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職種・勤務地の限定合意があるとして、配転を拒否されることがあるでしょうか?

【職種・勤務地×限定合意×実務対応】企業が従業員を採用する際に、採用直後だけではなく、将来的な就業場所・業務内容の変更の範囲までも明示するように労働基準法の改正がなされる方向となることが、2022年3月17日、厚生労働省の「多様化する労働契約のルールに関する検討会」による報告書案(以下、「同報告書案」といいます。)により示されました。


 日本では、正社員の場合、伝統的に長期雇用システムを念頭に、就業場所や業務内容を限定せずに採用し、企業内で教育を行い職業能力を向上させるため、また解雇が容易にできないという背景も相まって、労働力の補充・調整のために異動させる必要があることから、広範に配転が行われてきたという実態がありました。


 上記改正が行われた場合には、雇入れ時に、将来的な就業場所・業務内容の変更の範囲を明示する必要があり、今後の日本の雇用システムの転換を促す可能性があります。現状でも大企業を中心に、勤務エリアを限定したり、いわゆるジョブ型正社員といわれる業務内容を限定した正社員が登場してきていますが、急速にこういった動き促進する可能性があります。


 本記事では、当該点とも関連する配転の際の、職種・勤務地の限定合意に関する現状の法的整理と実務対応、今後について検討していきます。

1 職種・勤務地の限定合意の法的意義

 「配転」とは、労働者の職務内容または勤務地を相当の長期間にわたって変更することをいいます。なお、配転のうち同一事業所(勤務地)内における所属配置の変更を「配置転換」といい、勤務地の変更を「転勤」といいます(※配転の一般的な法的な整理、実務対応については別記事を作成する予定です)。


    就業規則等で包括的な配転の規定がある場合であっても、職種限定合意あるいは勤務地限定合意がある場合には、当該合意に反する配転を命ずることができません(労働契約法7条ただし書)。
 そのため、配転を命ずるためには、別途職種や勤務地を変更する内容の合意(※)が必要となります(労働契約法8条)。

※労働者の自由意思に基づく同意が必要
【参照:西日本鉄道事件(福岡高判平成27年1月15日労判1115号23頁)
「労働契約が職種限定合意を含むものである場合であっても,労働者の同意がある場合には,職種変更をすることは可能であると解される。しかしながら,一般に職種は労働者の重大な関心事であり,また,職種変更が通常,給与等,他の契約条件の変更をも伴うものであることに照らすと,労働者の職種変更に係る同意は,労働者の任意(自由意思)によるものであることを要し,任意性の有無を判断するに当たっては,職種変更に至る事情及びその後の経緯,すなわち,(ア)労働者が自発的に職種変更を申し出たのか,それとも使用者の働き掛けにより不本意ながら同意したのか,また,(イ)後者の場合には,労働者が当該職種に留まることが客観的に困難な状況であったのかなど,当該労働者が職種変更に同意する合理性の有無,さらに,(ウ)職種変更後の状況等を総合考慮して慎重に判断すべきものであると解される。」

2 職種・勤務地の明示の必要性

 使用者は、労働契約の締結に際し、賃金、勤務時間その他の労働条件を労働条件通知書等の書面で明示する必要があります(労働基準法15条1項)。そして、明示が必要な労働条件の中に「就業の場所及び従事すべき業務に関する事項」があります(労働基準法施行規則5条1項1の3号)。

 もっとも、具体的にどの程度の記載が必要かといいますと、「雇入れ直後の就業の場所及び従事すべき業務を明示すれば足りるもの」とされており、将来の就業の場所や従事すべき業務の記載までは求めらていません(平成11年1月29日基発第45号)。

 そのため、労働条件通知書等に「就業の場所」や「従事すべき業務」の記載に関して、特に変更がありうることや変更の範囲が明示されていなくても、当該明示がないことを理由に職種限定合意や勤務地限定合意があるとすることは困難といえます。

 では、どのように職種限定合意や勤務地限定合意が判断されるのでしょうか。合意の認定方法・考え方についてみていきます。

3 合意の認定方法・考え方について

(1)職種限定合意あるいは勤務地限定合意があるか否かは、労働条件通知書や雇用契約書等に明示される場合のほかは、使用者の事業規模・内容、配転の実績、労働者の職種、業務内容、勤務実績、特殊な技能・資格の有無、過去の経歴、採用の際の募集条項、面接時の説明内容等の諸般の事情から総合的に判断されます。


(2)職種限定合意について、一般に医師、看護師、ボイラー技士、大学教員等の特殊な資格や技能を有している場合が典型例として挙げられます。

 職種限定合意に関する裁判例の傾向としては、様々な職種に従事させながら企業内で教育を行っていく日本の長期雇用システムを背景に、当該合意の認定については消極的な傾向にあります。

 職種限定合意の認定の判断枠組みに関しては、就業規則に配転を命じる規定がある場合に、「職種限定としての労働契約が締結されたと認め得るためには,就業規則の例外が定められたと認め得るに足りる契約書の記載や客観的な事情が必要である」と判示した以下の裁判例が参考となります。

【参照:KSAインターナショナル事件(京都地裁平成30年2月28日労判1177号19頁)】
「雇用契約書には「従事すべき業務の内容」として「経営管理本部(本部長付)・監査室(室長)関連業務およびそれに付随する業務全般」と記載されていました。しかし、労働契約書や労働条件通知書において当面従事すべき業務を記載することは通常行われることであるから、当該記載をもって直ちに職種を限定する趣旨であると認めることはできない旨、判示されました。また、その他、会社に入社後、種々の業務に就いており、特定の業務のみに従事してきたわけではないこと等から、就業規則の例外が定められたと認め得るに足りる契約書の記載や客観的な事情がないと判断され、職種限定合意は否定されました。」

