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風花の平等権:ショートショート

 シュッシュッシュッシュッシュッシュッ・・・・・

 と風花が自分の持ち物に延々とアルコールを吹きかけるのは、コロナウイルスを恐れてのことではなかった。

 だが、真夏の朝の満員電車——彼女がそこへ乗り込むには、感染病棟で働く医療者たちと同じくらいの勇気と覚悟が必要だった。あるいはそれは、空気清浄機に魅せられている人が、外の空気に恐怖するのと同じだった。

 彼女は思う。

『今日も私は汚れてしまった・・』

 幼少のころより追っかけているイケメンタレントのポスターで張り巡らされた彼女の部屋は、いわば無菌室であった。


「おっ、やってるねぇ」

と感心するハゲデブの部長。

「あぁ。おはようございます、部長。コロナ怖いですよね。いつになったら収まるんでしょう」
と愛想よく返す風花の内心に隠された本音は、あえて言及するまでもないだろう。

イケメンの先輩が僅差でやってきた。

「おはよー」
「あぁ。おはようございます」
部長に対するのと全く違わない愛想で応じた彼女の本音については、念のため注釈しておけば、こういうことだ。一般人にしてはイケメンのこの先輩に、風花はどうして部長に対するのと同じ表情で挨拶を交わさなければならないのか、むろん、自分もまた平等に扱われたいから他者にもそうするという月並みな倫理意識だと頭ではわかっているにしても、苦痛なことは苦痛でしかなかった。

 もっと先輩に良く思われたい、近づきたい——と。こんな建前上の表面的な態度では、先輩は離れてゆくばかりだ・・・そうした焦燥が風花を狼狽させる。

 また彼女にしてみれば、本音においてこの倫理意識はおかしなことだった。なぜ、部長と先輩とに対して平等に接することが、自分たちの平等の条件なのか。これは要するに、女性の平等権には留保が付されているということだから、家父長制に抗って形成されてきた歴史的文脈にそぐわないではないか。この歴史は妥協と交渉の歴史ではなく、革命の歴史なのだ。

 そうして、社会進出を一方的に要求することができるのと同じように、美人とブスとが平等に扱われる権利を一方的に要求できるのだ、というのが彼女の日増しに強める思いだった。

 しかしこんな大上段に構えなくとも、小なる恩恵をしかもたらさない者と、大なる恩恵をもたらす者とが平等に扱われることが、必ずしも平等を意味する訳ではないと知っているだけの教養が一応彼女にもあった。

 経済的な恩恵と顔の美醜との相関は基礎づけるに困難だが、女心にもたらされる恩恵と顔の美醜は絶大に相関している。

 『先輩と部長が平等だなんて、絶対に正義なんかじゃない!』

 おいおいおい、と男性諸君は突っ込みたくなるかもしれない。だったらなぜ美女とブスを同等に扱わなければならないのか、と。しかし残念だが、これは仕方のないことなのである。彼女の思いを歴史的に正当化することはできても、諸君の憤りは、正当化しうるだけの歴史を欠いているのだ。

 ———・・・先輩がトイレに立ったのを見て、風花は足早に後を追った。

 廊下で2人っきりなった。

 「先輩!」

 「お?」と振り返る先輩。

風花は、そこらの男には決して見せないような惚れ惚れとした目をして、うっとりと先輩を見つめた。

「今日も頑張りましょうね!」



( ´艸`)🎵🎶🎵<(_ _)>