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メタルとクラシック

1970年代から80年代にかけて興隆した “ヘヴィ・メタル(通称:メタル)”は、形を変えて、現在に至るまで幅広く人気です。ロックの中でも最も凶暴で激しく重いサウンドを響かせるイメージのあるこのジャンルですが、実はクラシック音楽の影響を色濃く受けています。
ということで、今回はメタルとクラシック音楽の接点をほんの一部紹介します。

イングヴェイ・マルムスティーン × パガニーニ

ヘヴィ・メタルのルーツをたどると、ハードロックに行き着きます。レッド・ツェッペリンやディープ・パープルなど、多くの伝説的なバンドがいますが、そこには、「激しい曲調」「曲の中にギターの技巧的なソロが入る」「シャウトするヴォーカル」など、メタルへと行き着く多くの特徴がすでに多くありました。メタルは、ハードロックのそうした特徴に、“クラシックの要素”が加わったものと言えます。例えば、バロック音楽で使う“反復進行”が多く使われるようになりましたし、ヴァイオリンのフレーズを思わせる技巧的な動きを加えたり、宗教的な世界観が加わったり(多くの場合が悪魔的ですが)します。
メタル界でギタリストの王者と呼ばれたイングウェイ・マルムスティーンも、「自分に影響を与えたのは、バッハとパガニーニだ」と語っており、パガニーニの《カプリース第24番》を参考に、自身のギターのテクニックを開発しました。パガニーニは「悪魔に魂を売って高い演奏技術を手に入れた」と言われていたエピソードが有名ですが、この世界観こそメタルの根底にあるものだと感じます。マルムスティーンがパガニーニを元に生み出した“悪魔的”テクニックは、後のメタル・ミュージシャンたちに多大な影響を与え、受け継がれていきました。

パガニーニ《カプリース第24番》

Rhapsody of Fire × ドヴォルザーク

メタルには、さらに細分化されたジャンルが多くあります。その中でも、最も直接的にクラシック音楽の影響が見て取れるのはシンフォニック・メタルでしょう。このジャンルは、サウンドとしてオーケストラや合唱を取り入れており、壮大なスケールでファンタジー物語のような世界観を描くのが主流となっています。多くの場合、ダブルベースドラム※を使い、非常に激しいリズムの刻みと、音域の高いヴォーカルを要し、超絶技巧的な音楽技術を見せつけます。
その代表的なバンドの一つ、イタリアのRhapsody of Fire(ラプソディ・オブ・ファイア)。普段から上記の特徴を持ち、いやでもクラシック音楽との関りを感じる彼らですが、中には実際にクラシック音楽を引用した作品もあります。《The Wizard's Last Rhymes》です。
この曲は、ドヴォルザークの《交響曲第9番「新世界より」》を軸としており、そこにオリジナル部分を入れ込んで、激しくも哀愁漂う曲に仕上げています。この《The Wizard's Last Rhymes》は、アルバム『Rain of a Thousand Flames』の最後の曲として収録されており、このアルバムすべてを通して、第1曲目から《新世界より》の断片のようなモチーフがちりばめられています。これは一度聴いただけでは気付きませんが、このアルバムを聴きとおし、最後の《The Wizard's Last Rhymes》で明確に《新世界より》が引用されたあと、もう一度最初から聞くと、このアルバム全体の《新世界より》へのオマージュに気付くことになります。

※ダブルベースドラム
ベースドラムが2つ用意されたドラムセットのこと。両足を使って細かいリズムを刻む。

ドヴォルザーク《交響曲第9番「新世界より」》

Angra & X JAPAN × シューベルト《交響曲第7番「未完成」》

シンフォニック・メタルの親戚のようなジャンル、パワー・メタルで伝説的な存在、Angra(アングラ)。そのデビューアルバム『Angels Cry』の冒頭を飾る《Unfinished Allegro》は、2曲目に現れるこのバンドを代表する名曲《Carry On》に繋がっています。《Carry On》の前奏曲といった感じですが、この《Unfinished Allegro》は、シューベルト《交響曲第7番「未完成」》の第1楽章、冒頭部分そのものとなっています。ライヴにおいても、彼らが《Carry On》を歌うときはこの《未完成》からつなげて演奏し、《未完成》を聴くと、ファンが歓喜するのです。

