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【読書記録】最近読んだ小説の感想!-『麒麟』『八十八夜』など-

 今回の記事でも、最近読んだ(再読した)小説をご紹介させていただきます。しかし「紹介」というより「感想」に近いものですし、必ずしもオススメの小説を取り上げるわけではありません。それでも、皆様の「読書ライフ」の一助になりましたら幸いです。



● 谷崎潤一郎「麒麟」

(千葉俊二編『潤一郎ラビリンスⅠ-初期短編集-』中公文庫、1998年、23-45頁)

 本作の主人公はあの「孔子」です。伝道の旅にでた孔子は衛の国に立ち寄り、そこで霊公に君主としての心得を教えます。その結果、悪逆非道であった霊公は心を改めて、民のための政を営むようになります。

 しかし妻である南子夫人は、霊公に対してこのように言います。

「あなたは決して妾の言葉に逆うような、強い方ではありませぬ。(…)妾はあなたを直ちに孔子の掌から取り戻すことが出来ます。あなたの舌は、たった今立派な言を云った癖に、あなたの瞳は、もう恍惚と妾の顔に注がれて居るではありませんか。妾は総べての男の魂を奪う術を得て居ます。妾はやがて彼の孔丘と云う聖人をも、妾の捕虜にして見せましょう。」

谷崎潤一郎「麒麟」千葉俊二編『潤一郎ラビリンスⅠ-初期短編集-』中公文庫、1998年、37頁。ルビ削除。

 その後、南子夫人は孔子たち一行を面前に呼び出し、魅惑的な仕掛けを施して篭絡しにかかります。そして、ある衝撃的な光景を孔子たちに見せつけます。霊公に宣言した通りに、南子夫人は見事に「篭絡」を果たすのです。

 谷崎の紡ぐ絢爛な輝きを放つ文章は、作品の雰囲気を引き立てています。味の濃い食べ物を、ひたすら口にしているような感じです。しかし美しく上品でもあり、食傷することはありません。

 前回紹介させていただいた『刺青』と同じく、初期の谷崎作品の魅力が存分に現れた一篇だと思います。そして刺青師の清吉と同じような境地に、霊公もたどり着いてしまうのです。

● 芥川龍之介「一夕話」

(『芥川龍之介全集5』ちくま文庫、1987年、27-38頁)

「何しろこの頃は油断がならない。和田さえ芸者を知っているんだから。」

芥川龍之介「一夕話」『芥川龍之介全集5』ちくま文庫、1987年、27頁。ルビ削除。

 本作は登場人物たちの「語り」で、物語が進んでいく小説です。

 料亭に集まった旧友たちはみな、お酒に酔っています。そんな中、藤井という人物が、同席している和田と浅草公園に遊びに行ったときに、和田が芸者さんと親しく話しているところに立ち会ったという話をしはじめます。

 和田は芸者さんと遊ぶタイプの人間ではないと知っているからこそ、「油断がならない」と藤井は冷やかすのです。

 しかし和田はその芸者さんが、知り合いの若槻という男性が「世話」をしていた女性であることを明かします。そしてその知人のもとを離れて、彼とは対極の性格を持つ人物と駆け落ちをしたのだということも話します。

 そして和田は、浅草公園で藤井とメリーゴーランドに乗ったときのことを引き合いに出して、その駆け落ちについて、このように論じます。

さっき藤井がいったじゃないか? 我々は皆同じように、実生活の木馬に乗せられているから、時たま『幸福』にめぐり遭っても、摑まえない内にすれ違ってしまう。もし『幸福』を摑まえる気ならば、一思いに木馬を飛び下りるが好い。

芥川龍之介「一夕話」『芥川龍之介全集5』ちくま文庫、1987年、38頁。ルビ削除。

 この一件に対する、和田の考察が連ねられたあとの、その場にいた人々の反応も含めて、芥川の物事を見るときの「角度」を感じられる一篇です。

● 太宰治「八十八夜」

(『太宰治全集3』ちくま文庫、1988年、9-29頁)

 笠井一さんは、作家である。ひどく貧乏である。このごろ、ずいぶん努力して通俗小説を書いている。けれども、ちっとも、ゆたかにならない。くるしい。もがきあがいて、そのうちに、呆けてしまった。

太宰治「八十八夜」『太宰治全集3』ちくま文庫、1988年、9頁。ルビ削除。

 笠井さんは、電車に乗り込み諏訪へと向かいます。たらふくお金を使ってやろうというのです。

 一度、仕事のときに宿泊したことのある旅館へ行くと、身なりのせいなのかすげない扱いを受けてしまいます。しかしそこへ、笠井さんを覚えてくれていた女性が助け舟を渡してくれて、旅館の中でも指折りの部屋へ通してもらうことができました。

 嘔吐するまでお酒を飲んだ笠井さんでしたが、朝起きてみると、昨晩の記憶がよみがえり、その醜態にどこか後ろめたいものを感じてしまいます。

 そこで朝風呂へ行き悪い気分を払拭しようとします。部屋へ帰ると掃除をしている旅館の従業員の女性と鉢合わせをします。しかしそこで「ある事件」が起こり、笠井さんは早々に帰宅することを決めるのです。

 笠井さんは、旅行先で散財する予定だったのですが、帰るときには、お金はまだまだ残っていました。

 まっすぐに帰宅した。お金は、半分以上も、残っていた。要するに、いい旅行であった。

太宰治「八十八夜」『太宰治全集3』ちくま文庫、1988年、29頁。

 太宰らしい、悲劇のようで喜劇でもあるような作品です。暗く物悲しい境遇の人物の旅程からは、逆説的に、生命の強靭さが謳われているように感じるときもあります。不思議な小説です。

 辛いとき苦しいときにこそ、読み返したい一作だと思いました。


 読んだ小説の中から任意に選ぶのではなく、基本的に、通読した作品すべての感想を書くというスタンスで始めた「シリーズ」のため、オススメの作品ばかりを取り上げているわけではありません。

 それでも、本記事に登場した作家や作品に興味を持っていただけたとしたら、読書好きのわたしとしては嬉しい限りです。

 それでは、今回はここで擱筆させていただきます。

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