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少年サッカー、そして怪我のこと vol.6

硬膜下血腫、もしくは水腫

 診察室に入り画面に出された息子の頭部MRI画像を見せられたとき、それが重大な事態であることは医師ではない私の目にも明らかでした。

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 全身から血の気が引き、しばらくは医師の言葉がうまく頭に入ってきませんでした。

 脳神経外科医による診断結果は「硬膜下血腫、もしくは水腫」。

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 担当医師からは「これまでの生活で頭部に強い衝撃を受けたことがないのであれば、原因はサッカーのヘディングでしょう」と説明を受けました。

 本人の申告によれば、1年生終わり頃にサッカーを始めてから、覚えている限りヘディングは通算30〜50回くらい、2メートルくらい離れて2人組みになり相手が投げたボールをヘディングで返すという練習をやったことがある。その他、試合中にプレイヤーが蹴ったボールが強く当たってうずくまったことが一度だけあったとのこと。

 まだ低年齢のため、開頭はせず血腫を減らすための投薬治療を行う方針が決まり、1ヶ月後に再検査となりました。

(私はこのMRI画像を公開するにあたり、息子と相談し本人の許可をもらいました。私たち親子は、サッカーを楽しむすべての子どもたちがヘディングによって脳を損傷したり、大好きなサッカーを続けられなくなったりしないように、ジュニア世代のヘディングの危険性を多くの人に知ってもらいたいと強く願っています)

 MRI画像に示された血腫は広範囲で、脳の一部がフラットになるほど圧迫されていました(脳の中心も右に押されています)。

 こんな状態になっているのに数ヵ月も発見してあげられなかったことを悔やむと同時に、同じような症例で麻痺、脳障害や死亡例があることを知り、これまで頭痛以外に心身の障害もなく通常の生活を送ることができていたのは奇跡だと感謝しました。

 折しも、2月に英国のサッカー協会がユース年代のヘディングを制限するガイドラインを発表した矢先のことです(ヘディングなどで継続的な頭部への衝撃を受けた場合、将来パーキンソン病やアルツハイマーになる確率が通常の人と比べて3.5倍という研究結果がきっかけです)。

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治療と経過

 3月、最初の検査では、血腫(もしくは水腫)が大きすぎるので、もっと小さくなってからでないと断定が難しいが、脳内に先天的な「くも膜嚢胞」が存在していた可能性が高いと言われました。

 「くも膜嚢胞」とは、脳を覆っているくも膜の一部分が袋状になっていてその中に髄液が貯まっている状態(水風船のような)のものです。症状を出さないことが多いので、頭部の怪我などでMRI検査をしたときに発見されることが多いそうです。

 最初の診断から1ヶ月後、MRIの再撮影を行いました。その結果、左側頭部の大きな塊は血腫であると断定されました。

 7月の再検査では、4ヶ月に及ぶ投薬治療の経過は良好で、血腫自体はかなり縮小しており安堵しましたが、完全に消えたわけではなく、10月の再検査まで投薬治療は続きます。当然サッカーは禁止です。

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(MRI画像は左から2020年、7月>4月>3月)

 そして今回の検査で、やはり左の眼球の奥に小さいけれど「くも膜嚢胞」が存在することがわかりました。

 私は息子が硬膜下血腫とくも膜嚢胞の疑い、という診断を受けてから、様々な文献や論文の調査をはじめました(情報は随時更新しています)

 公開されている論文で症例が近いもの(先天性のくも膜嚢胞を持ち、硬膜下血腫を合併した16歳サッカー少年の事例:第627回日本小児科学会東京都地方会講話会(2016年4月23日,東京)で発表、があったので、以下に引用します。

 (引用)『くも膜嚢胞は頭蓋内に生じる良性の占拠性病変で、くも膜で被膜された髄液を内包し(中略)、一般的には無症候性だが小児人口の2.6%がくも膜嚢胞を有すると報告されている。中頭蓋窩くも膜嚢胞は稀に内部への出血を起こすことや、慢性硬膜下血腫の危険因子となることが広く知られている』『近年、スポーツ外傷によるくも膜嚢胞の出血合併が注目されている.原因スポーツはサッカーが最も多く,ほとんどが意識障害を伴わない軽微な外傷を契機に発症している。無症候性くも膜嚢胞の児童については,一般的に学校の体育は参加して構わないが,頭部への頻回の衝撃や転倒による回転加速損傷を伴いやすいコンタクトスポーツ(特にボクシング,空手,柔道,相撲,ラグビー,アメリカンフットボール,アイスホッケーなど)は避けたほうがよい。患児は中学からサッカー部に所属しておりヘディングは控えるように指導されていたが、実際は週6~7回の練習や試合の中で特に制限することなく活動していた。ヘディング等の低エネルギー外傷が加わっていたことが本症例の経過に関与していた可能性がある。しかし、くも膜嚢胞を有する児童のスポーツ制限に関する指針はなく、本人や家族と主治医が相談して決定しているのが現状である』(引用終わり)

 ここで注目したいのが、小児人口の2.6%がくも膜嚢胞を有するという調査結果です。

 全国の小学生サッカー人口(第4種に登録され公式戦に出られる児童)は、JFAデータによると2019年時点で269,314人なので、先天的に「くも膜嚢胞」を持つ可能性がある子ども(2.6%)は全国で約7000人いる計算になります。これは決して無視して良い数とは言えないと思います。

