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「いかなる花の咲くやらん」第11章第9話 「五郎様 おしたい申しておりました」

五郎が句を読んでいる間に、忠太は悪巧みをしていた。いよいよ処刑という時、五郎をよく知る者たちは、五郎の真面目だが人懐こいおおらかな人柄と、そのおおらかさとは裏腹な悲しい運命(さだめ)に涙を流し、念仏を唱え始めた。五郎をよく知らない者たちも、昨日からの頼朝とのやり取りに感銘し、同じように念仏を唱え始め、五郎の成仏を願う念仏は大合唱になった。
「えいっ」という忠太の掛け声で首がスパッと落ちると、皆固唾を飲んだ。が、首は落ちなかった。なんと、この忠太、五郎が句を読んでいる間に、斬首するために渡された刀の刃を石に打ち付けボロボロにしておいたのだ。まるで切れないノコギリで引かれるように五郎の首は何度も何度も斬りつけられた。あまりの痛さにさすがの五郎も苦痛に顔を歪め、カッと目を見開き忠太を睨みつけた。睨まれ怯みながらも忠太はほくそ笑み 次の太刀を入れようとしたそこへ、一人の影が躍り出た。亀若である。一部始終を見ることは大変辛く目をつぶって逃げて帰りたかった。でも、自分でお膳立てをした事の顛末を見届ける責任があると思い、物陰に隠れ息を潜めて全てを見ていた。今ここで飛び出しては曲者として一刀両断されるかもしれない、または手引きをしたものとして処刑されるかもしれない。でも五郎の苦しそうな姿を黙って見ているわけにはいかなかった。突然現れた一人の女に皆、注目した。女は抱きしめた短刀の赤木の鞘をさっと捨てると、五郎の胸に突き刺した。背中からその細腕が、飛び出すのではないかと思われるほど、深く深く突き刺した。
「五郎様、お慕い申しておりました」最後の言葉が五郎に届いたかはわからない。それでも今まで苦痛にゆがんでいた顔には、優しい笑みが浮かんでいた。刀から手を離し、血だらけの手を拭いもせずふらふらと歩いて行く亀若を誰も止める者はいなかった。

参考文献 小学館新編日本古典文学全集53曽我物語

「悲しみに身をゆだね」に続く

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