見出し画像

芸術監督に落ちる応募書類の書き方

旅する演出家、黒澤世莉です。
座・高円寺の次期芸術監督が、シライケイタさんに決まりましたね。おめでとうございます。

座・高円寺は杉並区率の公共劇場です。私は芸術監督職の公募に応募していました。残念ながらご縁はありませんでしたが、シライケイタさんは私以上に適任でしょうから、座・高円寺と杉並区民にとっては良い選択だったことでしょう。応援しています。

一方で、応募書類には黒澤世莉が公共劇場の芸術監督としてやりたいことがしっかり書けました。一所懸命考えたのよ。このままお蔵入りしちゃうのも残念だなあ。で、成仏させるために公開してみることにしました。今後芸術監督を目指す方の参考になれば幸いです。

「え、意外といいじゃん」と思われた、全国の芸術監督をお探しの公共劇場、および民間劇場の方。ご用命があればいつでも飛んでいきますので、お気軽にお声がけください。

読み方

見出し:応募要項の項目
本文:黒澤世莉の作文
この下から、応募書類のスタートです。

志望理由

志望理由は、「劇場の足元を明るく照らす」ことをしたいからだ。
演劇をはじめとするアーティストは、高い理想を掲げて創作に邁進する。しかし時に、その理想を追い求めるあまり、関わる人員や、劇場を支える地域の方々を傷つけてしまう。今、やっと上がり始めた、芸術の名のもとに見過ごされてきた小さな声に対して、演劇業界はうまく応えられているとは言い難い。私は、演劇業界は変革のときを迎えているととらえている。
私はこのコロナ禍で、劇作家協会、演出者協会、演劇緊急支援ネットワーク、などで行政に対して支援を求める活動をした。そして、支援を求めるならば、支援をするに値すると信頼を得るために、業界にある課題に手を付けなければいけない。そもそも次世代の演劇人が活動しやすい環境を整えるのは先達の仕事だ、という使命感が強くなった。
私は、まずは現在の演劇業界の課題と向かい合う芸術監督になりたいと考えている。劇場に関わる人員に対して、安心して活動できる環境を作り、また地域に生活する人々が、劇場に親しみをもてる環境を整えたい。若い才能が安心して集える良い環境が、結果として創作の質的向上に結びつき、地域の誇りとなるような芸術的に高い成果を上げる作品を発表できる未来を現実にしたい。
「劇場の足元を明るく照らす」とは、芸術監督が今の演劇業界の課題と向き合い、改善の方向を示すこと。安全な労働・創作環境によって座・高円寺に集うひとりひとりが活動しやすくなり、今よりも希望を持って人生を送れるようになることだ。そしてひとりひとりが、方向性を確認し話し合いながら主体的に劇場と関わることが、芸術的に優れた作品を生み出す土壌になる。芸術監督だけでは力不足で、ひとりひとりの意志こそ、劇場を照らす光になる。
私は芸術監督として、ひとりひとりが希望を持って主体的に活動することを支えたい。そして先行世代の責務として、次世代の才能に安全な環境を準備し、なるべく早く次世代の芸術監督に職を手渡したい。次々と若い才能が羽ばたいていく座・高円寺という、良い循環を生むきっかけとなる芸術監督になりたいと考えている。

任期5年間を通じたビジョン

「劇場の足元を明るく照らす」という希望を叶えるため「座・高円寺ビジョン2033」を提案する。5年間を通じたビジョンは、このビジョンを達成するためのチェックポイントを想定する。

1)安全志向
2)継続志向
3)未来志向


1) 2033年までに、ハラスメント防止研修の必須化、労働時間の最適化など、労働・創作環境の整備を完了する。これによって、若い演劇人たちに希望を与えたいと考えている。たとえばハラスメント問題や労働環境の問題、雇用数の減少、場所・資金・人材など創作に必要な資源の減少など、若い演劇人が演劇業界で仕事を続けることが難しい現実がある。座・高円寺は日本で一番安全に働ける/創作できる劇場になることで「座・高円寺であれば安心して通える/キャリアを続けられる」という常識が生まれ、演劇に対する希望になる。

2) 2033年まで、杉並区民向け、子供向けの事業など、開館から15年の間に培われたれた良き歴史を継続する。これによって、杉並区民が座・高円寺をもっと好きになってほしいと考えている。まず現在杉並区民と築いている良好な関係を続けることが重要。区民、子供向け事業は、公立劇場の役割を国立/都道府県立/市区町村立と分けて考えたとき、杉並区立であるという個性を最大限活かせる部分だ。そのうえで、より区民に気安く来てもらう機会や時間を増やし、自分が自分らしくいられる、肯定されるという体験を、できるだけ多くの区民・その話を聞いた区民の家族、友人に提供し「座・高円寺があって良かったな」と感じてほしい。劇場があることで幸せになる区民を増やすことが、公共劇場の理想である。

3) 2033年までに、主催・提携公演の作家男女比を対等にし、次期芸術監督に30代以下の人材を抜擢する。これによって、座・高円寺が若いアー ティストの作品を発信する公共劇場のモデルケースになりたいと考えている。具体的には、10年かけて20代から30代の劇団や個人の上演を増やし、2033年には上演作の半分が全国の公共劇場に買い取られる公演、商業演劇へのキャリアパスとなる上演としたい。あわせて上演する作家演出家の男女比も均等になるようなしくみを導入する。東京の杉並区という、芸術的にも競争の激しい地域性を活かした、若い才能が続出する素晴らしい公共劇場として、区民にとって誇れる劇場としたい。芸術監督については、私個人は5年で任期を終え、次の人材は30代以下が就任し、5-10年の任期で入れ替わっていく文化をつくりたい。若い才能が生き生きと活動し、地域への注目を高め地域との良好な関係も維持発展させることで、未来に続いていく劇場としたい。
就任初年はまずヒアリング、リサーチに時間をかけて、原状の理解とひとりひとりの関係者との関係づくりに力を入れたい。そのうえで、1) 2) 3)すべてについて、定性的なことと定量的なことを両立して指標を作成し、関係各所に協力をいただきながら達成を目指す。

