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ヒーローがいなくても成り立っている 1話

本編

     プロローグ

 昔々、現世とあの世が曖昧だった頃。
現世に怨霊や悪霊が絶えず、民に危害を加えていた。
 世を統治する白色(はくしょく)は彷徨う霊を新たな生へと転生させ、民には土地と名前を与えた。
 悪さをする霊に対して、白色の弟子である黄色に成敗させていた。
 のちに食料を奪い合う民に白色の弟子である朱色(しゅいろ)に食料管理を任せ、民に適度な量を分配していた。
また、民の不満や欲求を白色の弟子である藍色(あいしき)に任せていた。
 こうして、均衡を保ちながら世の中を守っていた。
 暫く経ってから、藍色は一人で対処しきれなくなり、師に相談した。
師はこの中で比較的暇そうな黄色(おうしょく)に手伝うように指示をした。
 黄色はすぐさま了承し、手伝った。
 藍色の元に不満や欲求をしにくる民の中には身勝手で私利私欲な者もおり、藍色はできるだけ応えていた。 
 しかし、黄色は応えることなくキッパリと断った。
 当然、不満に思った民は反発したが、武力では黄色に到底敵わず、断念して帰って行った。
 次に朱色が民の数に対して、食べ物が生産できてないことを白色に相談する。
 白色は食べ物の数を増やしたが、それでも足りなかった。
食べ物数をむやみやたらに増やしてしまうと均衡が保てなくなるので、不本意ながらも民の数を減らすことにした。
 渋々、黄色に民を減らすように命令した。
困惑しつつも、黄色は二つ返事で了承した。
とは言いつつも、どのように減らすか悩んでいた。
悪人や不死の病の者だけを殺害しても贔屓になってしまう為、無差別に民を切り捨てた。
 そうして、均衡を保っていたつもりでいた。
 だが、暮らしにくくなった民は白色に黄色の暴挙を止めるよう懇願した。
 白色は黄色にやり過ぎだと説教をする。
 確かにやり過ぎではあったが、自分の役割と追加で指示されたことに忠実に従ってきたのに酷い言われをされて、堪忍袋の尾がキレた黄色は役割を放棄した。
 次第に均衡が保てなくなり、朱色も藍色も果たせなくなっていき、白色は徐々に弱く衰えていった。
 均衡が保てなくなった世は数千年続き、霊が彷徨い、民は食糧で争い、自分勝手になっていった。
 黄色、朱色、藍色は民から姿を現さなくなり、年を重ねるたびに民に忘れ去られていった。千年以上経った今、覚えている民が少数になってしまった。

     ◇◇◇

 商店の戸を軽く叩く音が響く。

「御免ください、ちょいと道を聞いてもよろしいですか?」

 一人の若者が店主に尋ねた。
店主は杖をつきながら、亀の如くゆっくりと歩み寄ってきた。

「どうしたんじゃ?旅の者よ」

若者は店主の耳元でハッキリと
「花宮へ行きたいのですが、それと饅頭(マントゥ)を一つ」

 一度で聞き取った店主は答える。

「花宮は峠の先にある」

 若者は饅頭(マントゥ)の代金をちょうど渡して饅頭(マントゥ)を受け取る。 

「それと、もう一つ。
均衡を保っていた仙人の話をご存知ですか?」

旅先の現地の人に毎度同じ質問をしている。
店主は軽く考えてから。

「遠い昔の言い伝えじゃが……」

若者は残念そうな顔をしつつ。

「そうですか、失礼しました。道を教えてくださりありがとうございました」

軽く、会釈をしてから店を出た。
 峠に向かって歩いていると。

「そこ行く、道士様。
桃は一ついかが?代金は要らないよ」

桃が大量に入ったカゴを背負っている娘に話しかけられた。
三つ編みに結ばれた紅色の長い髪にダボついたズボン、上半身は上着だけを羽織っただけなので目のやり場に困る。

「ご親切にありがとうございます。
では、お言葉に甘えて」

娘は桃を一つ差し出した。

「採れたてだ、傷まぬうちに食べな」

よっぽどの自信があるようだった。
頂いた桃を懐に仕舞った。
峠に向かって再び歩みを進めると、娘は肩を掴む。
「日没前だし、危険だからウチ泊まっていきなよ」

 若者の肩を抑え、行くのを止める。

「宿に困っていたので嬉しいのですが、見ず知らずの男を家に挙げてよろしいのですか?」

今晩泊まるところが無くて困っていた若者にとっては嬉しい話ではあるが、年頃の娘と同じ屋根の下を過ごすのは些か気まずい。

「日が暮れた峠道は暗闇で何も見えず、
おまけに物怪が悪さをしている。
危険だし、困った時はお互い様さね」

娘は手を離し、若者の背中を軽く叩いた。

「さぁさぁ、暗くなる前にこっちへ」

半ば強引に引っ張る手を振り解くことなく、連れられるままに着いて行った。

     ◇◇◇

 峠に向かって歩みを進めていた。
日が暮れ始めている峠は若干暗く、道を知っていないと迷いそうだというほどの暗さだ。
 道なりに進んでいると、人が通れるように手入れがされている道と草が茂っている道の分かれ道に遭遇した。
 娘は揶揄うようこう聞いてきた。

