最後まで純粋な存在として生きたキムの崇高な思いを伝えて余りある高畑充希の圧巻の歌声、伊礼彼方のエンジニア役造形は「ミス・サイゴン」に新たな地平開く…【ミュージカル=ミス・サイゴン(伊礼彼方・高畑充希・チョサンウン・上野哲也・松原凜子・西川大貴・則松亜海出演回)(2022)】
戦争は人を、家族を、そして人生を破壊する―。それは戦争の単なる勝敗や時代とは全く関係がない。すべてを平等に破壊しつくすのだ。原爆や空襲、沖縄での地上戦、そして数々の惨禍…。第二次世界大戦と太平洋戦争が終わった時、私たち日本人は痛いほどそのことを知ったはずだ。そして戦争を知らない私たちも、米国と戦ったのを知らない若者たちも、戦争をウィキペディアで検索しないと分からない子どもたちも、さまざまなエピソードや物語に触れることで、なんとか頭の隅っこに戦争というものを意識して「分かったつもりになって」生きていた。ベトナム戦争や中東での戦争もそのことを助けていたはずだ。しかし今日、ウクライナから連日届くあふれんばかりの殺戮と恐怖のニュースレターを前にして私たちは思う。何ひとつ私たちは分かっていなかったのだと。戦争そのものが悲劇だが、悲劇のかけらはすべての個人にまき散らされ、悲劇の種は世界中に伝播する。過去への、そして未来への誓いとしても戦争は絶対に起こしてはならないのだということを初めて実感として感じた人も多いだろう。そんな今、日本で8回目(2008年の帝劇と2009年の博多座での上演を一体のツアーととらえると7回目)の公演が上演されているミュージカル「ミス・サイゴン」はまさにその思いを強くする物語。誰もがこれまでの「ミス・サイゴン」鑑賞時には感じたことのない感情を抱いている。この物語は悲劇の一断片だが、その何百万倍もの悲劇が当時のそしてその後の米国とベトナムを覆いつくしていたはずだ。キムの、クリスの、エレンの、トゥイの、タムの悲劇がこれまで以上に胸に迫り、容易には堪えられないほどの悲しみをもたらすのだ。前回2020年に予定されていた公演は既に稽古を始めていた段階で、開幕前に新型コロナウイルスの感染拡大により中止になったこともあって、一人一人の作品に対する思いは強固なものに。特に伊礼彼方のエンジニアがあまりにもはまり役であることには驚かされる。老練さというよりは野心をギラギラさせながら、情熱の灯を消さない伊礼の造型は、「ミス・サイゴン」の日英国際チームにとっては新しい地平を開く挑戦にもなった。満を持して初登場した高畑充希の美しい歌声は最後まで純粋な存在として生きたキムの崇高な思いを伝えて余りある圧巻の出来。アンサンブルの俳優たちも含めてそれぞれが演じるキャラクターへの浸透度は既に高いレベルに達しており、人類が越えてしまった一線の向こう側にある荒野の中でもがく現代の人々に、サイゴンでそしてバンコクで繰り広げられた忘れてはならない悲劇を描き出してくれている。(写真はミュージカル「ミス・サイゴン」とは関係ありません。単なるイメージです。実際の舞台写真はブログ「SEVEN HEARTS」でご覧になれます)
ミュージカル「ミス・サイゴン」は2022年7月29日~8月31日に東京・丸の内の帝国劇場で、9月9~19日に大阪市の梅田芸術劇場メインホールで、9月23~26日に名古屋市の愛知県芸術劇場大ホールで、9月30日~10月2日に長野県松本市のまつもと市民芸術館で、10月7~10日に北海道札幌市の札幌文化芸術劇場hitaruで、10月15~17日に富山市のオーバード・ホールで、10月21~31日に福岡市の博多座で、11月4~6日に静岡県浜松市のアクトシティ浜松大ホールで、11月11~13日に埼玉県川越市のウェスタ川越大ホールで上演される。
なお、公演関係者の中に新型コロナウイルスの陽性者が出たため、プレビュー公演のうち、7月24日~28日の4公演が中止。7月29日からの本公演も稽古スケジュール変更の影響で30日昼の部が中止となった。また同様の理由で8月22日の公演が中止になった直後にさらなる陽性者が見つかり、8月23~24日の公演も中止になった。
(2022.08.25追記)
その後、休演日の25日夕方に8月26日以降の公演が再開されることが決まった。ただし、一部に体調不良者がいるため、キャストスケジュールに変更が生じている。8月25日現在のキャストスケジュールは以下を参照してください。
★東宝からのお知らせ(8/25)
https://www.tohostage.com/cancel2022_13/
★プリンシパルキャストスケジュール
https://www.tohostage.com/miss_saigon/castsch.html
★アンサンブルキャストスケジュール
https://www.tohostage.com/miss_saigon/castsch_e.html
★東宝演劇お知らせTwitterアカウント
★「ミス・サイゴン」公式ホームページ
★序文は阪清和のエンタメ批評&応援ブログ「SEVEN HEARTS」でも無料でお読みいただけます。舞台写真はブログでのみ公開しております。
★無料のブログでの劇評は序文のみ掲載し、それ以降の続きを含む劇評の全体像はクリエイターのための作品発表型SNS「阪 清和note」で有料(300円)公開しています。なお劇評の続きには作品の魅力や前提となる設定の説明。伊礼彼方さんや高畑充希さんら俳優陣の演技に対する批評、ジャン・ピエール・ヴァン・ダー・スプイさんの演出や舞台表現に対する評価などが掲載されています。
【注】劇評など一部のコンテンツの全体像を無条件に無料でお読みいただけるサービスは原則として2018年4月7日をもって終了いたしました。「有料化お知らせ記事」をお読みいただき、ご理解を賜れば幸いです。
なお、今回の公演では、エンジニア役とタム役は4人キャスト、キム役とクリス役、エレン役はトリプルキャスト、トゥイ役とジョン役はWキャストであるため、数えきれないほどの組み合わせが組まれていますが、取材機会の関係で劇評を掲載するのは、「ミス・サイゴン(伊礼彼方・高畑充希・チョサンウン・上野哲也・松原凜子・西川大貴・則松亜海出演回)」に限らせていただきます。長期公演ではありますが、なにしろ超人気公演ですので取材機会も限定されます。どうかご了承ください。
この劇評ではカバーできない市村正親さん、駒田一さん、東山義久さん、昆夏美さん、屋比久知奈さん、小野田龍之介さん、海宝直人さん、上原理生さん、知念里奈さん、仙名彩世さん、神田恭兵さん、青山郁代さんのファンや関係者の方には大変申し訳なく、心苦しく思っております。またの機会に採り上げさせていただければ幸いです。ご容赦ください。
★ミュージカル「ミス・サイゴン」公式サイト
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