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アニメーションで描く音楽シーン

先日ミライカフェの雑談で『ぼっち・ざ・ろっく!』を起点にアニメと音楽やアニソンの雑談をしたのですが、今週公開になる音楽をテーマにしたアニメとして『BLUE GIANT』の話題になったところで実際に本編の演奏シーンで流れる音楽の演奏を担当されていたミュージシャンの方が登壇されて一気に盛り上がりました。
ということもあったので初日に早速見てきました。本編のかなりの部分が演奏シーンで占められていて、音楽を扱ったアニメ作品としては過去最高の分量の演奏シーンになっているのではと思います。

音楽は演奏にしろ歌にしろ、アニメーションで描くのはかなり難しい部類に入りますが、音楽が売りの作品においては一番の見せ場になります。そのために数々の手法を組み合わせ、力を入れて表現されます。
演奏シーン自体は昔から描かれることはありましたが、制作には手間がかかるため、楽器を演奏する手元を映さないように演出するなどそれなりの工夫を凝らすことで描かれていました。ただ必要であればきっちり描く必要が出てきます。その後演奏の再現性を高める高度な表現が可能な技術が進歩し、それらが現在のアニメーションの音楽表現を担っています。
今回はそのあたりについてつらつら書いてみようかと思います。


アニメーション作品で音楽を扱う場合、大きく分けると主に楽器演奏者が主役になるものと、歌手が主役になるものがあります。
奏者が主役の作品は意外と幅広く、クラッシク、ジャズ、ロックなどの各音楽ジャンルを描いた作品がありますし、和楽器では津軽三味線の奏者を扱ったものもあります。
歌手が主役になる作品は現在はアイドルアニメが中心になると思いますが、こちらは歌唱とともに行われるダンスパフォーマンスがアニメーションとしての見せ場になります。
ジャンルは様々ですが、使われる手法は作品ごとの大人の事情や作品性で決まります。

実際に音楽のシーンを描くにはいくつかの方法があります。

  • 人が手で作画する方法

  • 人が演じる実写映像(ライブアクション)をリファレンス(下敷き)に使用する方法

  • 3DCGを使用する方法。

またこれらの手法をミックスして使用する場合もあります。現在はセルルック3DCGをベースに手描きを加えたハイブリッドな手法が使われる事が多いと思います。

人手で作画したシーンとしては1995年公開の『耳をすませば』の中に弦楽器によるセッションのシーンがあります。これは実際に演奏しているシーンを撮影したビデオを参考にアニメーターが描いていますが、相当の時間と手間がかかっています。ポイントは映像は”参考”にしている点です。アニメーター自身が参考映像を見て自分の解釈のもとに動きを再構成して絵に描き起こしていてるので、ビデオの映像を下敷きに引き写して描くロトスコープの手法は用いていません。

『耳をすませば』の演奏シーン

京都アニメーションも多くの演奏シーンのあるアニメーションを製作しています。『涼宮ハルヒの憂鬱』『けいおん!』のライブシーン、『響け!ユーフォニアム』『リズと青い鳥』の吹奏楽部の演奏などでリアリティのある演奏シーンが描かれています。下のムービーは『リズと青い鳥』の作画のメイキング映像ですが、非常に複雑な楽器を手で描いている様子が伺えます。見ているだけで気が遠くなりますね。他にも作画の参考に楽器ごとに多くの演奏の様子の映像を撮影していると思われます。楽曲が複数あるのでそれぞれの楽曲毎に撮影することを考えると大変な手間でしょう。

京都アニメーションは制作に関する情報がなかなか外部に出てこないので正確な情報は得づらいのですが『響け!ユーフォニアム』でも楽器部分は作画参考という形でCGも使用していたようです。また演奏シーンでも吹奏楽部全体が映るようなシーンでは人物含めCGが使用されているシーンもあります。こちらは画面を見れば確認可能ですがCGを使いつつ作画の人物と併用するなど基本的に作画主体に映像が作られています。
宣伝になりますが『響け!ユーフォニアム』については雑誌アニメスタイルで撮影技法に関する特集記事を執筆しておりますので、アニメーションの画面作りに興味のある方はこちらを読んで頂ければと思います。


ライブアクションは演者が実際に演奏や歌唱パフォーマンスを行っているシーンを撮影し、それを下敷きに作画する方法です。ロトスコープ的な手法になりますが、より作画アニメーション寄りな表現です。
ライブアクションは言葉に厳密な定義が無いので個人的には広義のロトスコープの範疇と言えると思いますが、出来上がった映像は意識的にロトスコープで作られる作品とはやはり違った印象に見えます。
リファレンスになる映像は基本的にプロもしくは演奏の上手い演者がパフォーマンスを行いそれを撮影して作成するのですが、作画参考と違うのは撮影時に概ね最終的なレイアウト(構図)や絵コンテによりカット割りが決められていてそれに合わせて撮影されることです。PV撮影のような感じですね。そのため撮影された実写の映像をそのまま編集すると最終的なアニメのシーンと同様な構成の映像になります。ただ実際にはアニメーションに落とし込む段階で細かな調整が行われるので全くそのままではありません。
作品としては『坂道のアポロン』の演奏シーンが印象的です。こちらは公式サイトにメイキング映像があるのですが、フラッシュムービーのため残念ながら現在は見ることができません。

