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SFラブストーリー【海色の未来】最終章(中編・下)

過去にある

わたしの未来がはじまる──

穏やかに癒されるSFラブストーリー

☆テキストは動画シナリオの書き起こしです。


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ほんの少し前まで、春の季節の中にいた。

それが今は、梅雨入り間近のしっとりとした空気を吸いこんでいる。

向かい風にだんだんと草いきれが混じりだし、

そのまま自転車を走らせると、やがて風は潮のにおいに変わる。


──わたし、元の時間に帰ってきた……!


迷子になったみたいに心細くて、自分の居場所がわからなくて……。

ただなんとなく毎日を過ごしていた時間に……。

だけど、今のわたしは前のわたしとは違う。


──もう迷子じゃない。そうだよね、流風くん……!


気がつけば、声を出して笑っている。

どういうわけか、息をすることさえ新鮮に思える。

すべてが……

目に映るものも、聞こえる音も、風の香りもなにもかもが新しく思える。

わたしは笑いながら、海のほうへ続く下り坂を

ペダルから足を離したままで降りていく。

自転車がぐんぐん加速して、風が勢いを増す。


──早く……もっと早く!


わたしは精一杯のスピードで古葉村邸に向かった。




古葉村邸に着いたわたしは、自転車を停めて洋館のチャイムを鳴らす。


──美雨ちゃん、いるかな……。ん? あっ、いないか! 

──こんな時間、学校だよ。しまったな……。


がっくりと門に手をついたとき、玄関のドアが開く。


「あ……」

──美雨ちゃん……。


制服姿の美雨ちゃんがゆっくりとやって来て、門を開けてくれた。


「あの……学校じゃあ……?」

「学校は午前中まででした。先日もお話ししましたが、定期テスト中なので」


表情も変えない美雨ちゃんから、そっけない答えが返ってくる。


「そ……そうでした……」


美雨ちゃんの淡々とした態度に、考えもなしに突然やって来てしまったことを後悔した。


──わたしをおぼえてないのかな……っていうか、待って。

──あれは単なる夢で……わ、わたし、なにかとんでもない勘違いしてるんじゃあ……。


さっきまでの興奮が、冷や水を浴びせられたように一瞬にして冷める。


──そ、そうだよ、普通に考えたら、あんなこと……。

「う……わ……。やっちゃった……」


思わずうめいて額に手をあてる。


「あの……大丈夫ですか?」


心配そうに、美少女がわたしに声をかけてくる。


「は、はい……ごめんなさい。ホント、勉強の邪魔までして……」


わたしは深々と頭を下げた。

だけど顔を上げれば、やっぱり目の前にいるのは、紛れもなくあの美雨ちゃんで……。


──あれは……夢じゃない。わたし、はっきりおぼえてる。

──美雨ちゃんも、マサミチさんも。

──流風くんも……。

──そして、海翔くんも……。

「あの……わたしのこと、わからない? 美雨ちゃん……」


恐る恐る問いかけた。


「は……?」


美少女は一瞬、顔をしかめた。

そして──


「わからないって……どういう意味? 

