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観客たちの心に、静かだが確かな答えを残していく…★劇評★【舞台=父と暮せば 松村沙瑛子・剣持直明(2021)】

 戦争、あの悲劇に対して、私たちができることは、伝え続けること。そして、生き抜いていくこと、だ。この「父と暮せば」を観るたびにそう思う。幅広い舞台作品で活躍する松村沙瑛子と剣持直明が演じ続けている演劇ユニット「nu-ta」公演「父と暮せば」は特にその色合いが濃く、観客たちの心に、静かだが確かな答えを残していく。これまでの公演にも増してせりふのメリハリが強くなり、伝えるべきせりふを際立たせる。それによって、言葉の響きやそれがもたらす余韻を劇場の中に行き渡らせることが可能になっていく。感情がますます豊かになった演技と合わせ、物語の読み込みが一層深くなったことが明らかに見て取れる仕上がりになった。演出は俳優でもある増澤ノゾム。(写真は、舞台「父と暮せば」の一場面。剣持直明(左)と松村沙瑛子=撮影・田中亜紀)

 舞台「父と暮せば」は2021年7月9~11日に東京・上落合の「TACCS1179」で上演された。公演はすべて終了していますが、オンライン観劇サービス「観劇三昧」で舞台映像が動画配信(有料)されており、全編を鑑賞できます。(購入や視聴に期限がある可能性があります。ご自身でご確認の上ご覧ください)

★観劇三昧「父と暮せば」ページ

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 「父と暮せば」は、井上ひさしが創設した井上戯曲を上演するこまつ座によって、すまけい、梅沢昌代のコンビで1994年に初演。その後、こまつ座の辻萬長と文学座の栗田桃子のコンビをはじめさまざまな俳優によって長く演じられてきた。現在のこまつ座版のコンビである山崎一と伊勢佳世の演技も絶賛されている。
 二人芝居の傑作として高い評価が定着し、こまつ座以外でも演じられている、そんな作品だ。

 2004年には黒木和雄監督によって映画『父と暮せば』として映画化され、宮沢りえ、原田芳雄が熱演。また「父と暮せば」の意思を受け継ぎ、長崎原爆を扱った作品として山田洋次監督が映画『母と暮せば』を吉永小百合、二宮和也の出演で完成させ、さらにはその映画をもとに畑澤聖悟が戯曲化し、栗山民也が演出した舞台「母と暮せば」が上演されたことも記憶に新しい。今年もこの「父と暮せば」に続いて「母と暮せば」が松下洸平・富田靖子の初演コンビで再演され、劇場は大きな拍手に包まれた。

 原爆投下時の広島に居たものの、ちょっとしたタイミングの違いで直撃を逃れて生き残った娘の福吉美津江(松村沙瑛子)が戦後3年経って暮らす自宅が舞台で、仕事場の図書館に訪れた研究者の青年に対してほのかな思いが芽生え始めていることに気付いた父親の竹造(剣持直明)が「恋の応援団長」としてしゃしゃり出て来ることから始まる物語である。
 お年頃だし、そのキノシタという青年に好印象を抱いている美津江だが、事を前に進めようとしないのは、美津江の中に残る「私は幸せになってはいけない」という思いだ。
 それは竹造や観客の想像以上に強い思いで、自ら幸せへの道を閉ざそう閉ざそうとする。友達や知り合いがたくさん原爆で亡くなった。自分だけが生き残り、「生きていて申し訳ない」という痛烈な気持ちがある。
 「生きていて申し訳ない」という気持ちは被爆後に生き残った人たちの多くが抱いた気持ちであり、それを井上は美津江に象徴させたのだろう。そしてそれは誰もが「美津江には幸せになってほしい」と願う物語の流れの障害となるほどの強い作用を美津江にもたらす。

 しかしながら、この物語が悲惨さだけを声高に叫んだり、悲しみを前面に押し出したりする作品ではなく、希望の物語へと変化していくのは、竹造の徹底した明るさがあるからである。
 竹造は美津江の今の生活に楽しそうに首を突っ込んでくる。
 美津江はその一つ一つに反論してみせるが、どこか嬉しそうだ。
 竹造が楽しげに見えるのは、美津江に戦争前、いや、原爆が落ちる前の明るい性格を思い出してほしいという父親としての願いとともに、今こうして美津江と話していることの「不可思議さ」や「愉快さ」がこらえてもにじみ出てしまうからだろう。

 ほのぼのとした思いの中の一方で、物語はやがて、美津江の決断という最大の「危機」を迎えるが…。

 この幽霊たる父はへこたれない。美津江の消極的な姿勢や、理屈をこねてまで、キノシタさんとの関係を恋には結びつけようとしないかたくなさをどれほど突き付けられても、あれやこれやと美津江に言葉を浴びせていく。
 恋の応援団長なのだから当然なのではあるが、美津江の性格や、本心を知っているからこそのあきらめの悪さだろう。剣持は顔では笑っていても、心の中では結構真剣勝負をしている父の姿を鮮やかに浮かび上がらせる。

 「人を好きになるというのを固く禁じている」「うちは幸せになってはいけんのです」と口にする美津江のかたくなさの悲しさ。
 しかし一方では、2人の会話からキノシタさんという青年のキャラクターが鮮やかに立ち上がっていく様子を見たり聞いたりしているのも楽しいところ。

いくつかあるコミカルなやり取りにもリズム感が増していることにも気付く。
 広島弁の味わいのある響きや、親子ならではの言葉のキャッチボールの軽快さ。松村は美津江が心に秘めた思いに応じて声のトーンを変えていく。剣持はあまり感情をぶれさせずに明るい調子を保っているが、時折見せる表情はどこかさびしげだ。美津江が決して進んではいけない方向へと歩み出すのではないかというような嫌な予感もしているからだ。

 不協和音を使った音楽の使い方も巧みだ。場面や物語の展開によって、この音楽は徐々に整っていく。
 昔話に原爆がわらなどの原爆資料を取り込もうという父の思い付き。やがて2人はその罪深さに気付くが、ここはふとしたことで深い闇に足を踏み入れてしまう戦争被害者たちの心の不安定さも描き出されている。

 何度か登場する「ありがとありました」というせりふ。すべてのシーンでそこにこもった思いは違う。それがきちんと伝わってくるほど繊細な2人の表現に、心がジーンときた。

 出演は、松村沙瑛子と剣持直明。

 舞台「父と暮せば」は2021年7月9~11日に東京・上落合の「TACCS1179」で上演された。公演はすべて終了しています。

 上演時間は、1時間34分(休憩なし)。


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