「どっちの道、通ると思う?」

 若者は立ち止まって考え始めた。
 普通なら手入れされた道を選ぶが気が茂っており、その先の道がどうなっているかわからない。
 一方で草が茂っている道は草が遮るように生えているが、周りの木々は手入れされた道より本数が少なく、まだ光が当たっている。

「こっちの道かと思います」

 自信なさげに草木が茂る道を指差した。
娘は悪戯に微笑みながら質問する。

「なぜそう思ったんだ?」

「あっちは通りやすそうですが、先がどうなっているかわかりません。
対して、こっちの道はまだ明るくてその先が辛うじてわかります。───それに」 

「それに?」

煽るように返した。
若者は深く深呼吸してから答える。

「微かに桃の匂いがしたんです」

娘はキョトンとしていたが、少し経ってから豪快に笑う。

「なるほど、なるほどなぁ。おまえさん、鼻がいいんだな」

若者の背中を軽く叩いた。
ひとしきり笑い終わってから、草木をどかすと下り坂の道が現れた。
どうやら草木が邪魔して見えていなかったらしい。道なりに進むと、桃の木が大量に植えられている敷地へ入った。
桃のカゴを少し揺らしながら。

「これ、全部おいら一人で育てた」

鼻高々に言い放った。
女の人、ましてやお転婆娘が一人で手入れして育てあげたとしたら立派である。

「この数を一人で収穫や手入れするのは凄いです」

「余った分はさっきの村や住民に渡しちょる」

 桃の木を抜けた先に一人で住むにはやや大きい家が建っていた。
 娘は戸を開け、桃の籠を置く。

「さぁ、お上がんなさい。
少し散らかってるけど」

 床には食べカスやゴミが落ちている。
汚部屋という言葉が相応しい様だった。
慣れた足つきで中へ進む娘に対して、若者は踏める場所を探しながら中へと入った。

「夕餉まで寛いで」

「は、はい」

 若者は他人の家にお邪魔することが滅多にないのか緊張していた。
 結局のところ、散らかった部屋に落ち着かなかったのか、夕食ができるまで部屋掃除をしていた。
 夕食を作り終えた娘は綺麗になった部屋を見て驚いていた。

