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SFラブストーリー【海色の未来】2章(後編・下)−2

過去にある

わたしの未来がはじまる──

穏やかに癒されるSFラブストーリー


☆テキストは動画シナリオの書き起こしです。

動画再生で、BGMつきでお読みいただくこともできます。


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(今回使用のBGMはストーリーの中心となる曲ですので、お聞きいただけると嬉しいです。)


──これ……オルゴールだったんだ。

──今まで聞いたことのないメロディだな……。


それなのに、なんだか懐かしい気持ちにさせられる、

一度聴いたら忘れられないような不思議な曲だった。


「かわいい子だわ。アールヌーボーの優雅な彫刻がステキ」


いつの間にか、ルミ子さんがわたしの真横で小箱をのぞき込んでいる。


「……あ、でもこれ、中のシリンダーは新しいものですね?」


ルミ子さんの質問に美少女がうなずく。


「オルゴールは、わたしが小学生の頃に祖父が特注しました。

もともとあったその小物入れに、シリンダーをセットしてもらったんです」


「うーん……そうなるとアンティークとしての価値はつけにくいですね。

外すにしても、ネジでとめた跡が残りますし──」


──いったいなんだろう、この曲……。


仕事中なのに、ルミ子さんとお客さんの会話が上の空なのはまずいと思う。

だけど今のわたしはオルゴールの奏でる音色に夢中で、

自分が今どこにいるのかもわからなくなりそうだった。


──どうして……こんなにもこのメロディに惹かれるんだろう……?


優しい旋律を静かに響かせるオルゴールの音が、胸の奥まで沁みこんでくる気がする。


──はじめて聞く曲なのに……。

「やはり……こちらの買い取りは難しいですね」


ルミ子さんの申し訳なさそうな声でハッと我に返る。


「この状態ですと、ウチの店ではちょっとお値段がつけられませんので……」

「そうですか。わかりました」


あっさり美少女が言った。

その言い方は、最初からオルゴールを手放す気はなかったようにも見えた。


──買い取りの見積もりが欲しかったんじゃないのかな。

──もしかして、ほかになにか目的が……?

「比呂ちゃん」


ルミ子さんが小声で言い、わたしをつつく。


「あっ、す、すみません。お返しします」


オルゴールの蓋を閉じ、テーブルに置く。

なんとなく、オルゴールを離しがたい気がする。


──不思議な曲だったな……。


自分でもちょっと意外に思うくらい、もう一度オルゴールのメロディを聴きたかった。



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古葉村邸から店にもどった頃には、閉店時間をとっくに過ぎていた。


「比呂ちゃん、お疲れさまでした」

「お疲れさまでした」

「あ、そうだ。うっかり忘れてた」


ルミ子さんはそう言うと、店の棚から名刺の束を取ってくる。


「これ、比呂ちゃんの名刺。渡しとくわね」

「わたしの名刺……? わざわざ作ってくださったんですか?」

「当然でしょ。比呂ちゃんは店の看板娘だもの」

「えっ、そ、そんな……」


ちょっと乗せられた感はあるけれど、嬉しくなりながら受け取った名刺を眺める。

名刺は和紙でできていて、わたしの名前がちゃんと入っている。

押された店のハンコの滲みがオシャレで、なかなか素敵なものだった。

印刷されているのは不慣れな苗字とはいえ、これまで名刺をもらえる仕事なんてしたことがなかったので気分もあがる。


「ありがとうございます……! でも、どういうときに使ったらいいですか? わたし、ただのバイトなのに……」

「アルバイトでもおんなじよ。ほら、今回みたいにお客さまのお宅を訪問したときとか……。

それにしても、今日はよく働いたわ。比呂ちゃん、大きな仕事で大変だったでしょ? まだそんなに慣れてないのに、ごめんなさいね」

「いえ、楽しかったです。いろいろきれいなものがたくさん見られたし。

ルミ子さんの知識の豊富さにも、なんだか感動したっていうか……。

わたしもルミ子さんぐらいの知識があればよかったのに。

そうしたら、今日だってもっと違う見方ができたんだろうな……」

「そう? わたしでよければ、骨董についていくらでも教えてあげるけど?」

「わ、ありがとうございます!」

「フフッ、新しいことを知るって楽しいわよ」

「ええ、ワクワクします」

「でも……」


ルミ子さんはふっと優しい笑みを浮かべる。


「もし、ほかに本気でやりたいことができたら、ムリしないで言ってね」

「え……あ、はい……」

──本気でやりたいこと……。


ふいに言われたルミ子さんの言葉に、胸が微かに疼(うず)いていた。


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ルミ子さんの店からアパートに帰ってきたとたん、スマホが震えた。


──あ、お母さんからだ……。

「もしもし……」


出てみると、話はいつもの近況報告だった。


「うん……なんかあったら、また電話する。……じゃあね」


お互いが元気なのを確認しただけで、あっさり通話が終わる。


──結局、住む場所が変わったって、お母さんに知らせてないな。

──歌をあきらめたことも伝えていない。

──ちゃんと言わないといけないのに……。

──でも、反対を押し切って大学をやめた結果がこれじゃあ……。


わたしの変化に、お母さんは気づいていない。

もちろん、娘が古道具屋で働きだしたことなど知るはずもない。

わたしを取り巻くいろいろなことが、ずいぶん変わってしまった。

でもスマホ越しの会話だけなら、わたしはなにも変わっていない。

電話は本当のわたしを伝えない。

だけどいつかは真実を知られ、もう帰ってきなさいと言われるんだろう。

そんな日を先のばしにしているのは、やっぱり音楽をあきらめきれていないからかもしれない。


──本当にやりたいこと……か。


店で聞いたルミ子さんの言葉が、まだ耳に残っていた。




晩ごはんを済ませ、一息ついた。


──そうだ、忘れないうちに。


しまい込んでいた五線紙を出してきて、テーブルに広げる。


──確か最初の音は……。


ペンをにぎると、わたしは古葉村邸で聴いたオルゴールの曲を書きつけはじめた。


──誰の曲なのかな。どのくらい昔の曲なんだろう……?


考えながらも手は自然に動き、すぐに譜面が書きあがる。


──これでなにか情報がわかればいいんだけど……。


そして五線紙をスマホで撮り、音楽スクールで一緒だった男の子に送った。


──あの子なら、知ってるんじゃないかな。


『歩く楽曲データベース』の異名をとる彼のことだ。

曲について、かなり詳しい情報まで知っているかもしれない。

メッセージに既読がつくとほぼ同時に『久しぶり』でも『元気か?』でもなく、『手書きかよ(笑)』と返信がきた。


『そこはツッコまなくていいよ。こういう曲、知らない?』

『知らん。でも悪くないな。俺のにしよっかな』

『ダメだって』

『冗談』

『もしも誰の曲かわかったら、いつでも教えて』

『おっけ。じゃ、また』

──あの子でもムリだったか……残念。


スマホを置いて、小さくため息をつく。


まだ音楽スクールに通っている彼なら、どこかから曲の情報が入るかもしれない。


だけど、彼以上に知識豊富な人はそうそういない。


──たぶん、待っててもなにもわからない……。


そのあとも、わたしはオルゴールの曲のことがずっと気になっていた。



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https://note.com/seraho/n/n0a0d07c52bf0

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