新説桃太郎

むかしむかし、あるところに桃太郎という青年がいました。
彼には母と父がおらず、祖母と祖父に育てられました。
彼が両親の話を聞こうとすると一切その話はしてくれませんでしたが、その代わりに「お前は川から流れてきた大きな桃から生まれてきたんじゃ」と二人は口を揃えて言いました。
彼はそれを聞くのが嫌でした。最初のうちは彼自身も自分を悲しませないために言ってくれているんだと感謝をし、その後も聞き流していたのですが、いまだにその話をするので聞き流すことができなくなり、最近はそのことで口論になることも多くなりました。
しかもその話は村中にも広がっており、時折そのことで村の同年代の子供たちから嫌がらせを受けていました。
もちろんそのような輩を彼は全て返り討ちにしていたのですが、そのことでも口うるさく言われていたのでさらにその言葉が嫌いになっていました。

そんな時、隣の村が鬼に襲われたという話がこの村に入ってきました。最近近隣の村を鬼が襲うという事件が多発しており、とうとう隣の村まで来たようです。
鬼たちは”鬼ヶ島”という鬼だけが住む島にいるらしいのだが、誰もそこには近づいたことがないらしくその全貌を知るものはいませんでした。
村の住人たちは一様に不安な顔をしており、陰鬱な空気が村中を覆っていました。
彼が家に帰ると待っていたかのように土間にお爺さんとお婆さんの二人が座っていました。
その傍らにはみたこともない刀が置かれていました。
「桃太郎、頼みがある」
「なんでしょうか』
「お主に鬼退治に行ってもらいたい」
「は?鬼退治?なぜ私が」
「お主は生来人よりも力があり、成長の速さや言葉や読み書きの覚えも早かった。お主は特別な人間なのじゃ。婆さんがたまたま流れてきた桃を拾った。そこから生まれてきたお主はやはり特別じゃったのじゃ」
「いや、なんですかその理屈は。そもそもここでそのような冗談を言うのはやめてください!人は桃からなど生まれませぬ!そんなもの人ではないではありませんか」
「うむ、お主は人ではないのかもしれぬ。ただこれは使命である。お主にどうかお願いしたい。鬼退治に行ってはくれんだろうか」
「私が人ではないと言うのであれば、私はお祖父様とお祖母様との血の繋がりもないとおっしゃっているのですよ!そうなんですか!」
「その通りじゃ。お主に我々との血縁はない。じゃがお主はワシらの息子じゃ。それだけは変わらん事実じゃ」
私は放心状態となった。私はお祖父様とお祖母様と家族ではない?血の繋がりがない?私は孤児なのか?だから今まで両親の話をしてくれなかったのか?桃から生まれた?なんだそれは?嫌だ、もう嫌だ。ここには居たくない。早く、早く。

「どうじゃ。行ってはくれるか?」
「…はい、行きます。鬼退治に行って参ります」
「そうか!行ってくれるか!ありがたい!さすがワシら息子じゃ!」
私は早くこの場から立ち去りたかった。自分が何者かもわからなくなった今、少しでも生きる意味がある方に縋りつきたかった。生きている理由が欲しかった。
「ではこちらの刀と、ほれ婆さん。あれを」
そうお婆さんに伝えるとお婆さんはすくっと立ち上がって奥から小袋を持って戻ってきました。
「はいはい、これをお持ちになって」
「これは?」
「吉備団子ですよ」
何?吉備団子?なぜ今これを私に持たせるのだ?
『これで英気を養ってしっかり鬼を退治してくるんですよ』
こんなもので英気を養えるのか?選別にしてはあまりにも…。
「はい、ありがとうございます。では私桃太郎。これより鬼退治に行って参ります」
彼は刀と吉備団子を受け取り、その日のうちに村から旅立ちました。
彼は自身が天涯孤独だと知り、その空いた穴を鬼退治をいう使命で埋めようと必死に鬼ヶ島へと向かいました。
道すがら訪ねた村で鬼ヶ島に関する情報を入手しつつ、刀に慣れるために鍛錬を重ね徐々に鬼ヶ島へと近づいていました。