「いや〜、道士様に掃除させてごめんね」

「いえ、勝手にごめんなさい」

「床の見えたの久しぶりだし、ありがとうね」

 口ぶりからして掃除は余りしないでほったらかしなのだろう。

「さぁさぁ、冷めぬうちにどうぞ」

食卓に並べられたご馳走は魚中心だった。

「いただきます」

 どれも食べたことのない食材と魚で新鮮に感じた。
食べ終ると、娘は思い出したかのように質問する。
「名前、聞いてなかったね。聞いてもいい?」

「ハイネと言います」

 ハイネは必要性を感じない時はいつもこの名を名乗っている。
娘は何かに察したのか間を開く。

「あっ、なるほどね。おいらは真実(まみ)だ」

 真実から差し出された手を握り返して握手を交わした。

「どうして花宮へ行くんだい?
あそこは近年、物怪が暴れて治安が悪いぞ」

「その物怪を退治しに行くんです」

 何故か行き先を知っている事に疑問を抱きながらも正直に答えた。

「お前さんが倒せるとは思えんがな」

 真実は鼻で笑っていた。
 不覚にも図星である。
冷やかすように続けて言う。 

「それとも、言い伝えの均衡の仙人にでも助けて貰うつもり?」

 急に均衡の仙人の話を話題にしたのは店主との話を真実が外で盗み聞きしていたのだとすれば納得がいく。

「店での話……聞いていたのですね。
盗み聞きについては問いませんが、助けてもらうなんて烏滸がましい事
 ───私にはできません」

「じゃ、なんで聞いたのさ?」

 眉をひそめながら当然の疑問を黒色にぶつける。
 ハイネは濁しながらも答える。

「言いにくい話ですが、私の先祖が均衡の仙人たちに迷惑をかけたので、その謝罪をしたいのです」

「んで、先祖がその仙人たちに迷惑をかけたとしてどうやって謝罪するのさ?実在するかもわからないし」

 真実は納得してはくれなかったが、一定の理解を示してくれた。
同時に不機嫌そうに外方を向いて、貧乏ゆすりをしていた。

「手がかりを探しながら、仙人たちの子孫に償いたいです」

 ハイネの余りにも具体的な計画も無しに行動する様に呆れていた。

「そうかい、せいぜい自分の役割に押しつぶされないように程よく……ね」

 真実はどこか儚く、黒色と誰かを重ねているようにも聞き取れた。
 真相は彼女のみ知ることだ。

「それって……」

「さぁ、今日も遅いから寝た寝た」

 燃実は誤魔化すように布団を引き始めた。

     ◇◇◇

 ハイネは寝床についてたが、いつまで経っても目が覚めてしまう。
 対して、真実は無防備にいびきをしながら熟睡している。
 少しの居心地の悪さを感じ、家から飛び出してしまった。
 何も考えずに飛び出したものの、外は月明かりに照らされてもはっきりと見えないほどに真っ暗な深夜の森。
 記憶を頼りに来た道へ戻りながら歩いていた。日が沈みかけた夕方の景色とは違い、一歩一歩足下を注意深く確認しながら進んでいた。
 やっとの思いで分かれ道まで辿り着くと、助けを求める呼ぶ声が聞こえてくる。

「誰かぁ〜誰かぁ〜」

 手入れのされた道の方から声がする。
声を頼りに走り始めると橋に辿り着いた。

「助けてぇ〜助けてぇ〜」

 声のする方へ視線を向けると、破損した橋にしがみついている人を見つけた。

「大丈夫ですか⁉︎ 今、引き上げます!」

 助けようと手を差し伸べると、がっしりと腕に掴まれて強い力で引っ張り返してきた。

「引っ張ったら、落ち……」

 手を差し伸べた相手を今一度確認する。
助けた相手はこの世の者ではない死者そのものだった。
 成仏できなかった魂が生者を誘き寄せていることに今更ながら気がついた。
怨霊と言っても過言はない。
このままでは川へ落ちてしまう。

「落ちろ!落ちろ!」

 ハイネは精一杯地面を踏ん張った。
振り下ろすこともできたが、成仏できなかった魂をそのままにしておくことは良心が許さない。
 身体が宙を浮き、無力にも力負けして川に引きづり込まれてしまう瞬間。

「樹木!!」

 遠くの方から真実の叫ぶ声とともに木の根っこのようなものが黒色の脚へと巻きつき、そのまま地面へ引き上げた。

「しっかりしろ!黒色!!」

 突然のことで動揺していた黒色は真実の言葉で現実に引き戻された。
 黒色に遅いかかる怨霊を真実が背後から押さえてこむ。

「今のうちに浄化させろ!!早く!!」

 真実の作ってくれたチャンスを無駄にしないように懐からお札を取り出し、払う準備を行う。

「はい!これ出づるは旅立ちの切符、其方をこの世から断ち切るモノ。哀れな魂よ!無に還たまえ!」

 呪文を唱え、お札を怨霊のおでこに貼り付けた。
 怨霊が浄化されると同時に怨霊がこうなる以前の記憶が黒色の脳裏に溢れ出す。
 どうやら、怨霊は観光目的でこの土地に訪れ、橋の事故で無念にも亡くなってしまったらしい。
 黒色は力を使って疲れてしまったのか、溢れ込んだ記憶で脳が疲弊してしまったのか、地面にへたり込んでしまった。

「まさか本当に払えるとは思わなかった」

 真実は少し不思議そうに言った。

「あの……さっき自然に流してしまいましたけど。何故私の本名を知ってたんですか?」

 黒色は燃実に対して、『ハイネ』と名乗っただけであり、本名は名乗っていない。

「あー、それはだな」

 真実は気まずそうに頭をぽりぽり掻いた。

「おいらは握手した相手の血縁関係、名前、経歴がわかるんだよ」

 にわかには信じ難いが、納得せざるを得なかった。

「勝手に覗いといてあれだからさ。
本当の名を言うよ。改めて、おいらは白色の弟子の一人で朱色だ」

 朱色は手を差し伸べた。
黒色が手を取り、起き上がる。

「あなたがあの……」

 黒色は驚いて言葉が詰まる。

「そんなに畏まらなくていいさ。
別に白色に怒ってる訳でもないし、黒色に償って欲しい訳でもないしさ」

朱色は軽快に答えた。
それが本心なのかは黒色にはわからない。

「ですが!」

「さぁ、帰って明日に備えようよ!てか、もう今日か」

 先程のように朱色は黒色の手を強引に引っ張り、自宅へと向かった。


               つづく

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