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いかなる花の咲くやらん 第4章第6話      深淵なる母子の情

「母上は何とおっしゃるだろう。当面はお許しくださらないかもしれないが、いつか分かってくれるであろう。
ならば、出家の時刻が来る前に 早々に元服をしなくてはならない」
「そうは言っても、どなたに元服親をお願いするのですか」
「 前々から もしこんなことがあったらと 色々と考えておりました。 北条時政殿はいかがであろう。 北条殿の奥方は我々の伯母にあたる。きっと力になってくれることであろう」
「なるほど。北条どのであれば 元服親として申し分ない 」
「さ、もう夜明けだ。早速 北条殿にお願いに参ろう」
 
北条司朗時政は喜んで二人を迎え入れたすぐに髻を取り上げ 名を北条五郎時宗とつけられた。 白覆輪の鞍を乗せた鹿毛の馬を引き出物とし 七日もの間祝宴が催された。 祝宴の後二人は曽我の母親に許しを請うため 曽我屋敷へ帰った。
「立派な大人になったな。箱王。おっと、もう箱王ではなかった。五郎という名前をいただいたのだね。このお姿を見たら母上も さぞやお喜びなさるであろう。」
「そうでしょうか。お望みどおり 出家しなかったことを、ご立腹なさいませんでしょうか」
「わが子の元服を喜ばぬ母がこの世に居りましょうか」
「そうですね。きっと喜んでくださいます」
二人は、母の喜ぶ顔を想像しながら、浮いた心で屋敷の門をくぐった。
 
ところが 元服した姿の箱王の姿を一目見た母の万劫御前は たいそう衝撃を受けた。 障子をぴしゃりと閉め激しく泣き狂った。
「なぜなぜそのような装いをしているのですか。箱根の山から箱王がいなくなったと連絡を受け まさかとは思っておりましたが なんということでしょう。 十郎、お前の差し金ですか。 十郎を元服させたことだけでも 後悔しておりましたものを。二人とも僧になれば権現様の慈しみで 波だった心も静まったものを。 辛いことは忘れて 平穏に長く生きて欲しいのに。わかりました。 わが子と思うから 生き急ぐような真似を 辛く思うのです。 もう母でもなければ子でもない。 箱王は今すぐこの家から出て行きなさい」
そう言い残して母は屋敷の奥へ入ってしまいました。
残された箱王は 今すぐ箱根に帰って 僧になり、母に許してもらいたいと思ったが、 兄が
「 母上の厳しいお言葉もお前のことを思ってのお言葉。 いずれわかってくれよう。 少し間をおいて また許しを乞おう」 というので とりあえず 親戚の家に身を寄せることにした。伯母の夫の三浦良澄殿、母方の伯母の夫の和田義盛殿、従姉妹の嫁ぎ先の渋谷重国殿、姉の夫の早川遠平殿、これもまた従姉妹の夫の秦野権守殿。北条政子様の母君は二人にとっては伯母にあたる。岡崎義実殿の奥方も二人の伯母である。ほかにも渋美殿、海老名殿、本間殿。伊東の一門は多かった。 あちらこちらの縁者のもとで過ごすうちに二、三ヶ月が過ぎた。縁者たちは皆、兄弟を大変可愛がっており 、もし仇討ちをしたならば 訴訟をして兄弟を助けようと 思っていた。その後二人は曽我へ戻り 吾郎は 十郎の部屋で 隠れて暮らした。
母を恋しく思う五郎の勘当はいまだ解けぬまま、物陰から母の様子をうかがう姿は哀れであった。
万劫御前も、そんな五郎に気が付いてはいたが、ここで許しては、仇討ちを許したことになってしまう。二人のために、心を鬼にして 知らぬ顔をしていた。

次回 第5章第1話 藤の花の妖精 に続く


いよいよ、永遠ちゃん登場。疾風乱舞のかっこよい踊りに鎌倉時代の人々はさぞや驚いたことでしょう。


小田原市曾我にある曾我氏館跡    著者撮影

第1話はこちらから。


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