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「外交は機能しているのか」との91年前の問い掛けが、今にも通じる情けなさ

 長野県の地方紙「信濃毎日新聞」で戦前、主筆を担った石川県出身の桐生悠々(1873‐1941)が1933(昭和8)年8月8日の信濃毎日に書いた評論「強迫観念に脅かされつつある日本」を紹介します。

 この評論は、意外にもあまり注目されておらず、3日後の8月11日に書いた「関東防空大演習を嗤う」がはるかに知られていて、この評論をきっかけに県内の在郷軍人でつくる「信州郷軍同志会」が陸軍の後ろ盾もあって信濃毎日新聞に不買運動を用意して圧力をかけ、結局桐生が退社することになってしまいます。

 この年は満州事変が一応の集結を見ましたが、日本は国際連盟脱退を正式に通告して世界に背を向け独自の道を歩み始め、国内的には前年の5・15事件、この年の小林多喜二虐殺など、国家の暴力装置が全面に出てきているころでした。そして国民の気を引き締める狙いの関東防空演習開始前日の8日朝刊、こうした軍部万能の風潮を一部認めつつも、それが最善の道ではないことを説いたのが「強迫観念に脅かされつつある日本」でした。

 まずは、ご一読ください。漢字や送り仮名は適宜現代のものになおしました。著作権切れですので全文を転載させていただきますこと、「支那」という表現は歴史文書としてそのまま使っている以外に他意のないこと、ご了解ください。
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 評論・脅迫観念に脅かされつつある日本
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 伝えられるが如く、もしもアメリカにして、飛行機を、しかも、かかる多数の飛行機を支那兵に供給し、又支那をしてこれを作らしむべく援助するならば、日本は従来のように支那を蔑視し能はないのみならず、日支戦争の将来を予想して、大にこれに備えなければならない。満州問題が、しかく迅速に、又簡単に、特に熱河の掃討が、歴史上類を見ないほどに、疾風迅雷耳を覆うに辺あらしめなかったほどにかたついたのは、一に精鋭なる皇軍の功績に負うこと論を待たないけれども、一方に於いて、我に飛行機があって、彼に飛行機がなかったことにも基因する。もしも彼に少なくとも、我に劣らないほどの飛行機があったならば、日本は今日の如く、しかく安価に平和をむさぼることができなかったろう。
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 支那は、この欠点、この弱点を痛感したればこそ、宋子文の対外的活躍となり、欧米各刻から優秀なる兵器を購入するのみならず、アメリカの援助によって、日本のそれを凌駕する多数の飛行機製作に着手したのであろう。かくして、一旦小康を得たる日支の平和関係は、ここに再び、しかも最大級的に脅かされつつある。そして彼の飛行機が、動もすれば、我が都市に対して行うことあるべき空中爆撃の将来に想到するとき、私たちはむしろ戦慄措く能はざるものがある。これに備ふるべく、今よりして、この種のーロシア又はアメリカのそれさえもあり得るー空中爆撃の可能性に対して、都市民の防御演習を行い、一朝事あるの日に、狼狽の醜態なからしむるの必要あることは言ふまでもないけれども、未然にかかる事を、少なくとも、これに伴う空前的なる心理的緊張を避くることは、更に一層重要なることといはねばならない。
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 といふことは、軍事的、国防的に、これに備ふるよりも、未然に於いて、平和的に、外交的に、これを避けることが、更に一層重要だといふことである。然るに、我外交当局は、一切を軍隊にまかせきりであって、日支の平和関係を確立すべき、何等の行動を、何等の態度をすらも取ろうとはしない。彼らは唯一口に、今日はまだその時期ではない。支那にして悔ひ改めなければ、そして誠意を披瀝して、和を求むるにあらざれば、なまじい我より働きかけて、却って彼の為に足下を見すかされる所ありといひ、一にその時期の到来を待ちつつあるものの如くである。だが、そうした時機は、機会は、否、元来時機なるものは、独り手に到来するものではない。求めなければ来らない。叩かなければ、門は永久に閉ざされるだろう。
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 東洋の平和が、日支の握手によって初めて実現されることは、そして日支は同文同種の国であり、一切の点に於いて唇歯輔車の関係にあることは、二者共に、これを知り、これを痛感するところ、だが、叩かれた支那は、今心理上、硬化して、さうした感情の余裕はない。この点は、大に同情すべきである。だから、この際は、叩いたものが率先して、叩かれたものの頭を撫でなければならない順序である。頭を撫でて、そしてむしろ一旦は謝罪して、兄弟牆(かき)に鬩(せめ)ぐ(注・兄弟が家でけんかすること)の愚を説得し、外侮りを禦(ふせ)ぐの事業に協同しなければならない。さなきだに、こぢれつつある彼をこぢれるがままに看過して、却って炎の身に及ぶことを知らないのは、何といふ愚なことであろう。
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 強いばかりが、えらがるばかりが、男ではない。東洋に於ける、更に進んで世界に於ける皇国の使命、世界平和に関する皇国の精神を口にしながら、実際に於いては、さうした気ぶりは少しもなく、唯えらがっているばかりでは、そしてこれに対抗すべく、唯々軍備を拡張しているばかりでは、口に平和を唱へながら、侵略を事としていると疑われても、致し方はあるまい。外交上、平和関係を維持すべき何等の努力をも示さずして、軍備拡張をこれ事としているならば、さなきだに、我を知らない欧米各国が、直に我を以て侵略者と見做すのは、当然のことである。
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 日米戦争などは、利害関係上、私たちの夢にだも見能はない空想である。だが、戦争は利害を超越して起こる可能性を持つ。ロンドン条約に遵拠するだけとはいへ、我が急いで、我海軍を充実すれば、アメリカもまた急いで、彼の海軍を充実するのは当然である。しかも日米もし戦ふべくんば、今日を措いて好機はない、三年後には云々と、心なき放言を敢てする邦人、軍人、特に海軍軍人がある以上、これが為に、アメリカが少なくとも変な気を起こすだろうことも当然である。この行きがかりに伴ふ相互の緊張は動もすれば利害関係を超越して、日米戦争を将来する可能性を持つ。我みづから「悪魔包囲」の条件を作為して、これが為に、絶えず脅かされつつある漫画、それは今我無能なる外交をシムボライズするものでなくて何であろう。
(転載終了)
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 桐生悠々は、満州事変の発端となった柳条湖事件は中国側の仕業と信じ、満州は日本のふるさとであり、一体となるのは当然という考えを持っていて、満州国建国にもそれが満州の人のためになると賛成の立場でした。
 一方、中国と争うことは絶対に避けねば他者に付け入れられるということ、そしてそのためには、優位にある日本から頭を下げなければならないと、明確に指摘しています。が、結局「えらがっているばかり」でした。
 この結果、日本軍は中国への浸透を繰り返し、この評論からおよそ4年後に全面戦争に。軍隊まかせの外交無策でこの日中戦争が泥沼化し、戦争継続のための仏印進駐で「我みづから『悪魔包囲』の条件を作為して、これが為に、絶えず脅かされつつある漫画」=ABCD包囲陣=を現実にしてしまいます。
 そして桐生悠々が喝破した「利害を超越して起こる可能性」のあった日米戦争も現実化していくのです。
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 今日の日本は、この桐生悠々の言葉に、胸を張って心配ないと返せるのか。軍備にきゅうきゅうとし、外交官は何かのご褒美のような人事。歴史から学べなければ、同じ轍を踏むのではないのかと思うのです。

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