見出し画像

ビートルズ無き世界を悲しむな。僕らにはThe Lemon Twigsがいるじゃないか!

 突然だが、「刷り込み」という生物学用語を知っているだろうか?

 いわゆる「生まれたての雛が、初めて見た生き物を親と思う」っていう絵本によくある習性のことだ。これはどうやら実際に存在する現象らしい。

 そしてこれは音楽にも当てはまるだろう。僕はビートルズとマイケル・ジャクソンという「親鳥」に出会った時から、彼らの作品を神のように崇め奉ってきた。彼らのエッセンスが刷り込まれてきたのだ。

 そんなリスナーなので黙っていても「ビートルズっぽい」「マイケルっぽい」みたいなサウンドは勝手に聴こえてくる。テキトーに音楽を流し聴きしていても、ふと「おっと?今のはTomorrow Never Knowsのドラミングだな?」とか勘づいてしまうのだ。まったくもって便利な才能である。

 前置きが長くなってしまったが、今回は僕のそのセンサーに引っ掛かり、見事に僕を魅了しているとあるバンドについて。

 君は、The Lemon Twigsを知っているか?

https://belongmedia.net/2020/03/04/the-lemon-twigs_3rd-album/


 The Lemon Twigsは2016年にデビューした、アメリカはロングアイランド出身のダダリオ兄弟(ブライアンとマイケル)を中心とするロックバンド。日本での知名度はまだ低く、話題に挙がることも少ないが今大注目すべきグループなのだ。

 僕が彼らを初めて認知したのはおそらく2020年の3rdアルバムがリリースされた頃で、Twitterか何かを通して知った記憶がある。3rdをさくっと聴いてみて「これは好きになりそう」と思った僕は、その「初体験」を大切にしたいと思い、1stアルバムから通しで聴いてみた。

 1stアルバムの"Do Hollywood"(2016)は素晴らしかった。そのあまりの完成度の高さに圧倒された。いつの時代も古くならない素直で楽しい珠玉のポップソングたち。そしてその裏に隠れた(もはや隠れていないかも)、60'sを彷彿とさせるコーラスワークやバロック・ポップの抜群のセンス。楽曲の進行も二転三転する楽しさ。僕は「ビートルズとビーチ・ボーイズとキンクスに一気にぶん殴られたみたいだ!!」と興奮を覚えた。

 言うならば「聴く遊園地」だ。演奏する際の楽しさがイヤホンの奥から直に伝わってくる。老若男女誰が聴いても楽しめる。まさに大衆芸術だ。そうした中でも骨太のベースラインや、先述の通り複雑な楽曲構成、詩的で時には残酷的なほど内省的な歌詞など、音楽玄人やディープなリスナーたちをにんまりとさせるような一筋縄ではいかない部分も、実に気に入らない!!!

 

 さぁそうなると問題は2ndアルバムだ。2ndは当然、1stを超えることを期待されるものだ。膨らむ期待に対する彼らなりの回答は「コンセプトアルバム」だった。「人間の子供として育てられた純粋な心を持つチンパンジーの数奇な人生」という他に類を見ないテーマを持つ本作、"Go To School"(2018)は、リスナーの期待を大幅に超えてくれた。

 前作では全体が「弾けるポップス」という、ある種の統一感があったように感じたが、本作では彼らの音楽性の幅広さをより感じさせられた。例えば7曲目の"The Bully"ではボサノヴァに挑戦。そこでおっと驚かされつつも、すぐにおなじみのド派手なホーンセクションに突入するという、仕掛けたっぷりの満足度が高い一曲になっている。なお歌詞はチンパンジーの自己嫌悪と悲惨すぎる生い立ちについてだ。メロディだけで楽しく聴いていたこっちの情緒がおかしくなってしまう。

 そして個人的に一番のお気に入りは14曲目の"This is My Tree"だ。初期のローリング・ストーンズの楽曲をそのままカバーしたかのようなブルース調の一曲。軽快なオルガンとホーン、そしてそれに歩調を合わせるギターが合わさった大傑作だ。当然マイケルのボーカルはミック・ジャガーを彷彿とさせる上に、チンパンジーの物語に合わせた劇場的な力強い歌唱法も彼らの新たな一面を垣間見せてくれている。


