折振り返りつつ落ちている物を見かけることなく50段ほど下ると、階段の一番下と、5年前に迷い込んだ直後に目の前にそそり立っていた壁が見えてきた。あと50段ほどを壁の前を凝視しながら下っていく。そして30段ほど下ったときだった。

 壁の前に人が立っているような人影のようなものがうっすらと現れ、数秒かけてその人影ははっきりしてくる! それは、こちらを向いた25歳の頃の君らしかった! 君はそれを見てホッとする。

 俺は今まであんな風に迷い込んでいたのか。服装は確か5年前に迷い込んだときと同じだ。足元を見て、真新しい頃のスニーカーを履いているのを確認する君。

 5年前に迷い込んだときは壁の方を向いていたのに、やはり5年前に迷い込んだ階段とは時間的なずれがあるようだと思いながら、君は彼の方へ下っていく。そんな君を驚いた表情で見ている。この階段の世界で初めて会う同性だからか、自分よりも先に迷い込んだ人間がいたことに驚いているのだろうか。

 残り10段ほどになったと感じた君はおもむろに立ち止まる。彼は何かに気づいたように目を見張っている。すでに経験済みの君にはその理由がわかる。

彼が口を開くまで待っている 165へ

あえて何を驚いているか聞く 133へ

 階段を上る必要はないことを伝える 144へ

【172】

「そうですかね。5年前、元の世界に戻ったあなたがわかったのなら……」

 彼はそう言うと、君と微笑む空美に手を振りながら双眼鏡を覗き込んだ。

158へ

【173】

「もう少しここに残るよ」

 君の答えを聞いた瞬間、空美が突然目をうるませ、二筋の涙が流れて頬を伝い、空美の1段下の階段の踏面にこぼれ落ちる。空美は君が自分と元の世界に戻る方を選ばず、ここに残ることを選んだことを悲しんだのだった。しかし君は、もう少し一緒に居られることを喜んでの嬉し泣きだと思った。

「私の役目ももう終わりね。戻りたくなったら、今のあなたは望んでここへ来たのだから、時間が経てば最後の効力が切れたようにあなたの現在の、元の世界に戻っているはず」

 そう言うと空美はスカートのポケットからマスクを取り出したかと思うと、君の顔に向かって投げる。マスクはゆらゆらと飛んできて、君の両目を覆うように張り付く。まるで目隠しされたような状態になり、マスクを手に取る。

 驚いた顔で空美の方を見る君だったが、そこには誰も立っていなかった。上の方、それから後ろを振り向いてはみるが、急いで駆けていったような足音はしなかった。「役目ももう終わり」と言っていたから、元の世界に戻ったのだろう。その瞬間を見られたくなくて、マスクで目隠ししたのだろうか。

 そう思いながらマスクを見つめていた君は、うっすらと口紅の跡が残っていることに気づく……。

 やがて元の世界に戻っていた君は、ベッドに腰掛けていた。それは過去の階段に迷い込んむ直前の格好のままだった。枕元の目覚まし時計を見ると、1時間以上進んでいる。右手には口紅の跡が残るマスクを持っており、さっきまでの出来事は夢ではなかったことを実感するのだった。

174へ

【174】

 その後、君は毎週土日になると、現実世界で初めて空美に会ったあの10年前にサーフィンをした砂浜に出向き、5年前と同じように階段の一番上に腰掛けて空美が自転車で通りかからないかと数時間ずつ待ち続けた。背後で足音や自転車が走る音を聞くたびに振り向く君だったが、空美らしき人が通りかかることはなかった。

 数か月後、ついに君は、10年前に会ったのは空美さんに似ていただけの人で、空美さんはあの階段だけで会えた異世界の住人だったのだと思い込むことにして、空美のことを諦める。それからの君は、人生の、これからは目には見えない階段を一人で上ることになる。

131へ戻る

【175】

 気づいたとき、君は10年前にサーフィンをした見覚えのある夕日に染まる砂浜に立っていた。そして、誰かをしっかりと抱きしめていた。二人で立っていたのだ。君はハッとしてその人の顔を見る。それは、顔を赤らめた空美だった。空美はまっすぐに君を見て言う。

「この日を待っていたよ。10年前からずっと」

 そんな君は、空美の顔を見つめたまま5年ずつ時を遡っていく。

「俺は初めて君を見たときからだから、20年以上前だ」

「そうなの!?」

 空美さんがこれほど驚いた顔をするのは初めてだった。いつもすべてを知っているかのように落ち着いた顔をしていたから。

「ああ、君のマスクと前髪の奥に隠れた素顔を見ていたなら」

 そう言うと、空美は嬉しそうに微笑む。それから何かに気づいたように夕焼け空を見上げる。

「今光ったよ。階段がさよならを言ってる」

 そう言いながら空の彼方を指差す。君もその方向を見上げると、雲の間から上へと続く階段らしきものが見えた!