もう1曲、シューベルトの《未完成》と関りの深い1曲を挙げます。日本が誇るヴィジュアル系、パワー・メタルバンド、X JAPANの長大な1曲《ART OF LIFE》です。

この曲は、30分という長大な1曲の至る所にシューベルトの《未完成》のメロディ、モチーフがちりばめられています。メンバーで作曲者のYOSHIKIが初めて買ったレコードがこの《未完成》だったらしく、自画像的なこの大曲を書くにあたって、この曲を取り入れることを選んだようです。


Earth × ラ・モンテ・ヤング

これまでは、スピーディで超絶技巧的なメタルを紹介してきましたが、真逆の世界観もあります。ドゥーム・メタルは、メタルの中でも最も遅く、ダウナーなジャンルです。その中でも際立ったものに、ドローン・ドゥームと呼ばれるジャンルがあります。これは、もはやゆっくりを通り越して、徹頭徹尾、低音の持続音だけで作られた音楽です。
代表的なバンドには、Earth(アース)やSunn O)))(サンO))))がいます。Earthの1993年にリリースされたアルバム『Earth 2』を聴くと、その最たるものを感じることができます。このアルバムには3曲収録されていますが、1曲目《seven angels》と2曲目《teeth of lion rule the divine》には、まだかろうじてリフのような繰り返しを聴くことができますが、3曲目《like gold and faceted》になると、もはやこれはドローン(低音の持続音)でしかありません。
Sunn O)))も、この路線を引き継ぎ、ドローンのみのアルバムを多く出しています。「こんな変化のない音楽が面白いの?」と思われるかもしれませんが、持続音の中にも微細な変化や人間味のある揺れのようなものが感じられ、自然と心地よいのです。
こうした表現は、実験音楽の作曲家、ラ・モンテ・ヤングからヒントを得たと言います。ラ・モンテ・ヤングの多くの作品は、まさに同じ音の持続音をひたすら伸ばします。1964年に発表された《The Tortoise, His Dream and Journeys》などを聴くと、まさにEarthやSunn O)))そのものです。


Deathspell Omega × 瀧 廉太郎

最後に、ちょっとびっくりするような例をご紹介しましょう。もともと背徳的なイメージのあるメタルですが、その背徳感をさらに推し進めたブラック・メタル。ブラック・メタルは、反キリスト、悪魔崇拝などを前面に押し出したジャンルです。
フランスで結成されたDeathspell Omega(デススペル・オメガ)
は、サタンを形而上学的に取り扱っています。その3rdアルバム『Si Monumentum Requires, Circumspice』では、終始激しい音楽とグロテスクなデスヴォイスによるヴォーカルが、カルト臭を掻き立てます。このアルバムを聴き進めていくと、10曲目《Carnal Malefactor》で、急にロシア正教の聖歌のような、アカペラの男声合唱になります。その旋律をよく聴くと、なんと、我々が良く聴き親しんでいる、瀧 廉太郎の《荒城の月》じゃありませんか!まさかフランスのブラック・メタルのバンドのアルバムから、この旋律が聴けるとはびっくりです。調べてみると、この《荒城の月》、実際にベルギーの修道院で聖歌として取り入れられているそうです。それをさらにDeathspell Omegaが曲に取り入れたのでしょうか?この《荒城の月》が厳粛に歌われた後、急に激しくグロテスクなサウンドが戻ってくるので、再度びっくりします。

以上、見てきたように、メタルはそのサブジャンルに至るまで、クラシック音楽の影響を多く受けています。ここでご紹介したのはほんの一部ですが、メタルには他にも多くのサブジャンルが存在します。それぞれに表現の方法は違いますが、どのサブジャンルでも「並々ならぬ思いを表現したい」という精神は変わらないのです。その姿勢は、クラシックなどの芸術音楽とかなり似通ったものでしょう。メタルとクラシック、この2つの音楽は、その根底で精神的に繋がっていると感じています。

Text by 一色萌生

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