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いかなる花の咲くやらん 第3章第2話         夕日に誓う決意

「実は曽我祐信殿は本当の父上ではないのだ。われら兄弟の本当の父上は河津祐泰という。おじい様の伊藤祐親と共に河津伊東を治めていた。その領地を巡って親族の争いがあり、おじい様の弟、工藤祐経に殺されたのだ。工藤祐経はおじい様を殺害しようとして、間違われて父が殺された。その後おじい様は出家し領地はすべて祐経の物になった。母上も出家したかったのだが、我々を育てるために曽我の父上に輿入れしたのだ」
「そうなの。曾我の父上は本当のおとうさまではないの」
「曽我殿は我ら兄弟を本当の子供のように愛してくれてくる。しかし、本当の父上は他に居る。いや、居た。大きくて、厳しく、そして優しい父上であった。皆に頼られるとても良い領主であった」
「では、私たちの仇はそのくどうすけちゅねなの」
「そうだ。父は今もこの世とあの世の狭間で恨みの炎でその身を焼いて苦しんでいる。私が仇を討って父をその地獄の業火から救わなければならない。私は父が亡くなった時に父の墓前で必ず仇を討つと母に誓ったのだ」
「ならば私も兄上と共に仇を討ちます」
「いや、仇を討ち果たすことは優曇華(うどんげ)という。二千年に一度咲く花だ。めったにあるものではない。成功する確率は限りなく低い。仇討ちをしようとおもえば、その間士官することも叶わない。苦しい生活だ。お前はまだ幼く、曽我殿を本当の父と信じて生きてきた。これからも曽我殿を父として、母と共に幸せに暮らしてほしい。仇は必ずこの兄が打ってみせよう」
「どうしてそんなことをおっしゃるの。私は今まで兄上をすべての手本として育ってまいりました。お兄様が右へ行けば右へ行き、左へ行けば左へ参りました。今更道をたがえることなどできましょうか。何故、共に仇を討とうと言ってはくださらぬか」
「まだ、わからぬか。見事祐経を討ち果たせたとて、その先は無い。父に報告するために冥途に旅立つしかないのだぞ」
「兄上がそのようなお覚悟ならば、私も同じに覚悟を決めます。もう、泣きません。ともにすけちゅねを討ちましょう」
幼い弟がどこまで理解して覚悟を決めたのかはわからないが、「もう泣きません」と言いながら泣いている舌足らずの弟をいじらしく思い、一万は弟を抱きしめた。
「早く大人になろう。お前が十三、私が十五になったら、どんな野の果てまで、山奥まででも分け入り、祐経を探し出して二人で力を合わせて仇を討とう。お前も良く弓の稽古をしておけ」
真っ赤に染まる空を背にまばゆい太陽が富士の頂きに沈もうとしていた。その太陽から一筋の光が一本の道となって兄弟の元へ届いた。二人はその夕日に静かに手を合わせた。

次回 第3章第3話 兄弟の成長 に続く

https://note.com/sepera_0203/n/nefe78a9c87e0

参考文献 小学館「曽我物語」新編日本古典文学全集53




曾我 城前寺の「曽我兄弟発願之像」      著者撮影

第1話はこちらから。


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