今後の事業展開に向けた基本的な考え方

運営基本方針(1) 優れた舞台芸術の鑑賞の機会を提供する。

現在の優れた主催公演にプラスして、次年度以降新しいプログラムを追加したい。多世代を対象としたプログラムとして、20代-30代のアシスタントプログラムディレクターを3-5人取り入れて、公共性や社会性を考慮した上、アーティストを推薦をしてもらう、などが考えられる。彼らは座・高円寺の全上演を観劇し、レポート作成も担当し次期芸術監督候補にもなりうる。区内団体や若い劇団の育成については、安全性を担保することで、若いアーティストが集う状況をつくりたい。ほか、区内民間小劇場と提携し団体を推薦してもらう、地域劇場の短編コンペティション(劇王など)の全国大会を企画する、などの工夫が考えられる。結果として、日本でトップレベルの若手演劇人の作品が見られる劇場という定評を獲得する。

運営基本方針(2) 区民等に対し、多様な文化活動や交流を行える場を提供する。

いままでの活動を継承し、座・高円寺2、阿波おどりホールを区民等の多様な文化活動の場として提供したい。区民等にとって利用しやすい施設となるために、コミュニケーションチャネルとしてSNSをいままで以上に積極的に活用し、区民等の声を拾い、より利用しやすく稼働率が上がるような施策を検討する。

運営基本方針(3) 舞台芸術の普及・ 向上を図るための環境をつくり、発展させるための事業を実施する。

原状の素晴らしい活動を継承したい。特筆すべき「劇場へいこう!」の他、各種教育プログラムは重要かつ成果の出ているものと認識しており、いままで通り継続して力を入れたい。劇場創造アカデミーについては、俳優指導を20年続けている経験を活かし、若手の育成と雇用への接続をより加速させたい。初年度にしっかりとヒアリングとリサーチをして、日本一の演劇学校を目指していきたい。

運営基本方針(4) 地域の振興とまちづくりの視点を持って運営する。

原状の素晴らしい活動を継承したい。「地域社会の絆の維持及び強化を図るとともに、共生社会の実現に資する」というコンセプトを達成するため、高円寺四大まつりをはじめとした地域のイベントとの協働など、いままでの活動を発展させていきたい。 共生社会という課題には、文化的背景を持った他者と、どのように生きていけるか、などを劇場にできるワー クショップ事業などの方法で解決できないか。多様性の観点から、少数派の区民が自分の居場所だと感じられ るようなイベント企画がないか、なども検討したい。

運営基本方針(5) 区民との協働により施設を運営する。

運営懇談会及び地域協議会は、区民との重要なコミュニケーションの場であり、今後も連携・協力を深めていきたい。委員構成等について、基礎資料P15によると、参加者の年代や性別にかたよりがあるため、現代の状況に即したバランスの出席者にできないか要望したい。ほか、区民の声を広く聞くため、定期的に芸術監督の出張所をアンリ・ファーブル内に設け、その場で区民の要望を聞くなどのリサーチをし、より区民のニーズへの理解を深めたい。

指定管理者との関わり方

芸術監督だけで劇場が運営出来るわけではない。いままでの歴史を知り、地域の人材とつながりがある指定管理者こそが公共劇場の実態だと考えている。建築士と大工さんの関係に近いと認識していて、設計図を書くことが芸術監督の職責であるとすれば、実際に家を建てるのは指定管理者だ。お互いへのリスペクトを欠かさずに職責をしっかり果たし、座・高円寺をより良い劇場にするパートナーとして並走したい。専門性についても自主性についても、まずは私が持っている情報が少なすぎて具体的な活かし方を提示することは難しい。まず初年度は、指定管理者ひとりひとりへのヒアリングや、現在の事業のリサーチに時間を使いたい。情報が得られてから、二年目以降の活動で、双方が合意できる方針を固め、具体的な行動に落とし込んでいきたいと考えている。

おわりに

はい、選考書類はここまで終了です。選考に落ちた応募書類を読む機会もなかなかないと思うので、楽しんでいただければ幸いです。公共劇場の芸術監督の公募制が続いたとき、これが若い演劇人に「やあ、これが落ちた応募書類か。なるほど私も気をつけませう」と感じていただければ僥倖です。俺の屍を越えていけ。

リンク

「杉並芸術会館(座・高円寺)次期芸術監督が決定しました(5年4月10日、6月15日更新)」の記事をリンクしておきます。別紙を見ると、倍率74倍だったみたいですね。公募にしてよかったね、といっていい数字じゃないでしょうか。そして、74名の方を審査した選考委員会の方がた、お疲れ様でした。お名前出されているのも、素敵なことだなと思いました。

6/16追記:CASE02谷竜一さん

いろんなところで出会う谷竜一さんも、応募書類を公開されてました。こうやって知見が集まるのは、芸術監督という職能が認知されることや、応募者がどういう作戦で臨んでいるのかが広く共有されて、良いことだと思います。もし他にも共有してくれる人がいたら、教えてね🍛

6/21追記:CASE03田口アヤコさん

座・高円寺芸術監督公募の落選記録、3人目に公開してくださった田口アヤコさん。高円寺在住という強み、「移住しちゃうぞ!」という意気込み、子育て中の視点が参考になりました。シェアありがとうございます🍛


なおサポートの受け入れ体制はいつでも全力で整っています。歩きつづけて書きつづけるための、ご支援ありがたくちょうだいしまーす。