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戦時下で人を有効に使うには、まず個人登録ー生まれた時からも管理へ

 1937(昭和12)年の日中戦争開始から間もなく、日本では「国民精神総動員」というスローガンの下、国民を戦争に協力させるための態勢づくりが進められます。特に、翌1938(昭和13)年、国が必要とするならば、人もモノもなんでも自由に使えるようにするための「国家総動員法案」が成立し4月1日から施行され、太平洋戦争終結まで威力を発揮することになります。
 この法律は、議会で議決する法律と同様の効力を持つ「勅令」を、政府がいくらでも出せる内容のもので、次々と新たな勅令が発せられていきます。
 そしてそれ以外にも、さまざまな法で「人」を国が管理してすべてを戦争に向けるように仕掛けていきます。
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職業能力の申告を呼びかけるポスター

 まず、国家総動員法を受けて1939(昭和14)年1月に公布されたのが「国民職業能力申告令」で、職業能力の登録が図られました。上写真のようなポスターでの呼び掛けは登録開始の告知で、16歳以上50歳未満の男性に仕事や学歴の職業紹介所長への申告を義務付け「職業能力申告手帳」を発行しました。国はこれによって、どんな技能者がどこにどれぐらいいるか把握し、必要とあれば動員できるようにする下準備となりました。
 そして同年7月、今度は「国民徴用令」を同じく国家総動員法に基づいて施行し、国は厚生省で必要な人を必要な場所に徴用できるようになりました。

申告によって公布された職業能力申告手帳

 一方、中国との戦争が泥沼になり諸外国との関係も悪化する中、今度は別に「国民労務手帳法」が1941(昭和16)年3月に公布され「国民労務手帳」が登場します。

こちらも厚生省が発行した国民労務手帳

 徴用に役立てるとともに、軍需工場などから勝手に転職しないよう、新たに対象者に未婚女性まで含めていて、必要な労働者を縛る狙いがありました。2種類の手帳はいずれも目的が同じだったことから、デザインが似ており大きさも同じとし、発行済みの職業能力申告手帳は国民労務手帳とみなすとしています。この手帳がないと働けない為、労働者の勝手な引き抜きなどを抑える効果もあり、個人の能力や職業を国が把握して必要に応じて使った、国家による労働者管理の象徴となるものです。
 さらに太平洋戦争開戦を受け、そうした規制をより厳しくする労務調整令が施行されます。例えば重要産業で働く工員が家業に戻ることを防ぐといった、抜け道をなくし、これまでの登録により強制性を与えることになりました。


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 さらに、1944(昭和19)年には、食糧増産も喫緊の課題となってきたため、地域で中核として働く農家を基本的に地域で働き続けさせるための「農業要員指定」が行われました。

戦時農業要員指定令書。長期に地域を離れるには許可が必要に。

 ただ、労働者も農民も、徴兵の方が優先されていて、どこまで効果が上がったかは分かりません。
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 個人管理の関連で、体力手帳も紹介させていただきます。こちらは青年の健康状態を把握するため、1940(昭和15)年の国民体力法に基づき、徴兵前の青年に交付されました。体力測定や病気などの経歴を書き込むもので、特に当時の国民病として問題になっていた結核の予防、治療を狙っていて、ツベルクリン反応などの記録も兼ねました。

当初の体力手帳は薄い紙製

 そして、太平洋戦争突入後の1942(昭和17)年7月、厚生省令で妊産婦や乳児の健康状態を確認したり、必要な物資を配給したりするための「妊産婦手帳」が発行されるようになると、この手帳の中にある申請書で新生児の「体力手帳」が渡されるようになりました。生まれた時から健康管理をするという発想で、長く使うことから表紙が厚紙になりました。

妊産婦手帳(左)と新生児からの体力手帳

 戦時下でなければ、なかなか良い発送と思えますが、基本は国民の健康を初期から管理し、兵隊や生産に役立つ人間を一人でも多く確保する狙いでした。個人のためではなく、あくまで国家のための健康なのです。

 特に妊産婦手帳は戦後、母子健康手帳の母体となり、母子の健康管理をするうえで有効なシステムとして、海外でも役立てられるようになっていきます。しかし、当時の妊産婦手帳の目的は、やはり国家のために役立つ子供を育てること。手帳の最初にある「妊産婦の心得」には「立派な子を生み、お国につくしましょう」と明記してありました。

妊産婦の心得の一番は「御国に尽くすこと」

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 現代でも、さまざまな個人情報が国によって把握されようとしています。そうしたシステムが国の都合の良いように使われるのではなく、あくまで国民一人一人の生活や幸せのために役立ててほしいものです。

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