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【積読を買いに③】本屋さん探訪vol.1 Bookshop Traveller


前回までのあらすじ

本が読めない生活にほとほとうんざりしたので、会社を辞めて本屋めぐりをする準備をした。
https://note.com/setoka_natsumi/n/n21bae4f05fdc

最初の本屋さん

最初にどの本屋さんから訪れるべきかは、本屋さんを調べるうちにおのずと決まった。Bookshop Travellerだ。

下調べをするために読んだ本の4冊の内、実に3冊に携わり、BOOKSHOP LOVERも運営する和氣正幸さんが営む本屋さん。数々の本屋さんを巡った方が満を持して構えられた「本屋のアンテナショップ」とのことで、期待が高まる。

まだ暑さの残る日、下北沢に赴いた。
下北沢という街には、なじみがありそうでない。学生時代はいわゆる文化系女子だったのだからもっとなじみがあっても良さそうなものだが、ファッション傾向がどうも噛み合わず、下北沢で青春を過ごすことはないままに終わった。
改めて下北沢に降り立ってみると、趣深さと資本主義が共存するいかにも東京らしい街だ。道沿いにびっしりと洋服屋やカフェなどの路面店が並び個性的に着飾った若者が往来する一方、突如として古い家屋がそのまま取り残されている。
『ガリヴァー旅行記』のラピュタや、『はてしない物語』のシュラムッフェンをなんとなく想起しながら、WEBマップを頼りに無秩序な道を進むと、Bookshop Travellerがある。

うねるようなグラフィティの前に「本」というあっさりした看板
階段を登り、細い廊下に入る端から本に包み込まれるような空間

普通本屋というと大型書店のように広い直方体の空間にいくつも本棚が並ぶ様子をイメージするが、Bookshop Travellerはいくつかの部屋に分かれている。

展示の部屋


ひと箱書店の部屋


ひと箱ごとに個性あふれる本屋に出会うことができる

考えてみれば壁面が多いほうが書棚が安定するので、本屋に向いている物件と言えるのではないだろうか。

廊下の奥にいる店員さんにおすすめを聞いてみると、その日のフェアに並ぶ本に加え、ひと箱書店にあったバンド・デシネを勧めてくれた。
そういえば、バンド・デシネというものを読んだことがなかったな、と思い、中でも店員さんが気になっているという『年上のひと』を購入することにした。

加えて、小説は必ず1冊以上買うルールで本屋めぐりをすることにしたので、前から気になっていた芥川賞受賞作品高瀬隼子作の『おいしいごはんが食べられますように』も併せて購入することにした。

帰りの電車でバンド・デシネを読む。昔読んだフランソワーズ・サガンをそのまま漫画にしたような読み口だ。
フランス文学の名作はかなり未開拓なので、この本屋めぐり生活の中で読み重ねていきたい。

バンド・デシネは帰る途中に読み終わってしまったのでそのまま『おいしいごはんが食べられますように』を読み始め、帰宅してからも読む。

『おいしいごはんが食べられますように』では、同じ職場で働く人々の間の微妙な感情のぶつかり合いが食事シーンや食べ物を通して描かれる。
例えばひとが死ぬとか、そういった大事件は起きない。でも日々労働しながらなんとかごはんを食べて暮らす人間にとっては、誰が誰を好きとか嫌いとかそういうことが実際一大事なんだよなあ、とつい先日までいた職場を懐かしく思い出す。

物語は二谷と押尾という2人の社員から見える景色を交互に行き来しながら進んでいく。二谷から見る景色は「二谷は」という三人称視点であり、押尾から見る景色は「わたしは」という一人称視点で描かれているから、読者は主に押尾に自己同一性を見出して読み進めることを求められているのだろう。
しかし押尾も、本当に同じ職場にいたならば、芦川や原田、藤とはまた違った方向性でなかなかの曲者だろう。更に、いちばんうまくやっているように見える二谷がいちばん不気味な側面を持っている。この不気味さは読まないとわからないので、ぜひ読んで確かめてもらいたい。
わたしは前職で管理職をしていたので、つい支店長に同情してしまった。自分の部署でこんな小競り合い、あったら嫌だなあ……。

がんばり屋で、でもちょっと嫌なやつである押尾に読者を同一化させようとする語り口は、もしかしたら作者から読者に対する、「ね、賢くて努力家のあなたにもこういう嫌なところってあるでしょう」という意地悪な目配せなのかも知れない。

そんなこんなで、買ったその日に2冊とも読んでしまった。積読獲得失敗である。また急いで次の本屋に出かけなければ。

※この文章はセミフィクションです。今後登場する書籍・書店・ブックカフェは実在しますが、それ以外は「わたし」含め実在の人物や団体などとは関係ありません。


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