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【雄手舟瑞物語#23-インド編】皆既日食まで後1日(1999/8/10)

<前回のあらすじ>
8月9日の夜遅く、僕たち四人はデリーから丸二日かけてインド西部の町ブジに到着した。ゲストハウスの中庭には、僕らと同じように皆既日食を見に西洋人たちが集まっていた。彼らの輪に混ぜてもらうと、彼らは皆既日食を近くの砂漠で見るために音楽機材やタクシーの手配などの準備を既に整えていて、「一緒に行こう」と仲間に入れてくれた。渡りに船だ。

翌日、僕たちは明日の皆既日食までやることがないのでブジの町を散策することにした。マーケットで過去最高に美味しい不思議なバナナを食べたり、集まってきた地元の子ども達と英語が通じないならも笑い合っていると、その内の一人が「家でお昼を一緒に食べよう」と誘ってくれて、僕たちは彼についていくことにした。

<今回の話はここから>
ブジの町は「地球の歩き方」にも辛うじて一ページだけ載っているような小さくて、とても古い町だった。観光客は同じゲストハウスに泊まっているバックパッカーくらいで、そこで生活している人々はとてもピュアで素朴に見えた。ここでは時間がゆっくり流れている。

町から五分ほど歩き、込み入った路地を進んだ先に彼の家はあった。家はカマクラみたいな形をしている。中に通されると、おばあちゃんとお母さん、それに彼の妹が座っていた。彼は身振りで「座って、待っていてください。」と僕らに伝えた。僕たち四人は地面に敷かれたゴザに座っていると、彼は母親に事情を伝え、おばあちゃんと母親は席を立ち食事の準備に取り掛かってくれたようだった。

母親は鍋の蓋を開けて中を確認している。カレーは作り置きらしい。チャパティーが焼き上がるのを少し待った。しばらくすると母親とおばあちゃんがカレーとチャパティー、付け合わせが盛られたお皿を差し出してくれた。僕はデリーで散々インド人宅で世話になったが、トラ、チカブン、カトミは初めての家庭料理体験。

特にトラは「おぉ、旅行番組みたいじゃん!」と興奮気味にカレーを頬張った。

僕たちは食事を済ませると彼の家族にお礼を伝え、家を出た。彼は町まで僕たちをまた連れ戻してくれた。その途中、寺院に立ち寄った。今日の夕方にお祭りがあるらしい。境内では若者たちがジャンベという太鼓の練習をしていた。

僕らが境内の入口のところでその様子を見ていると、僧侶に「一緒に演奏しませんか?」と話し掛けて頂いた。僕はうまいものじゃないが、バンドでドラムをやっている。その話を知っていたトラが、「お前、やってみろよ」と推してきた。気恥ずかしかったが、代表して僕が演奏メンバーに加わることになった。実は食事に誘ってくれた男の子も、この演奏会のメンバーだった。

その場で「はいよ」とイタズラっぽい笑顔を浮かべた少年が僕にジャンベを渡してきた。この笑顔の意味は…、と不安になる。すぐに練習が始まる。

まず地べたにあぐらをかき、その上にジャンベを置くように言われた。そして、両手に一本ずつ竹のような細長い棒を持つ。その棒で太鼓の両面や縁を叩く、というものだ。パターンは五つくらいしかなかったので、すぐ覚えられたが、皆んなで合わせる練習をその後一時間くらい行った。トラたちは「じゃあ、後でね。」と僕を残し、先に戻ってしまっていたが。

演奏は夕方5時から。それまで二時間くらいあったので、僕も一旦ゲストハウスに戻った。ゲストハウスには今日到着したらしいバックパッカーが三人増えていた。どうやら彼らも明日の皆既日食ツアーに参加するみたいだ。大人数で砂漠で皆既日食、with ヒッピー。まるでウッドストックじゃないか!

新しく加わった三人の中には日本人の女の子も一人いた。僕より一つ下の19歳。彼女も一人旅をしているということだった。彼女は、少しウェーブのかかった黒くて長い髪が印象的で紫色のサリーをまとっていた。明るく、そしてインドの荒波を一人で越えて来た強いオーラをまとった子だった。僕たちはすぐに打ち解け、彼女も夕方のお祭りに一緒に行きてくれることになった。

夕方5時。境内で地べたに座りジャンベを抱えるインド人たちと僕。リーダーの合図で演奏が始まる。演奏は20分ほど、五つのパターンを組み合わせ、ずっと繰り返すだけ。15人でそのシンプルなリズムを繰り返す。とてもミニマムでハイな気分になる。

リズム感のない僕は結構ミスったが大勢に影響はなく、無事に演奏は終了した。あ、あとお祭りだと思っていたけど、これは毎夕行われている儀式のようだった。外国人の僕がそれに混じって良かったんだろうか、と心配になったが、インド人たちは喜んで迎えていれてくれたようだった。良かった。みんなも「よかったよー」と声を掛けてくれた。

寺院を出たあと、僕たち五人は町のカレー屋で食事をして宿に帰った。ここグジャラート州はベジタリアンの州のようで、カレーも全部ベジ・カレーだった。その時までベジタリアンという存在自体知らなかったが、アメリカの美大に通っていたチカブンが教えてくれた。肉がないのに、こんなに種類がいっぱいあって、しかも美味しい。このおかげで、カレーに限るが、野菜食品のイメージが変わった。

宿に戻ると、他のバックパッカーたちは宴会状態。だが、そこはヒッピー。どろーっと、ふわーんとハッピーな空気。昨日と違い、今日は時間があったので、僕たちもビールを飲んだり、煙草を吸ったり、バレエダンサーの子どもと遊んだりしながら、ゆったりと十分楽しんだ。

そんな中でも、リーダー格のバレエダンサーパパを中心に明日の工程についても、しっかり確認していた。キチキチしてないのに、物事が進んでいく。その生命力に僕はただただ感心していた。

皆既日食は翌日午後3時。観測スポットまで車で50分。昼過ぎには出発しようと皆で確認した。そして、おそらく皆んなが皆んな、今世紀最後の皆既日食に胸を膨らませ、眠りについたのだろう。瞼の裏には、漆黒の闇にゆれるオレンジ色の灯りに漂う煙草の煙。赤色の壁、紫や青の美しいサリーを着た女性たち、ビールの小瓶を片手に幸せそうな笑顔のいろんな国の人々、そんな幻想的な光景が残る。それも次第に暗くなり、僕は深く落ちていった。

photo(top) by Rick Bradley

(つづく、次回は8/10土曜日)※2日に1回くらい更新してます。

(前後の話と第一話) 

※この物語は僕の過去の記憶に基づくものの、都市伝説的な話を織り交ぜたフィクションです。

合わせて、僕のいまを綴る「偶然日記」もよかったら。「雄手舟瑞物語」と交互に掲載しています。


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