アイドルアニメ(?)では「推しが武道館いってくれたら死ぬ』でライブアクションを使用してステージパフォーマンスが描かれています。グループアイドルのパフォーマンスを作画だけで表現するのはTVアニメの枠組みではかなり難易度が高くなります。物量も多いので時間もかかりますが、ライブアクションを使用することで作画の負担を軽減しつつリアリティのある”エモい”シーンを作ることができます。

——ChamJamのコンサートシーンは「ライブアクション」で作られているんですね。
プロのダンサーさんや本物のアイドルの女の子7人に振り付けを覚えてもらい、そのダンスを数台のカメラで撮影したものを編集して、まずミュージッククリップを作成し、その実写映像を下敷きにして作画しています。
超アニメディア 2020.2.29

実写の下絵があるにせよ、実写とアニメのフレームレートの違いの補正やモデルの人物との体系的な違いの調整、またポーズの調整やアニメ的誇張表現の追加など単純に絵を引き写す作業ではないので、ゼロから描くよりは手間は少なくなりますが大変な作業であることに変わりはありません。


3DCGがアニメーションで使われ始めた当初は車や宇宙船、ロボットなどメカ描写が中心でしたがCGの表現領域が増えるにつれ楽器演奏のシーンでも用いられる事例が出てきます。2007年の『のだめカンタービレ』や『ピアノの森』の劇場版などではCGを使用した演奏シーンが使われています。
アニメーションで使用されるCGは初期の頃は手動でモーション付けすることが多くゲームのようなモーションキャプチャーが使用されることは多くなかったと記憶していますが徐々にコストも下がり、またゲームと連動したアイドルアニメが人気を博しライブシーンの表現にCGが使用されるようになります。今ではTVアニメでもモーションキャプチャーが頻繁に使用されています。現在はモーションキャプチャーに特化したスタジオが多数あり、多くの作品で使われています。

現在はCGだけでなくその他の手法も駆使してそれぞれの制作事情や作品性に合わせた映像に仕上げています。


アイドルアニメの歌唱シーン、特に最近のグループアイドルものでは集団での歌唱とパフォーマンスが描かれます。各キャラクターのパフォーマンスや衣装の細かな挙動はもちろん、実写では不可能な大胆なステージワークを駆使したダイナミックな演出などセルルック3DCGの発達で可能になったシーンの代表ではないでしょうか。見方を変えると3DCGの導入がアイドルアニメの量産を可能にしていると言えます。
CGを用いる場合はライブアクションと違い、事前の演出の制約が少なくなります。最初に設定したステージ上でキャラクターのパフォーマンスを作ったあとにカメラワークを設定できるからです。3D空間で自由にカメラを設定できますからダイナミックな演出から実際のライブハウスのような狭い空間を意識した演出も自在に設定できますし試行錯誤もしやすくなります。


アイドルアニメの中でも『ラブライブ』シリーズは絶大な人気を誇る作品ですが、華麗なステージシーンはCGを使いつつもいわゆる”CGぽさを”感じさせない素晴らしい表現で見応え充分です。
要所々々でキャラクターの表情や微妙な挙動はCGの上に作画を加えているそうですが、全く違和感を感じさせないので自分レベルではどこまでが作画でどこからかCGか判別も難しい完成度です。キャラクターの表情は線一本でがらりとかわってしまうため、表情を作画で補うのは理にかなっています。現在はフェイシャルキャプチャーの技術もありますがアイドルアニメのようなキャラクター性重視の作品では今の所描いたほうがより効果的と言えるでしょう。CG技術が進んだとはいえ未だ作画が用いられるのもこれが理由の一つです。


昨年放送された『シャインポスト』ではCGと作画のハイブリット表現が用いられています。この作品では初めにCGでライブシーンを構成、出来上がったCGを下絵に作画で描き起こすという手法を用いています。動きや位置関係などの整合性を取りつつも作画のダイナミズムが生きたアニメらしい勢いのあるライブシーンになっています。
ただし全てを作画で起こすのはTVアニメの枠組みで考えると現実的では無いのでロングショットやダンスのフォーメーションチェンジでキャラクターが奥側に回った部分ではセルルックCGを用いて省力化をはかっています。
絵に描き起こす作業は大変になりますが、その分、キャラクターの細やかな表情のニュアンスや感情、衣装や髪の揺れなどにアニメーションらしい豊かな表現が可能になります。
また演出やCGの段階には無い描き手のアドリブなども付加されます。本作でもダンス中にウインクしたりペロッと舌を出したりといった小技が見て取れます。
この作品では各キャラクターの技量差が物語の中で重要な要素になっており、ダンスのタイミングのズレやそれをカバーするメンバーの動きなど細かな表現がなされていますが、こういった点もハイブリッドならではと思います。
カメラワークに着目すると狭い会場の中に置かれたカメラで撮影されたかのような臨場感あるアングルが多用されています。『ラブライブ』のムービーのような大きく流れるように動くカメラワークとはかなり違っており、ここにも作品の方向性が伺えます。このようにシーンに合わせて最適なカメラ設定が可能なのがCGの強みの一つです。


