今日も恋人たちに岡焼きするので。
ちょうど大学三年の夏に親父が死んだから、家業を継ぐしかなかった。
我が家は代々の煎餅屋だ。
周囲にも同じような店があるうえに歴史が浅く、味も深くないウチの店はいつも閑古鳥が泣いていた。
でも、俺の代で潰すわけにはいかない。
童貞をこじらせた22歳の俺は、朝から晩まで、煎餅を焼き続けた。
街を歩くカップルに毎日嫉妬しては
その怒りの炎で煎餅を焼いた。
駅前でキスする者。
公園で舐め合う者。
薄い壁をつんざく嬌声を上げる者。
すべてが燃料になる。
うちの煎餅はカリカリになった。
すると急にバカ売れし始めた。
やはり、食べ物は所詮食感が命だ。あとはどうでもいい。
燃料を集めるために
ディズニーやユニバに通った。
恵比寿や銀座も歩いた。
しかし、火力を蓄えすぎたのか、我が家は燃えた。見るも無惨に。
嫉妬の炎は水や消火器では鎮火しないのだ。
悲しくて家族総出で泣いた。
我が家は濡れ煎餅を売り始めた。
生クリームを挟んでみたら、その年の流行語を取るほど話題になった。
死ぬほど俺はモテた。
恋の炎はもう付かなくなっていた。