「俺にも見える!」

 君たち二人は「同じ方向を見て」大きく手を振る。すると、それに答えるかのようにもう一度階段が光って、ゆっくりと雲に隠れて見えなくなる。それはまるで別れを惜しみながらも君たちを祝福してくれているようだった。背後の道を徒歩や自転車で行き交う人々が手を振り続ける君と空美を見て、何か飛んでいるのだろうかと目線の先の夕焼け空を見上げ、雲しかなさそうなのにと不思議そうな顔で見ている。

 人生の、これからは目には見えない「二人だけの階段」を手をつなぎ、君たちはゆっくりと上り始める。

END

怪しい階段年表

2002年春

 異世界に存在していた誰にも上り下りされることなく孤独だった階段が、外で楽しそうに遊んでいた5歳の純粋無垢な主人公を見て、自分を駆けてもらいたくて異世界に呼ぶ。その能力はあまりにも孤独で寂しかった階段が必要(人間を呼ぶこと)があって習得できたもので、異世界に存在する物体にはそういった意思が宿りやすい。

 主人公は幼い頃から非現実的な不思議な世界に興味があり、そういった世界に人一倍迷い込みやすい体質でもあった。

 階段は異世界の創造主が造った無数にある異世界の中の1つの空の上にあり、その世界には階段しかない。

 過去から未来の主人公が居るときの階段を自由に行き来できる生まれつき特殊な力を持つ20歳の空美が、一旦顔を隠すためにマスクをしてから15年前の階段に移動し、5歳の主人公を元の世界に戻す。戻るのに必要な物は空美が移動してきた際に階段が目の前に置いていてくれる。その使い方と、それがない場合の戻り方は空美が考えていた。

2007年秋

 空美が5年前の階段から移動してきて10歳の主人公を元の世界に戻す。背が伸びていた主人公をまるで我が子の成長を母親のように頼もしく思っていた。

2012年冬

 空美が5年前の階段から移動してきて15歳の主人公を元の世界に戻す。さらに背が伸びて自分とほとんど変わらない背丈になっていた主人公を頼もしく、そして次でいよいよと空美は思っていた。

2017年夏

 20歳の頃に塀の向こう側で見たのは現実世界の景色。無機質な階段だけでは主人公を元の世界に戻すことができず、それに相応しい相手として空美を呼ぶ。

 空美が自分にとって現在の階段に戻ってきて、20歳の主人公を元の世界に戻す。正体を明かすつもりで主人公を追って上ってきた。

2022年春

 成人して5年経っても階段に呼ばれたのは、主人公と空美の二人の関係を良いものにするためにお礼の気持ちを込めてなのと、外で元気に遊んでいた頃の気持ちがまだ残っていた主人公を最後にもう一度だけと。5年ごとに呼ばれたのは、成長していく主人公に定期的に駆けてもらいたかったから。

 階段の真ん中に落ちていた物は、それぞれ迷い込んだときのことを思い出してもらいたくて階段が置いたが、すべて確認したか、サッカーボールを確認していない場合は、それより上へ上ってしばらくしたら消えるようにしていた。

 未来の30歳の主人公という設定の彼は空美と二人で主人公を元の世界に戻すのに必要と呼ばれ、5年後のとは微妙に違い、いくらでも変えられる未来の存在。戻す力はない物を迷い込んだと同時に持たされていた。

 空美が主人公を戻す際に二人で見送り、異世界にそのまま二人で残ったかのようになっている。空美は現在の階段に同時期に2回行き、2回目のために彼に合わせている。この年のことは5年後に必要なこと。

2027年春

 この頃の階段(30歳の主人公にとっての現在の砂浜で見た)はもう満足していて、主人公や別の人間を呼ぶことはなく、主人公は階段が願いを聞き入れて5年前の階段に迷い込んでくる。今までに5回迷い込んできて、その体質が強まってもいた。

 25歳の主人公は5年前と同一人物。すべての年の階段は下の方が過去の性質が強く、上るに従って未来の性質が強まる。「人は階段を一段ずつ上るように成長していく」ということから。主人公の誕生日は5月10日。階段に迷い込むごとに主人公が成長していたように、階段も創造主によって10年前に一度成長させられている。

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