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死と生の間に生きる 1

 死というものは常にまとわりついている。
 例えば、病にかかって闘病の末に亡くなったり、呆気なく死んでしまう。
偶然、出先で不慮の事故や自然災害に巻き込まれて死亡する。
稀に誰かに恨まれ、殺されることもある。
大概、死なんて告知もなく訪れて息を引き取る。 
一番ナンセンスなのは狂気に侵されて無意味な争いごとで命を落とすことだ。
 唯一、前もって判明しているのは自殺ぐらいだ。
自らの子孫繁栄や生態系に影響を及ぼし、何の得にもならないから、人間以外の生物はしないのだろう。
 何故、人は自殺をするのだろうか。
自殺という、自らの子孫を減らす行為をするのだろうか。
──非常に無意味に感じる。
いずれ、理解するまでここで観察していくのだろう。

   ◇◇◇

 電車が来るのをぼんやりと待っていた。
木造で古い造りだからか、隙間風が生じる。
 暇なので電車を待つ乗客は切符を各々見ていた。中には興味深く眺めていたり、はしゃいでいたりしていた。
乗客に見慣れてしまったからか、新鮮さを感じない。
 電車は始発も終点の五道転輪王止まりも20分毎に来る点も味気なさを引き立てているとも言える。
 一番、新鮮さを感じる瞬間は改札から見える、賑やかで活気に満ち溢れている商店街くらいだ。
始発の駅を超えてしまうと町から遠ざかって山々と川しかなく、殺風景極まりない。
そうこうしているうちに電車はベルを鳴らしながら到着していた。
電車のアナウンス鳴り響く。

「終点、あの世〜あの世〜。
お忘れ物無いようお気をつけ下さい。
この電車は繰り返し、五道転輪王行きへとなります。発車するまで今しばらくお待ちください」

電車からポツポツと降りる乗客と蟻が列を成して住処へと戻るようにゾロゾロ中へと消えていく乗客が入り乱れている。
 降りた乗客は切符をチラつかせながら、改札に向かってくる。
一人一人の切符を確認しつつ、的確に改札鋏で切り込みを入れていく。
 人の波が収まったころ、構内のチャイムが鳴り響く。定時を知らせるチャイムだ。
 街の方角から交代に来たイガが話しかけながら改札口へ向かってきた。

「先輩〜!
何か引き継ぐことありますかぁ〜??」

 ファイリングされた書類のチェック項目を確認しながら、イガに顔を向け言う。

「イガさん、お疲れ様。
引き継ぎは特にないよ。そっちはどう?」

ファィルと切符鋏をイガに渡す。

「えっと、実は……」

イガは慌ててながら何かを言いたそうにしていたが、言葉が纏まっていない様子だった。
何かあったには違いないが、大事ではないことを密かに祈った。
 イガの背後からやってきたイガの頭ひとつ分大きい男性が助け舟を出す。

「お嬢……」

男性の顔はお面で隠れており、余り手入れされていないであろう長髪をいい加減にひとつ結びしている。

「上がったばかりで申し訳ないが、迷子だ」

 ただの迷子であれば、イガでも対処できる。だが、死者もとい、亡者や魑魅魍魎が蔓延っているこの国で生者が混ざっていれば話は別となる。

「イガさん、後はお願いね。
ちょっくら、行ってくるわ」

「お気をつけて」

手を振り、見送りをするイガに手を振り返し、駅をあとにする。

   ◇◇◇

 駅から目と鼻の先に街がある。
街と言っても、現代人が想像するようなビルが建ち並び、スクランブル交差点のカッコウ音が鳴り響いているわけではない。
 仮に言い表すのであれば、小江戸のような古い建築物で、服装も着物や洋服、ジャージなどと様々だ。

「百さん、迷子はどちらに?」

百は街の真ん中にある商店街を指差しながら言う。

「案内所に居る。なーに、直ぐに匿ったさ。
住民には悟られてない」

駅に向かう亡者も魑魅魍魎もざわついていないようなので迅速に対応したのだろう。
 もし、放置していれば迷い込んだ生者は切符を手にしてしまうかもしれない。
はたまた、悪どい亡者か魑魅魍魎に騙されて身体や魂を奪われてしまうかもしれない。
想定できる色々な可能性に不安を抱く。