 そんな新たな試みが満載の祝祭のような2ndを経て、彼らは3rdアルバムの"Songs for the General Public"(2020)を発表した。当然彼らは本作でも様々な進化を遂げたが、それはタイトルからすでに明らかだ。タイトルを直訳してみると「一般市民向けの楽曲たち」となる。なんとまぁ強気なタイトルだろうか。「俺たちはもはや国民的だぜ!」と言わんばかりのどんと構えた姿勢。オアシスが活動中にリリースした唯一の公式ライブ盤のタイトル、"Familiar to Millions"=「みなさんお馴染み」と似たような香りがする。

 この彼らの姿勢の変容は当然アルバム全体の作風にも影響を与えているように感じる。1曲目の"Hell on Wheels"を聴けばそれは一目(一聴?)瞭然だ。あまりにわざとらしいほどの古臭いブルースで、まるでまたもやミック・ジャガーのモノマネを聴かされているかのようだ。こういった今までないような曲から始まる本作は序盤から我々の期待を大きく裏切る。

 しかしその「裏切り」から一転、あまりにズルいのが、2曲目で今までのThe Lemon Twigsの「王道」とも言えるような美しいコーラスワークと軽快な曲調/ベースラインを併せ持った珠玉の一曲、"Live in Favor of Tomorrow"が迎えてくれることだ。「ただいま!」と言わんばかりの「帰還劇」にはひれ伏すこと間違いなし。楽曲全体の多幸感も増し、遥かなパワーアップを感じさせてくれる。君は足でリズムをとらずにこの曲を聴くことができるだろうか?

 その後も彼らの「強気な」姿勢は続く。5曲目の"Somebody Loving You"と6曲目の"Moon"などは壮大なサウンドがクイーンやビリー・ジョエルなどの「スタジアム・ロック」と呼ばれるジャンルに分類できるだろう。まさに言葉通りスタジアムでみんなで歌うような雄大さと迫力を持った曲たちだ。大きな会場でのライブを見据えたように感じる新規の作風からは、来たるべき先を見据えた挑発的な姿勢が伝わってくる。

 他にも7曲目の"The One"からは、ソフトだがパワーポップのエッセンスと70'sの音楽への愛がにじみ出ているし、8曲目の"Only a Fool"のような、とろけるほどメロディアスなベースラインが光るキンクス風のポップスもただただ見事。ただのオマージュでは終わらない彼らのクラシック・ロックへの愛を感じる2020年代の始まりを告げる大傑作となった。


 そしてようやく本題に入るが(熱くなりすぎた!)…

 ついに先日(5月5日)、彼らの待望の4thアルバムである"Everything Harmony"(2023)がリリースされた。クオリティは言わずもがな最高。しかし1stから3rdまで連続してきた「僕たち!こんなこともできます!」というような"魅せる音楽"に一旦終止符を打ち、彼らの一番の武器であるコーラスワークに重点を置いていた。


 1曲目の"When Winter Comes Around"を聴くと、今までのアルバムの1曲目の中では一番地味な印象を受けるかもしれない。しかし今までで一番丁寧な作りになっていることにもすぐに気が付くはずだ。心地よいハモり、洗練されたコーラスワーク、水のように流れるギターのアルペジオからしてもう間違いはない。この曲の素晴らしさは、今までの彼らのポップな作風の裏に隠れていたこれらのような確かな技術によって裏打ちされ、アルバムのスタートにふさわしい輝きを放っている。

 2曲目の"In My Head"は多くの人が一番のフェイバリットに挙げていることだろう。全体に渡って心地よいメロディしか流れないフォーク・ロックで、随所に聴いていて気持ちいい箇所がある。終盤のコーラスはもちろん、曲中に二度もあるリッケンバッカーのギターソロが特に最高だ。ところで少し話が逸れるが、初夏にリリースされた本作には全体に「冬感」が染みわたっている。1曲目はタイトルからしてそうだが、本曲にもそのイメージがある。まるで「冬のビーチ・ボーイズ」だ。言うならば「スノーボード・ボーイズ」みたいなことだろうか…

