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いかなる花の咲くやらん 第6章第1話  山下長者屋敷

文治五年(1189年) 初夏 大磯
 
宮内判官家長と夜叉王という夫婦がいた。二人はなかなか子宝に恵まれず 近くのお地蔵さんに毎日祈願していた。その日も二人でお地蔵さんにお参りに来た。
「どうか、子供をお授け下さい」おはぎをお供えして手を合わせると おはぎがむくむくと膨らみ始めた。 びっくりして見ているとおはぎは座布団くらいの大きさにまでなった。 ガリ。
「 あいたたたたた」
「お前さん 何をやってんだよ」
「だって、おまえ。おはぎが大きくなったから 嬉しくって 思わずかじりついちまったよ。そしたら 石になっちまっていたんだよ」
「 あわてんぼうだね。だいじょうぶかい。そんなことより おはぎの上を見てごらんよ」
「 だから おはぎじゃなくて石だよ」
「どっちでも いいよ」家長は女房に言われて石の上を見てみると 美しい巫女さんが一人横たわっていた。
「これはどうしたことか。子供が欲しいと願っていた 我々に 神様がお遣わしになったのかね。 なんという神々しい美しさだ」
「 あれ、怪我をしているようだよ。とにかく家に連れて帰って手当てをしよう」 二人は 永遠を連れて家に帰った。

しばらくのち 永遠が目を覚ました 。(あら、私はどうしたんだっけ。) 永遠は見知らぬ屋敷に寝かされていた。額には冷たく絞った手ぬぐいが乗せられていた。
「あいたたたたた」 ちょっと動こうとしたら腰や手足が随分と痛んだ。(ここはどこかしら。山が見える。 あの、ひょうたんみたいな形は高麗山よね。 でも、なんかいつもと違う感じがする。景色も色が抜けてしまったみたい。モノクロに見えるわ。 あっ、テレビ塔がない 。この女の人が助けてくれたのかしら。)
「・・・吾は夜叉王。元来、平塚の宿の者なり。夫はさんぬる平時の乱に誅セられし悪右衛門督信頼卿の舎兄民部権少輔基成とて、奥州平泉へ流され給ふ人の乳母子、宮内判官家長と申します。平治の逆乱によりて住人、海老名源八権守季貞といひし人、都にて芳心することありける間、この宿を頼みてぞ居りたる」
(何か話しているけれど、言葉が少し違うみたい。よくわからないなあ。あ、この石)
黒いおはぎのような石がコロコロと永遠の手元に転がってきた。手に取ってみると、今まで白黒だった世界がにわかに色をおび、女の話している言葉も理解できるようになった。
「そして、私と所帯を持ったんですよ。ああ、こんな話は後々でよろしかったですね。お前様、天使様がお目覚めになられましたよ」夜叉王と名乗る女が、声をかけると、夫らしき男も枕元にやって来た。
「おーおー 気がつかれましたか」
「あの。ここは」
「ここは 山下の長者屋敷です。 私は宮内判官家長。こちらが 妻の夜叉王でございます。我々には子がおりませんでな。もう何年も虎池弁財天のお地蔵様に願掛けをしておりました。今朝もいつものようにお願いをしておりました。すると突然、私どもの目の前にあなた様が現れたのでございます」
「子供が欲しいと願っていた私たちにお地蔵さまが預けてくださった娘さんです。我が子と思って大切にお世話させていただきます」
「ありがとう、ございます。名前は永遠と申します。何かの力に導かれて こちらに送られたようにも思います」
「そうですか。不思議なご縁ですね。お地蔵様のお計らいなのでしょう。むさ苦しいところですが、気兼ねなくお過ごしくださいませ」

次回 第6章第2話 「時空を超えて」に続く

参考文献 小学館「曽我物語」新編日本古典文学全集53


平塚市山下にある「山下庁舎屋敷跡」
著者撮影


大磯町の円台寺に虎御石があります。毎年兄弟の命日の5月28日に開帳してくだいます 。
コロナで御開帳がない時期もありました。また、同日は別の場所でも兄弟の供養があり、作者はそちらの傘焼きなどを見に行ったので、まだ直に虎御石を見たことがありません。来年こそはと思っています。


著者撮影

第1話はこちらから。


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