キットカットウ

 人間の最大の愚かさは葛藤することであり、人間の最大の誉はかっとうすることである。と、一つの意味で僕はそのように思っている。

 生きるために欲望を備えて生れ落ち、欲にまみれて生きていくことを美しいとするか醜いとするか。そんなものに答えなんていらない。そこには葛藤すらいらない。
 だって単なる主観だもの。

 ただ、歳を重ねることを、欲からの解放として清々しく受け入れるのか、欲が薄れていくことを生きる活力の低下と捉えて物寂しく思うのか、そこが僕の葛藤どころなのである。

 それは僕の今の年齢が平均寿命のちょうど中間あたりにあることが大きな原因になっているのだと思うのだが、そのように原因を突き止めたからといって神聖なる葛藤の好機を逃すことこそ最大を超えた愚行である。
 
 食欲はなかなかに旺盛であるし、今すぐ性欲が枯れてしまうことを想像すると後ろ髪をブルドーザーで引かれてむち打ちになるほど寂しいし、残る睡眠欲はそれほど強いほうではないとは言うものの、まどろみの心地よさは何物にも代えがたい感じも覚えている。

 けれど欲望はほとんどのタイミングで満たされていない状態なのである。
 次を望むのである。そしてどう言い訳をしようともやはりそれが生きる希望なのである。
 
 けれど今から年輪を重ねていって。年輪を重ねる、などという綺麗な歳の取り方かどうかはわからないが、ともかく時が流れて、それなりの年齢になって、欲望が薄れていくことに妙な心地よさや収まりの良さを覚える未来の僕を想像するに、どことなく暖かい笑みがこぼれそうになるのも事実である。

 そんな二つの勢力が僕の中でひしめき合っているのである。
 
  Everybody  let's  葛藤!

 浅井リョウ先生『正欲』。ご一読を。

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