超ショートショート「ウォルシング」

 オリンピックチケットの抽選が当たった。ミーハーな僕は、特定のスポーツが特別好きというわけではないので、オリンピックの雰囲気を感じることができればなんでも良いと思っていた。そこまでメジャーではないスポーツならば倍率も低いと考え、比較的家から近い会場で開催されている、「ウォルシング」の平日3回戦のチケットを応募し、見事当選したのだ。

 とはいえ、このウォルシングというスポーツについて僕はほとんど知らない。たまにスポーツニュース番組でやっているのを見るくらいだ。せっかく当選したのだし、ちょっとルールをかじっておいた方がいいな。インターネットで調べてみた。

 ウォルシングは、英語の「壁」の複数形である「Walls」と「ing」をつなげた言葉である。フェンシングがフェンスを語源とするのと同じニュアンスを感じる。

 バスケットボールのコートほどのフィールドにその名の通り、大小10個の「壁」が配置されている。壁は透明な特製アクリルボードで作られた壁と、木の板で作られた不透明な壁が半分ずつ。5人1チームで構成され、プレーヤーは3つのポジション、「フィスト」「ウィップ」「ショット」のうち一つに属する必要がある。フィールドにはこの3つのポジションがそれぞれ最低1人以上存在しなければならない。ルールは簡単、どちらが早く相手にタッチして倒し、全滅させるか。

 「フィスト」は道具を持たず、拳で相手をタッチすると倒したことになる。「ウィップ」は2mほどの鞭の先端が当たり判定となる。「ショット」は手に収まるくらいのボールを5個持っており、投げて相手に当てれば良い。また、投げて落ちたボールは、「ショット」だけが拾って再利用することができる。鞭やボールが顔に当たると危険なため、プレーヤーはヘルメットと上半身を覆うプロテクターを装着する。

 この3つのポジションは互いにジャンケンのように相性がある。フィストはウィップに弱く、ウィップはショットに弱い、そしてショットはフィストに弱いのだ。5人のうち3人で3ポジションを揃えたのち、残り2人をどのポジションとして出場させるかというのは各チームの戦術による。作戦を立案する優秀なサポートメンバーの有無が勝敗を左右すると言っても過言ではない。

 と、ここまでインターネットで調べてみたが結構奥が深そうだな。僕は、オリンピックの開催を楽しみにしていた。

 今年の3月までは。

 春になって、正体不明のウイルスが蔓延、オリンピックは延期となった。また、大会に合わせて大量に生産されていた競技用の壁は、患者の隔離の際に有用だとして、病院をはじめ様々な施設に送られ、設置されている。延期されたとはいえ、ウォルシング協会としても選手のトレーニング、調整などあると思うが、少しでも誰かのためになればと無償で提供する事にしたそうだ。ウイルスをしっかりと収束させてから、大会に向けて準備していくとのこと。

 都内の近所にあるウォルシング競技場は、今では壁は全て剥がされ、何もない広場と化していた。


※この文章はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

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