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「いかなる花の咲くやらん」第11章第5話 「孝養、報恩の縄」

夜が明けると五郎は尋問のため頼朝の御前に引き出された。縄に縛られ歩かされる五郎の姿を見て、小川小平次が「なぜ侍の身分の者に縄を付けられているのですか。山賊や海賊ではないのです」と言うと、吾郎は微笑んだ。「ありがとうございます。同じ一族への優しいお心遣いと存じますが、人が聞いたら仲間だと思われかねません。そなたが進言なさっても、この縄が解かれることはありますまい。黙っていることが肝要です。なあに、少しも苦しいことはありません。父のためにつけられた縄ならば孝養、報恩の縄と言えましょう」
中庭に引き入れられたところでも新開荒次郎が「お願い申し上げます。せめて縄を解いていただけませんか」と訴えた。「荒次郎殿、そなたとこの五郎が縁者であることは、周知のこと。そんなことを言えばそなたに迷惑がかかるかもしれない。何もおっしゃるな。この縄は名誉ある縄でございます。賊を捉える縄とは意味合いが違います。七歳の秋からずっと狙い続けた仇、工藤祐経をついに討って、結果つけられた縄であれば、まったく恥ずかしいとは思っておりません」
荒次郎は納得し、頼朝に取り継ごうとした。
「お取り継ぎはご無用です。直接、頼朝様とお話をさせて下さい」下座に居た狩野介はすぐに下がったが、荒次郎はなおも心配げに動けないでいた。
「おおい、そこをどけい。頼朝様に物を申そおとしておるに、お主がそこにいては荒次郎殿に話しているようではないか」
荒次郎は慌てて横へ下がった。五郎は「これで気兼ねがない」と高笑いして、少しの見苦しさも見せず控えた。

参考文献 小学館「曽我物語」新編日本古典文学全集53
次回11章6話「五郎 取り調べ」に続く


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