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草彅剛の魅惑的なパフォーマンスとファンクの生演奏が貫く切迫した危機感はブレヒトの警句を現代に降臨させる力に満ち満ちている…★劇評★【音楽劇=アルトゥロ・ウイの興隆(2020)】

 歴史には時折、悪魔のような人間が現れる。中には生まれついての邪悪な魂を持った人間もいるだろうが、たいていは、そうした悪魔は人間が、そして社会が生み出す-。そのことをとびきりごきげんなファンクミュージックに踊らされながらしみじみと感じさせられた。その快楽的な愉悦は悪魔的な恍惚にも重なり合い、観客をあおり、沸騰させる。ヒトラーが独裁者になる過程をシカゴのギャングの勢力拡大と重ね合わせたブレヒトの戯曲「アルトゥロ・ウイの興隆」はそんな演劇的な企みに満ちた油断ならない音楽劇。エンターテインメントを知り尽くした草彅剛の魅惑的なパフォーマンスとファンクバンド「オーサカ=モノレール」の生演奏が貫く切迫した危機感は、ブレヒトの警句を現代に降臨させる力に満ち満ちていた。(写真は音楽劇「アルトゥロ・ウイの興隆」とは関係ありません。イメージです)
 音楽劇「アルトゥロ・ウイの興隆」は、2020年1月11日~2月2日に横浜市のKAAT神奈川芸術劇場で上演される。

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★「SEVEN HEARTS」の音楽劇「アルトゥロ・ウイの興隆」劇評ページ

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★音楽劇「アルトゥロ・ウイの興隆」公演情報

 KAAT神奈川芸術劇場の芸術監督でもある白井は、私がパンフレット編集やインタビュアー、アフタートークの司会者として参加した音楽劇「マハゴニー市の興亡」や「三文オペラ」と、ブレヒトの作品を好んで上演してきた。
 今回の「アルトゥロ・ウイの興隆」もその延長線上にある公演だが、この作品は白井のもう一つの創作の流れとも交差している。それはアイルランドの鬼才エンダ・ウォルシュの不条理さと詩情がない交ぜになった2018年の摩訶不思議な舞台「バリーターク」からの流れだ。そこで主演に抜擢したのは草彅剛。SMAPのメンバーとして活動しながら、つかこうへいに鍛えられた演技センスを活かしてさまざまな演劇作品でも活躍してきたエンターテイナーとの「バリーターク」での共同作業によって「また早くに一緒に何かを創りたい」という思いを白井に強くさせた。草彅と白井は互いの鋭い感性を一瞬にして認め合ったのだ。その結果としての再タッグなのである。

 ヒトラーの出世と重ね合わせているとはいえ、物語の舞台はドイツではなくシカゴ。
 ギャング団のボスだが、上昇のきっかけをつかみかねていたアルトゥロ・ウイ(草彅剛)は、清廉潔白で真面目な政治家ドッグズバロー(古谷一行)と野菜トラスト組織との間に不正取引があることをつかみ、ドッグズバローを脅しにかかる。
 権力者に取り入ったり、関係者を脅迫したり、内輪もめするように仕掛けたり、ウイのやり方は刹那的であるように見えて実は巧妙に張り巡らされた計略によって効果を上げ、次々と結果を出していく。いつのまにか、社会がウイを頂点へと押し上げていくのだ。
 劇とは別に字幕で紹介されるヒトラーのやり口とそれは酷似している。ブレヒトはギャングの劇を見せているようで、実はヒトラーのやり方を批判しているのだ。
 やがてウイがたどり着いたのは…。

 この音楽劇は少々変わっている。「オーサカ=モノレール」がショウの一部のように見せる演奏シーンと、アルトゥロ・ウイがのし上がっていく過程を描くドラマがほぼ交互にパフォーマンスされ、シンブルで象徴的なセットの中でやがてそれが融合していく。
 ウイが挑発し、脅し、鋭く切り込むクールで強圧的な攻撃は、ファンクの激烈な疾走感にあおられる。演奏や歌と演技は互いに高揚し合いながら、物語の沸点へと爆走を続ける。

 草彅は前半はけだるくて、退屈そうで、やるせなさそうに見せながら、その目は決して獲物への焦点を外さない獣の目。しかしどんな悪行を重ねても沈着冷静なウイを表現するように、あくまでもクールでスタイリッシュだ。
 「オーサカ=モノレール」の質・量ともに圧倒的な演奏にも草彅は負けていない。ほぼジェームズ・ブラウンの楽曲で埋め尽くされたショウのシーンでは、激しくシャウトし、ファンクの熱狂的なリズムに体を跳ねさせる。
 アイドル時代から第一線に立ってきた草彅の真骨頂とも言えるパフォーマンスがセットになっているわけで、なんとも贅沢な音楽劇である。

 ブレヒトと言えば異化効果。見慣れたものからその特性だと一般的に思われている要素を取り除くと、とても異様なものに見えて来ることを言うが、ブレヒトはそれを演劇に採り入れ、多くの成果を生んできた。
 この作品にもそれは仕込まれているが、一見異質なジェームズ・ブラウンの楽曲もまたそうした異化効果を生み、二重三重に観客を翻弄する。
 それは白井のスタイリッシュな舞台上の動きのデザインと合わせ、この作品を極上のものにしている。

 ウイの相棒を演じた松尾は「バリーターク」でも草彅と組んだ最強のパートナー。互いへの信頼感があるのだろう、役割分担をきちんとしながら、その一方で互いを高め合うようなアプローチも送り、2人だけの芝居の時でもきっちりと楽しませてくれる。

 古谷は「後悔先に立たず」のドッグズバローを熱演する。単にウイに押し込まれる弱い役柄ではなく、幅広い人間性を象徴するドッグズバローを創り上げていた。
 「マハゴニー市の興亡」にも出演しており、ブレヒト作品に賭ける白井との絆はここでも強い。
 それは「バリーターク」に第三の男として登場した小林勝也も同じで、今回の役柄もなかなかに面白い。ヒトラーはかつてドイツの田舎役者に立ち居振る舞いや歩き方、敬礼の仕方などを実際に習ったそうだが、この作品でも、ウイがシェイクスピア作品ばかり演じてきた老役者にそうしたことを習うシーンがあり、その時代がかった仕草を教える役者を小林が演じているのだ。
 はじめは奇妙に見えた仕草も、やがてはそれが国民を熱狂させたヒトラー演説に採り入れられていることに気付き、心底怖くなってくる。
 小林の生真面目さが逆にそれを強調する。

 それにしても、「ヒトラー、そしてアルトゥロ・ウイを生み出したのは誰か」というブレヒト、そして白井の問い掛けは重い。今現在だって、私たちは悪魔を生み出しているのかもしれないからだ。

 出演は、草彅剛、松尾論、渡部豪太、中山祐一朗、細見大輔、粟野史浩、関秀人、有川マコト、深沢敦、那須佐代子、春海四方、小川ゲン、古木将也、小椋毅、チョウヨンホ、林浩太郎、Ruu、Namimonroe、FUMI、神保悟志、小林勝也、古谷一行。

 音楽劇「アルトゥロ・ウイの興隆」は、2020年1月11日~2月2日に横浜市のKAAT神奈川芸術劇場で上演される。

 上演時間は、約3時間5分(休憩15分含む)。

★チケット情報(横浜公演)=最新の残席状況についてはご自身でお確かめください。


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