わかってなかったのは、比呂ちゃんのほうじゃん」


怒った声で、ぼそりと言う。


「えっ!? じゃ、じゃあ……」

「今頃になって帰ってくるなんて。遅いよ……比呂ちゃん」

「ご、ごめん……わっ!?」


突然、美雨ちゃんがわたしにしがみついてくる。


「比呂ちゃん、会いたかった……」

「美雨ちゃん……」


美雨ちゃんはわたしの服をつかんだまま、声をあげて泣き続けた──。



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わたしと美雨ちゃんは客間で話をしていた。


「ホント、定期テスト中にごめんね」

「大丈夫、わたし優秀だから。試験はいつも学年トップだよ」


テーブルの向かい側で紅茶を淹れながら、美雨ちゃんが得意げに言う。


「へえ、すごい……!」

──あの隙あらば宿題を人にやらせようとしていた美雨ちゃんが……。

──でも7年もたてば、いろいろ変わってあたり前か……。


すっかり大人びた美雨ちゃんを、今さらだけど感慨深い思いで眺める。


「はい、どうぞ」


美雨ちゃんがすすめてくれた紅茶から、ふわりといい香りがただよう。


「あ、ダージリンだね」

「そうだよ」

──美雨ちゃん、わたしがダージリンが好きなのをずっとおぼえててくれたんだな……。


さわやかな香りに包まれながら、美雨ちゃんが子どもだった頃のようにふたりで微笑みあった。

それから、わたしたちはいろんな話をした。

わたしがこの街へ来る前のこと……

流風くんもわたしもいなくなってからのこと……

いくら話しても、話し足りないくらいだった。

だけど……


「あのね……流風の連絡先、まだ教えてもらえないんだ。今もスイスにいるのかな……」


美雨ちゃんがぽつりと言う。


──美雨ちゃん、本当のこと教えられてないんだ。

──そうだよね……。まだ美雨ちゃんは知らないほうがいい。


流風くんの真実だけは、わたしの口から言うべきじゃないと思った。


──いつか美雨ちゃんが大人になったとき、マサミチさんから流風くんのことを聞くのかもしれない……。

「……あ、そうだ、美雨ちゃん。マサミチさんは? えーっと……海外旅行中だって言ってたっけ?」

「うん。船旅だし、来月くらいまでもどらないと思う」

「そっか。会いたかったけど、それなら仕方ないね……。

それにしても、こんな広いお屋敷にひとりだと美雨ちゃん寂しくない?」

「わたしもう高校生だよ。普段はおじいちゃんもいるし。

それにおじいちゃんがいないときは、お手伝いさんが泊まってくれるから別に平気。

でも……流風と比呂ちゃん……そして、お兄ちゃんもいた頃が、やっぱりいちばん楽しかったな」


少し笑ってから、美雨ちゃんは遠くを見るような目になった。


「そうだね……」

──客間で演奏したり、大騒ぎしながら夕食をみんなと一緒に食べたりしたっけ……。


洋館をおとずれたせいか、いろいろなことが自然と思い出される。


──ホントに楽しかった。

──自分だけが違う時間にいるのを、ほとんど忘れてしまうくらい……。

「……お兄ちゃんのことは聞かないの?」

「えっ……」


ふいに言われ、胸がドキッと音を立てる。


「海翔くんの活躍は……知ってるから……」


思わず古葉村邸に来てしまったけれど、あれから7年もたっている。

冷静になった今、海翔くんと離れていた時間がとてつもなく長いものだったんだとはっきりわかる。

わたしはその年月の長さに、海翔くんについてたずねる勇気を奪われていた。

しばらく黙っていると、美雨ちゃんがオーディション会場からわたしが消えた日のことを話しだす。


「……あの日、お兄ちゃんから、オーディションには合格したけど、

比呂ちゃんがいなくなったっておじいちゃんに連絡があって……。

電話の向こうでお兄ちゃん、すごく取り乱してたみたい。

おじいちゃんは、とにかく一度こっちにもどってくるようにって言ってた。

東京から帰って来たお兄ちゃんは、顔色も悪くて別人みたいで……。

だけどおじいちゃんは、そんなお兄ちゃんを休ませもしないで、

話したいことがあるってリビングに呼んだんだ。

わたしは向こうで遊んでなさいって追い払われたから、

ふたりの話は聞けなかったんだけど……

その日からお兄ちゃんは、比呂ちゃんのことを一言も口にしなくなったの」

「そう……」


マサミチさんが海翔くんになにを話したのかは、だいたい想像がつく。

流風くんの話もしたかもしれない。

マサミチさんは、わたしが自分の意思で海翔くんの前から姿を消したわけではなく……

なにか大きな力が働いたことを説明したんだと思う。

そして、わたしが7年後の世界の人間だと知っていた海翔くんは、

すべてを受け入れるしかなかったんだ──。


「比呂ちゃんがどうしていなくなったのか、ずっと教えてもらえなかった。

でも、中学生になったとき、思い切ってお兄ちゃんに聞いたの。

そしたら……比呂ちゃんは7年後の世界から来てたんだって……」

──海翔くん、美雨ちゃんに本当のこと話したんだ……。

「……驚いたよね?」


だけど美雨ちゃんは首を横に振る。


「驚くより、信じられなかったの……。

そんなウソをつくなんてって、本気で怒ってお兄ちゃんと大ゲンカ。

それ以来、比呂ちゃんの話はこの家でタブーになっちゃって……。

もう口にすることもできなくなったんだ。

でも……今年に入って気づいたの。

今がその7年後なんだって……。

だからわたし、比呂ちゃんのことを確かめようと思ったの」


美雨ちゃんはポケットから名刺を取り出した。


「これはこの前、比呂ちゃんがお店の人と一緒に来たときくれた名刺。