 4曲目の"Any Time of Day"も挙げさせていただきたい。ソロ活動初期のマイケル・ジャクソンを彷彿とさせるような、流動的なベースラインが印象的なモータウン風のR&Bだ。もはや歌声も似ているのでは?(笑)この曲のMVはMTVを感じさせるいわゆる「狙ったダサさ」がいい味を出している。MV内のマイケルのドラミングも60・70年代風で今では考えられないようなあの叩き方を再現しているのでぜひ一度視聴してみてほしい。

 8曲目の"What Happens To a Heart"は前作のエッセンスを色濃く引き継いでいる数少ない一曲といってよいだろう。後半になるに連れて段々と壮大になっていく曲の構成はもはや彼らの十八番だ。ただコーラスが厚いのにも関わらず、ベースがゴリゴリと聴こえてくるところは本アルバムの特徴である「生っぽい音像」になっており全体の雰囲気には馴染んでいる。それらを抜きにしても本曲が落ち着いた曲が続いた流れでは良いエッセンスになっていることは確かである。11曲目の"Ghost Run Free"も同様に過去作からの連続性を感じる。本アルバム内では唯一のアップテンポな楽曲で、過去作からのファンはここである意味安心感を覚えたかもしれない。

 12曲目の"Everything Harmony"は本作で最も野心的な一曲と評価できるだろう。荘厳なオルガンから始まり、変拍子の打楽器、そして曲を柔らかく包み込むストリングスのベール。様々な音が一度に流れ込んでくることで、曲を聴くすべての人々を幸福感の泉に浸らせてくれるはずだ。そして彼らにしては珍しく写実的な歌詞はこの曲に文学的な奥ゆかしさを与えている。目を閉じるとその情景が瞼の裏に浮かんでくるよう。とても心地よい。冒頭の部分だけ引用しよう。

And I love the air when it's hazy
And I love the street when it's noisy
And I'm so obsessed by the way the wind feels on me
And I love the sky when it's crazy
When the lightning strike it's not rainy
And I'm so obsessed when it's everything harmony
霞んでいる空気が好きだ。
騒がしい道も好きだ
風に吹かれるのも大好きなんだ
天気が悪い時だって好きだ
雷が落ちても雨じゃない
そして全部がハーモニーになる時が大好きなんだ

The Lemon Twigs- "Everything Harmony"


 とびきりポップだった1st、そこからの進化を目指した実験的でコンセプチュアルな2nd、そして更なる音楽性の開放を目指した3rd。それらを踏まえた上でこの最新アルバムを聴くと、かなり落ち着いた印象を受けるが、音の厚みは増し、彼らの作品特有の押し出すような迫力は一切失われていない。むしろ今までの色鮮やかな音像に対する反動としての今回の作風は、今後も進化を続ける彼らの旅路を示しているようにも感じる。

 派手に装飾されたサウンドから一転、より自分たちの素晴らしい素材を生かした作りにすることで、クリエイターとしてだけでなく、プレイヤー・シンガーとしての彼らの強みに触れることができる点が一番の魅力だろう。

 なお本作はダダリオ兄弟が初めて全体のプロデュースを務めた初のアルバムである。その事実を鑑みても素の自分たちの力を惜しみなく出し切ったであろう本作の作風には感心させられる。


 長くなったけれども、どうだろうか?今大注目のThe Lemon Twigsは。こんな僕の長ったらしい説明で少しでも多くの人が彼らの素晴らしさに気づいてくれたら嬉しいと思う!そしてもっと日本で人気が出てくれたら嬉しいと思う!そして来日に繋がってくれたら嬉しいと思う!でも爆発的な人気は、正直、勘弁!チケット取れなくなっちゃうからね!!


この記事が参加している募集

沼落ちnote

小金持ちの皆さん!恵んで恵んで!