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【ショートストーリー】30 ハートランドに映る夜

「もう一杯だけ行かない?」
崇は茜を誘った。

「え、元気ですね。いいですよ。でも前みたいに駅でキラキラ~ってするのやめてくださいね」
茜は頬をリスのように膨らませてから吐き出すしぐさをこれでもかと再現した。

「そのフリをそんなかわいくできるの茜ちゃんだけだね。まじうけるよ、それ」

「ホントにやめてくださいよ」

「大丈夫、大丈夫。今日はまだ酔ってませんから」

崇はひとまわり近く歳の離れた茜を本気で称賛すると、自然と茜と手を繋いだ。

「何してるんですか」

「あ、ばれた?」

「うちの会社の人に見られたらよくないでしょ?」

「え、じゃあ見られてなかったらオッケーてことでいいですか」

茜は受け入れるでも拒むでもなく、自分の手のひらにのった崇の手を顔まであげて見せた。

「そこはノーコメントで、主任には可愛らしい娘さんがいるんでしょ」

「痛いとこだね。それは」


夜の不規則な点滅と雑踏、下品なネオンに纏われ、二人は路地に入り込んだ。バー風の居酒屋に入ると店内には樽のようなオブジェがならび、さながら東南アジアのラグーンハウスといったところか。

崇はハートランドを頼み、茜にも勧める。
相変わらず気持ちのよい飲みっぷりをみせる茜に、崇はつい顔が緩むのが分かった。

「お酒を飲むと嘘がつけなくなるらしいですよ」

「じゃあネット上ではみんな酔っぱらいだな。本音だけで生きる世界をあいつらつくっちまった」

「崇さん、SNSとかするんですか?」

「人並みにかな」

ハートランドの緑が淡色の明かりに照らされ幻想的だった。いつものニセモノのビールと違う味いに酔いが心地よい。

「茜さんはどうですか?酔ってますかね」

「ちゃん付けしたりさんで呼んだり、どんな変化ですか。酔っぱらいを見ていると酔いは冷めるんですよ」

「相変わらず強いね。SNSとかは?」

「だいたいやってますよ。でも、見る専門家です」

「そのくらいがいいよ。SNSで繋がれば繋がるほど人は孤独になるって研究もあるらしいからな」

「ホントですか?それ、なんか意外」

「そもそもネットのなかで、顔もわからない人達に本音や自分の核心に迫るような考えを叫んでるんだろ?『おれはこんなに変態だぜー』て感じか?」

「主任、めっちゃディスりますね。でも、インフルエンサーなんて言われちゃってる人とか考えると、もう社会的には無視できないですよ。きっと」

「あーゆーのはまだいいよ。実名だしさ、発言に責任が伴うだろ。いちおう」

ため息ついでにビールを茜に勧める。少しだけ店内は客がまばらになってきていた。

「今日どうする?」

「どうしたいですか?」

「そりゃあ、いっしょにいたい」

「ストレートですね。嫌じゃないですよ。そういうの」

「じゃあ、行こう」

「だめ、今日はここまでです。それでは皆さんさようならぁ」

「え、なにそれ?」

「あ、ごめんなさい。楽しかったですよ。また行きましょうね」

茜は終電を気にしながら、鞄にスマホをしまい込むと颯爽と夜のネオンに消えていった。

店内のBGMがビーチ・ボーイズに変われば店の雰囲気も変わったように思えた。

一人残された崇はハートランドの緑色を見つめる。おもむろにスマホを取り出すと、煙草に火をつけ、いつも見ている動画サイトを眺めた。

「ナイトルーティーンとな‥‥」

自分が何を求め、何を願うのかと、崇は急に体の力が抜け、空虚な心の在りように気がついた。空っぽになりそうな自分の心の深淵を撫でるように、酔いが込み上げる。

何かを埋めるように画面のなかで、いつも見ている彼女の姿があった。



帰宅すると茜はパソコンを立ち上げた。髪を後ろで束ね、スマホで先ほど撮影したネタを加工する。

『28才OLのアフターfiveの日常』
「今日は、上司と飲み。結構ウザいけど、なんか誘われたら行っちゃいます笑」


編集を終えると、四畳半のワンルームがいつもより小さく見えた。冷蔵庫からヨーグルトを取り出す。

茜はふと、崇の言葉を思い出した。
「孤独になる‥‥か」

(今度は誘いにのろうかな?)


今日も動画サイトにはたくさんのコメントが踊っていた。


おしまい

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