同じく『シャインポスト』から別のライブシーンですが、こちらはバラードで歌唱中心となっており複数の方法で構成されています。歌唱が中心のためダンスはなく、振り付けを含めメインのカットは通常の作画で作られています。ただし口の動きや歌唱のニュアンスを合わせるために声優さんの歌の収録時に作画の参考としてビデオを撮影し、アニメーションに反映しています。またロングショットでは上のムービー同様セルルックCGを使用しています。同じ作品でも歌唱のシチュエーションに合わせて最適な手法を選択し組み合わせている例です。

ちなみにこのキャラクター(聖舞理王)役の夏吉ゆうこさんは歌うま声優として有名で、高い歌唱力を持っているという設定からこの役に抜擢されています。楽曲も作曲はMISIAEのEverythingを手掛けた松本俊明氏です。最近のアニソンは音楽制作にも力が入っているので音楽シーンに力が入るのも当然の流れなのかもしれません。


『ぼっち・ざ・ろっく!』は言わずもがなですが昨年大ヒットした音楽アニメです。劇中バンドの音楽自体もバカ売れしているそうですが、この作品もライブシーンが見せ場の一つでした。ライブシーン以外の日常シーンも作画が素晴らしく、一部で歩きのシーンもCG?みたいな発言も見かけましたが、それぐらいリアルな挙動が描かれている”作画アニメ”でもあります。ぼっちちゃんの歪んだ世界の認知表現もメタモルフォーゼで見せるアニメーションの真骨頂でした。
さてライブシーンですが、こちらもモーションキャプチャーで作られたCGから描き起こす手法で作られているようです。こちらはインタビューやTV番組でのスタッフの発言で示されています。
手順としてはまず音楽を制作し、その音楽をそれぞれの楽器の演奏ができるモーションアクターに練習してもらい、本番でモーションを取り込みます。その動きを元にCGを作り、それを下絵に作画で描き起こしているとのことでした。『シャインポスト』と同様の手法ですが流れる音楽と演者が違うというのも面白いところですね。演奏に合わせて演技するのはタイミング合わせが難しそうですし、ギターとなると指の動きもキャプチャーするので演技とはいえきっちり演奏する必要があり大変そうです。また劇中では初ライブでメンバーの息が合わずギクシャクする場面がありますが、ああいった下手に演じる難しさもあるでしょう。たとえ音と演技にある種のアンバランスな部分があってもそこは作画でまとめ上げることが可能になってくるところがこの手法の利点であると思います。


こちらは音楽ではないですがモーションキャプチャー+作画のよい例と思って上げてみた『阿波連さんははかれない』3話の特殊エンディングです。こちらもモーションキャプチャーで作ったCG映像を元に作画に描き起こしている例です。
先述しましたがライブアクションでもモーションキャプチャーでも絵に描き起こすとなると非常に高い技術が必要です。単純に写し取っただけではそれらしい画にはなってもアニメらしい魅力のある画と動きにはなりません。ライブアクションと違ってモーションキャプチャーの場合は3Dモデルでキャラクターの等身などもアニメーションに合った形にはなっていますが、それでも人の動きをいわゆる私達が思う”アニメーションらしい動き”に置き換えるというのは簡単ではありません。下絵があるから簡単そうという直感に反して非常に難しい作業です。
モーションキャプチャーはモーションアクターと呼ばれる専門の役者さんが行っています。普段は舞台やダンスなどで活躍されていたり元アイドルのアクターさんがいたりと多彩な方々がいらっしゃいます。
アニメーションやゲームなどメディアの違いによって諸々のノウハウがあるそうで、そのあたりもそのうち深堀りしたいところです。


ちょっとだけ書こうと思ったらいつの間にか6000字超えてたのでこのあたりにしておきます。実際に現場では大変な作業を強いられているでしょうし精査して書いたわけじゃないので、そのあたりはざっとの理解ということでご勘弁を。


最後にアニメーションで演奏といえば外せない『セロ弾きのゴーシュ』の予告を。宮沢賢治の童話を原作に高畑勲監督が映像化した作品です。この作品については一家言あるマニアが多いので紹介のみにとどめておきますが、今のような多くの技術が無かった時代に演奏シーンを描くことや現代において同じく演奏シーンを描く意味について考えるきっかけになればと思います。


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