「まあ、不審な動きすれば気づく。
それに阻止すればいいことよ」

百は励ますように言った。
仮面越しから見えないが、余裕そうな笑みを浮かべているように思える。
 商店街に入ると、住民や商売人の声であふれかえっている。
まっすぐ歩いたところにある案内所がある。
会話に耳を傾けてはみたが、例の迷子について話している素振りはない。
 案内所に着き、引き戸を音を立てて開けると、迷子と思わしき人物は肩をビクッと動かして驚いた顔でこちらを見る。
 迷子は10代くらいの男子で学生服を着ており、パイプ椅子にちょこんと座っていた。

「あのぅ…そろそろ説明してもらえますか?ここがどこであなた達は何者なんですか?」

声は震えており、挙動不審だった。
 現世で普通に暮らしていて、突然迷い込んできたのだから無理もない。
中腰になり、迷子の目線を合わせて話す。
「ここは反転世界と言い、生命のないモノ達が生きている世界です。
多少の語弊はありますが、あの世と同じです」
突拍子もないことを言われ、困惑している迷子を置き去りにして話を続ける。

「私はカノンと言います。
ここの案内人をしていて、そこにいる彼は百目鬼さん。ここの監視を担当しています」

名を呼ばれた百目鬼は軽く手を振った。
迷子は言葉を手探りで捜しつつ、何か言うのを躊躇っているのか言葉が詰まっていた。
言いたい事はおおよそわかっている。
迷子が言うよりも先に核心に迫るように言う。

「あなたは死んではいませんよ。
ただ迷い込んでしまっただけです」

「よくある事なの?」

迷子は心配そうな表情を浮かべて質問した。

「ええ、よくある事です。
現世の人はそれを神隠しとも言うそうですが」

迷子は下を向き、ズボンを強く握りしめてボソッと呟く。

「このまま、帰らないとどうなるんですか?」

顔は見えなかったが、真剣そのものだった。
この年頃の子は周りに相談できず、自分で抱え込む傾向がある。

「出口に案内します」 

迷子は顔を上げ、立ち上がった。
話を逸らされて不満げなようだった。
ここから連れ出さないと、この世界の住人になってしまうリスクがある。

「おっ、それはいいな。
俺ちゃんはいけないけど」

黙って聞いていた百目鬼は調子良さそうに言うと、懐から先ほどとは異なる紙を取り出して揺らす。

「ほれ」

紙は空中を舞い、ひとつ目の口がない小柄の鬼へと変化した。
迷子の周辺をプカプカ浮いている。

「えっ…なにこれ、ちょっ!」

未知の生物に遭遇したかのように驚いた迷子を置き去りに百目鬼は黒い靄に包まれて消えていった。

「さぁ、行きましょうか」

「いやいや!浮いてるコレなんだよ!!!」

 置き土産の小鬼の説明がなかったからツッコミを入れたのだろう。
日常茶飯事だったのでスルーしてしまった。

「百目鬼さんは1人で監視をしているので大変なんですよ。これは偵察しかできない式神と聞きました」

迷子はギロリと見やる大きな目玉の小鬼を恐る恐る撫でた。
小鬼は嫌がる事なく、飽きるまで撫でられ続けていた。
満足したのか、迷子の服の裾を引っ張り外を出るように急かしている。

「仕方ない。案内してくれるんでしょ」

渋々承諾し、引き戸を開ける。
小鬼が先行して外へ出てしまった。
追いかけるように外へ足を一歩だしていた。

「出る前に約束して下さい。
住民の前では決して喋らないで下さい」

迷子は私の方へ振り向き、止まる。
急に言われ、反発するように言葉が出る

「それはどういう…?」

「薄々気がついているのではないですか?」

その言葉に心当たりがあるようだった。
複雑そうな顔していた。
知らない土地で知らないやつに連れてかれ、外では喋るなと理不尽極まりないことを言われたら、困惑するのも無理はない。
何も言わずに頷き、同意してくれた。
 私達は商店街を抜けて、裏の小道へと向かう。

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