同じデザインのもの、わたし7年前に比呂ちゃんからもらったよね?」

「あ……うん、はじめて会った日に渡したね」

「それがどこかにあるはずだって探したんだけど、どうしても見つからなくて……」

──いつの間にか、名刺も消えていたのかもしれない。

──わたしのハーモニカやスマホみたいに……。

「でも比呂ちゃんの名刺に、確か古道具屋って書いてあったのはおぼえてたから……

だからわたし、片っぱしからそういうお店をたずねたり、家に来てもらったりしたんだ」

「それで、うちの店に鑑定を……」

「せっかく会えたと思ったのに、比呂ちゃん全然わたしのことおぼえてなくてショックだった……。

だけど、比呂ちゃん、もう一度うちに来たでしょ」

「うん……」


わたしはうなずき、バッグからオルゴールを取り出しテーブルに置いた。


「どうしてもこの曲が気になって……」

「そのとき思ったの。記憶がなくても、やっぱり比呂ちゃんは比呂ちゃんなんだって……。

だから、オルゴールをプレゼントしたんだ」


美雨ちゃんはそう言うと、オルゴールを見つめた。


──この曲が……。海翔くんが作ったこの曲があったから、わたしは海翔くんと出会えた。

──それとも……わたしたちが出会えたから、この曲ができたのかな……。


つい昨日のことのように思えるオーディション。

あのときのステージで歌う海翔くんの姿が鮮やかによみがえる。


「海翔くん……ハーヴはこの曲をリリースしないの?」

「デビュー曲になるはずだったんだけど、お兄ちゃんは断ったんだ。

そして、新しく曲を作って、その曲でデビューしたの」

「どうしてわざわざそんなこと……」

「お兄ちゃん……この曲は思い出が多すぎるんだって」

──思い出が……多すぎる……。


海翔くんがそう答えたときの気持ちを思うと、胸が痛んだ。


「だから、オルゴールもせっかく作ったんだけど、

お兄ちゃんにはプレゼントできなかった……」

「そうだったの……」


離れたくて離れたわけじゃない。

それでも突然消えたわたしを、海翔くんは許せなかったに違いない。


──今も……わたしを恨んでるのかな……。


古葉村邸に来れば、また楽しい時間が帰ってくると思いこんでいたさっきまでの自分は、

なんてバカだったんだろうと情けなくなってくる。


「今、海外進出のプロジェクトが動いてるらしくて、お兄ちゃんものすごく忙しいみたい」

「海外……すごいね」

「今週はイギリスにいるんだったかな。このところ日本には帰れてないんだ……

あ、紅茶が冷めてる。ポットにお湯足してくるね。ちょっと待ってて」


美雨ちゃんはトレイを持って立ちあがると部屋を出て行った。

ひとりきりになったリビングで、小さなため息がこぼれる。


──もう海翔くんは、わたしの知ってる海翔くんじゃないんだよね……。


テーブルのオルゴールに手を伸ばし、そっと蓋を開けてみる。

ゼンマイの巻き足りないオルゴールが、スローテンポでメロディを奏ではじめる。


──そっか……この曲、お蔵入りなんだ……。

──あれだけ海翔くんが何日も心をこめて作った曲だったのに……。


そう思うと切なくなった。


──やっぱり、わたしを恨んでるってことのかな。

──ううん、それよりも……きっともうわたしのことなんか忘れてる。

──7年前、ほんの少しの間、恋人だった女のことなんて、トップアーティストのハーヴがおぼえているはずがない……。


それは当然で、仕方ないことだとも思う。

ただ、海翔くんがとっくの昔に忘れた恋を、

わたしはこれから忘れていかなければいけない。

恋が終わってしまったことよりも……

海翔くんと同じ速度で時間を過ごせなかったことがわたしには悲しかった。




アパートに帰るわたしを、美雨ちゃんは表まで見送りに出てくれた。


「比呂ちゃん、今日は来てくれてありがとう。本当に嬉しかった」

「わたしも……でも、テスト勉強の邪魔しちゃったね」

「だからそれは心配ないって」


子どもの頃と同じ、屈託のない笑顔で美雨ちゃんが笑う。


「うん……。じゃあ、また──」

「おじいちゃんとお兄ちゃんに、比呂ちゃんのこと連絡しとくね」

「えっ、それは……待って」


とっさにそんな言葉が口をつく。


「え? ダメなの? どうして?」

「……ごめん。今は……まだ……」

「まあ……比呂ちゃんがまだって言うなら……」


わたしがいろんな思いを抱えているのを察したのか、美雨ちゃんはしぶしぶながらも引きさがってくれた。


「……でも、比呂ちゃん。わたしたちはこれからも連絡取り合おう?」

「……うん」


わたしがうなずくと、美雨ちゃんがホッとした表情になる。


「よかった。いつかみんなで……流風も一緒に、みんなで会えたらいいね」

「……そうだね」


美雨ちゃんがいつ流風くんのことを知るのかはわからないけれど……

そして、わたしがいつ海翔くんと笑って話せるようになるのかもわからないけれど……

またそんな夢みたいな日が来たらいいなと、ぼんやり思った──。




(BGM・効果音有り)動画版はこちらになります
https://youtu.be/joQqll_rocA



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https://note.com/seraho/m/ma30da3f97846

4章までのあらすじはこちら
https://note.com/seraho/n/ndc3cf8d7970c

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