 さらに、くも膜嚢胞をもつ児童は息子のように何らかの衝撃を受けた際に、硬膜下血腫を合併する確率が高いことが指摘されていますし、学校の体育の授業でも特定の競技(特に柔道など)には参加させてはいけないのです。

 こちらは1997年、同じく11歳のサッカー少年の事例です。

(引用)1997年7月、11歳の男子がサッカーの試合中に他の選手とぶつかり、脳震盪を起こして来院(中略)、CT検査では右側頭葉にくも膜嚢胞を認めた。母親には、ボクシング、アメフトやラグビーの選手になることは控えた方が良いと話した。側頭葉のくも膜嚢胞は、急性硬膜下血腫を起こしやすく(引用終わり)


 こちらは1999年、同じく11歳、14歳のサッカー少年の事例です。

 (引用)中頭蓋窩クモ膜嚢胞に慢性硬膜下血腫を併発し,その併発した機序にサッカーのヘディングの関与が示唆された2症例を報告した. 症例は14歳と11歳の少年で,頭痛と嘔気をきたし来院, CTにて慢性硬膜下血腫を認めた. 2例とも慢性硬膜下血腫を発症する以前にクモ膜嚢胞の診断を受けていた. いずれも頭痛がサッカーの試合中にヘディングした直後から始まっていることと, ヘディング以外明らかな頭部外傷がないことから, 慢性硬膜下血腫の発症にサッカーのヘディングが強く関与していると考えられた. クモ膜嚢胞に慢性硬膜下血腫が併発することはしばしば経験されるが, ヘディングのような軽微な外傷でも発症することに注意すべきと思われた.(引用終わり)

パパさんママさんへ

 サッカー人気が高まり、若くして世界で活躍する選手が出てくる昨今、競技を始める年齢がどんどん下がっていることは、地域の様々なサッカースクールやクラブを見ていても明らかです。

 また親御さんも、競技を早くスタートすればするほど活躍する可能性が高まるという考え方を持つ人が多いように思いますが、これからサッカーをやらせようと考えている場合、もしくはすでに低学年でサッカーをプレイしているお子さんがいらっしゃる場合、MRIを受ける機会があればぜひ受けた方が良いと思いますし、練習や試合のあとに頭痛や吐き気、めまいを訴えるような場合はすぐ脳神経外科を受診してください(小児科経由だと時間がかかります)。

 ただ、くも膜嚢胞のあるなしに関わらず成長中の子どもたちの頭部に衝撃を与えるリスクはどんな方法を使ってでも避けた方が良い。

 何よりも、私の息子のように、サッカーの楽しさに目覚めて夢や目標を掲げ、競技を深く愛してからの離脱は、身体だけでなく精神面でも非常につらいものになります。

 予防のため、症状のあるなしに関わらずMRI検査を受けさせるというのは現実的でないかもしれません。しかし、英米のように競技全体へ強制力があるルールや、物理的なプロテクターなどに頼らずに、低年齢児童のヘディングにおける脳震盪、脳内出血等のリスクを未然に防ぐ方法は他にあるでしょうか?

 勝敗を最優先する指導者は強制力がなければ、そのリスクを軽視するでしょう。

 格闘技を専門とするスポーツドクターも、子どもの場合は脳が成長拡大する内圧によって頭蓋骨が大きくなるため、頭蓋内の密度が高く外からの衝撃に弱いこと、脳内の血管が大人よりはるかに細いことを指摘し、ヘディングの危険性にも言及しています。

「子供は大人のミニチュアではない〜スポーツ医学の現場から〜」二重作拓也医師


 既にイギリスやアメリカでは、11歳以下のヘディングに関しては練習時の明確な規制がありますが、残念ながら日本のサッカー界のリアクションは遅いと言わざるを得ません。いまこの瞬間にもサッカーに熱中している子どもたちが日本中にたくさんいるのです。

 脳は決して筋肉のように鍛えることはできません。また何か起きたときに受けるダメージが身体の他の部位よりもはるかに深刻です。

 サッカーに限らずですが、スポーツ指導者が子どもたちの頭部への衝撃に対するリスク管理を行わないと、未来ある子どもたちの夢が絶たれたり、一生残る障害を抱えてしまったり、命を失う可能性すらあることを覚えておいて欲しい。

 こちらはサッカーではありませんが、最近のニュースで衝撃的だった少年柔道の事故死者数についての記事です。日本のスポーツ指導の異常さが際立っています。


 また、今年の4月になりますが、上の記事を書かれたジャーナリストの島沢優子さんより取材を受け、息子のことが記事として公開されています。


 JFAをはじめとするサッカー関係者、指導者、教育者の皆さんが、子どもたちへの安全対策について、一刻も早くアクションを起こしていただくことを願って止みません。

参考資料(類似症例と論文):

Subdural hematoma associated with an arachnoid cyst after repetitive minor heading injury in ball games(2004年事例:イギリス)
https://bjsm.bmj.com/content/38/4/e8
Intracranial arachnoid cyst rupture after mild TBI in children: have we underestimated this risk?(2019年事例:ブラジル 開頭画像含む)
https://casereports.bmj.com/content/12/4/e228790
Sports participation with arachnoid cysts (2015年事例:北米)
https://thejns.org/pediatrics/view/journals/j-neurosurg-pediatr/17/4/article-p410.xml
頭部外傷10ケ条の提言(2015年:日本)
http://sumihosp.or.jp/guide/schedule/documents/Protect_Your_Brain_2.pdf



続く。


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