(3)勤務地限定合意について、全国に支社や営業所がある会社で、長期雇用を前提とする労働者の場合は、広範囲での転勤に同意して入社しているものと推認されることが多いかと思います。そのため、勤務地限定合意の認定についても、職種限定合意と同様、裁判所は消極的な傾向にあります。

 もっとも、採用の際に家庭の事情等を理由に転勤に応じられない旨を明確に述べた上で、何らの留保も説明もなく採用されたという経緯があるような場合には、勤務地限定の合意があると判断された事例もあります(新日本通信事件(大阪地裁平成9年3月24日労判715号42頁))。

 また、本社で採用された将来幹部となるべき社員ではなく、特定の工場に現地採用された労働者で、慣行上配転(転勤)がなかった場合に、配転(転勤)を命ずることは労働契約の範囲を逸脱した無効なものであるとされた事例もあります(新日本製鉄事件(福岡地裁小倉支部決昭和45年10月26日判時618号88頁))。

4 実務対応

 上記のとおり、労働条件通知書等の「就業の場所」や「従事すべき業務」の記載は雇入れ直後に当面従事すべき業務内容や勤務地を示すものと考えられます。

 そのため、労働条件通知書等において「就業の場所」や「従事すべき業務」に関して、変更の有無や変更の範囲が明示されていなくても、就業規則に配転に関する規定があり、一般的に配転が行われている実績があるような場合には、特殊な事情がない限りは、使用者に広範な裁量があると思われます。

 一方で、職務内容が特殊な資格や技能を用いるものであったり、採用の経緯に転勤をしない旨明確に言っていた等の特殊性があるような場合には、職種限定合意あるいは勤務地限定合意があるとして配転を拒否される可能性があり、かかる場合に配転を命ずる際には、労働者との間で職種や勤務地を変更する合意を得るのが望ましく、配転同意書を取って対応することが考えられます。 

5 今後(改正の方向性)について

 同報告書案では、「労使の予見可能性の向上と紛争の未然防止、労働者の権利意識の向上のほか、労使双方にとって望ましい形で、個々人のニーズに応じた多様な正社員の普及・促進を図る観点から、労働基準法15条による労働条件明示事項として、就業場所・業務の変更の範囲を追加することが適当」と考えられています。なお、実際の労働条件の変更時についても労働基準法15条に基づく書面明示の対象に加えること等も検討しています。

 労働条件の明示事項として求められる以上、変更の範囲の記載なく、現状と同じように就業場所・業務の内容を記載してしまうと、雇入れ直後の想定であったとしても、職種や勤務地限定合意が認められ、労働者の同意なく、配転をすることができなくなる可能性があります。

 当該改正の意義としては、同報告書案によれば、労働者としては、キャリア形成やワーク・ライフ・バランスを図りやすくなり、使用者としても、特定された職務や勤務地を志向する優秀な人材を確保 (採用・定着)しやすくなると考えられています。

 当該改正ではあくまで変更の範囲を記載すればよいことになると思われるため、全国転勤や海外転勤等で様々な勤務地や職務が想定される場合には、別紙等を用いて、全て書き出せば対応することはできるという話となるのではないかと思います。

 一方で、実際に労働基準法が改定となる際には、社会的にも注目を浴びることが予想され、使用者側の採用戦略として当該改正を機に、勤務エリアを限定したり、業務内容を限定した正社員の採用を打ち出す等のアピールの場にもなることが考えられます。また、限定を加える代わりに給与等を低くすることも多くみられますが、そうではなく待遇を下げない形で、正社員の様々な区分を促し、正社員の多様化という動きを急激に加速化させる可能性もあります。

 もっとも、職種や勤務地の限定解釈が容易になる一方で、当該職務や勤務地が無くなった場合に、解雇が行われやすくなるのではないかという点も懸念されているところです。また、同一労働同一賃金との関係で、職務内容・配置の変更の範囲に関して、有期雇用労働者・パートタイム労働者と抽象的に差別化を図っているような場合も散見され、具体化・明確化する必要が出てきた場合に、正社員との差別化をどう図るのかを検討する必要も出てくるかと思います。※実際の法改正の際にはさらに詳細に解説したいと思います。

<まとめ>

①就業規則等で包括的な配転の規定がある場合でも、職種限定合意あるいは勤務地限定合意がある場合には、労働者の自由な意思に基づく同意がなければ、配転を命ずることはできない(労働契約法7条ただし書、8条)。
職種・勤務地限定合意の有無の判断については、使用者の事業規模・内容、配転の実績、労働者の職種、業務内容、勤務実績、特殊な技能・資格の有無、過去の経歴、採用の際の募集条項、面接時の説明内容等の諸般の事情から総合的に判断される。
③使用者は、雇入れ時に、一定の労働条件を労働条件通知書等の書面で明示する必要があるが、現行法上は「雇入れ直後の就業の場所及び従事すべき業務を明示すれば足りる」。
④今後は、将来的な就業場所・業務内容の変更の範囲までも明示するように労働基準法の改正がなされる動きがある。
⑤改正がなされると、配転に関する広範な使用者の人事権が制限される可能性があり、変更の範囲を明確にしておかないと職種や勤務地の限定合意が認められやすくなる
⑥職種や勤務地を限定するといった正社員が増え、正社員の区分の多様化という動きを急激に加速化させる可能性がある。

※労働問題にお困りの方がいらっしゃいましたら、瀬戸までメール(seto@kanou-law.com)でお問い合わせください。

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