そんな折、道中で桃太郎に声をかけてくる獣がいました。
「桃太郎さん桃太郎さん、お腰につけた吉備団子、ひとつ私にくださいな」
「なんだお主は。なぜこれが吉備団子だとわかった?」
「へっへっへ。そりゃわかりますよ。あんたが今話題の桃太郎さんだろ?。あんた鬼退治に行くんでしょう?ワシの条件を飲んでくれるなら同行致しやすよ」
「なんと!それは心強い。して条件とは?この吉備団子か?これでよければいくらでもやるぞ」
「確かにその吉備団子も捨てがたい。ですがワシが欲しいのはそんなもんではございやせん」
「では何は欲しいのだ?財宝か?食糧か?」
「財宝も食糧もいりやせん。ワシが欲しいのはあんたの命です」
「何っ!それはやれん!私の命をそんな簡単に渡すことはできん。それに私には使命がある。鬼退治をしなくてはならんのだ!」
「知っております。なのでその後でもいいですぜ」
「その後…」
「ワシはあんたの鬼退治に同行する。そして鬼退治の手助けも致しやす。そんでそれが終わった後、ワシにその命をくれればいいんです。ちゃんと使命は果たせますよ」
「…そうか、そうだな。鬼退治の後は私はどうなっても構わん。鬼が退治できればそれで十分だ。もう家にいるわけにもいかないしな。その後のことも考えていなかった。それでいいのであればそうしよう。しかしなぜお主は私の命が欲しいんだ?」
「別にあんたじゃなくてもいいんです。ただ”人間の命”が欲しいんですよ」
「人間の命。なぜ?」
「ワシら獣は人間の命を喰らうと人になれるんです。ワシは人になって平穏に暮らしたいだけなんですよ」
『変わった獣じゃなぁ。しかし人喰いの獣もおるじゃろ?奴らは人にはなっていないがなぜじゃ?そもそもその話は本当なのか?」
「まず実際ワシはこの目で見ました。人の命を喰らって人間になる獣を」
「そいつはその後どうなったんだ?」
「さぁ、そこまでは知りやせん。人に溶け込んで暮らしているのか、はたまた」
「はたまた?」
「それはいいじゃありやせんか。あと人を食べると人になれる、というわけではないんです。人から”命”を授かる。相手の了承がありその”命”を喰らうことに意味があるんですよ」
「なるほど、契約みたいなものか」
「まぁそんなもんです」
「了承した。では鬼退治に同行してもらおう。そして鬼退治の後、私の命は好きなようにするがいい」
「へっへっへ。ではワシも鬼退治に向かいましょう。ワシの知り合いに戦力になりそうな輩もいやすんで、そいつらには吉備団子でも渡してください。喜んでついてくるでしょう」
『吉備団子は珍しいのか?」
「人の食べ物は珍しいんです。しかも吉備団子は美味いですからねぇ。へっへっへ。もちろんワシもいただきます」
「強欲な奴め。まぁ良い。では鬼ヶ島へいざゆかん!」

彼は獣を一匹、そして犬、猿、雉を仲間にし鬼ヶ島へ向かいました。
鬼ヶ島での鬼との決闘は長時間にも及び、激闘の末仲間達は大怪我を負いましたが辛くも勝利を勝ち取りました。
そして桃太郎は鬼が各村から奪い取った財宝を持ち帰り各村に返すことができました。
桃太郎の育った村ではお爺さんとお婆さんが待っておりました。
『よくやった桃太郎。さすがワシらの息子じゃ」
と歓喜の声をあげていましたが、桃太郎は上の空でした。
「お祖父様、お祖母様。私は鬼退治を経て、困っている人々をたくさん見ました。その人たちを助けるために国を巡る旅に出ます。そしてもう帰ってくることはないでしょう。どうかお元気で」
「そうか、そうか。寂しくなるがお主は決めたことじゃ。お主ならやりきれるじゃろう。頑張るんじゃぞ」
「ありがとうございます。それでは」
そう言うと桃太郎は獣と共に村を後にしました。

とある森の中。
「では私の命をくれてやる」
「へっへっへ。じゃあいただきやす。これでまた人間になれる」

その後、国中の村である噂が流れました。
鬼のような形相の青年が次々と村を襲っていると。
そしてその傍らにはいつも犬、猿、雉がいたと。

めでたしめでたし。

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