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“お店の公募”始まってます。下北沢駅南西口、商業店舗のテナント「公募」で目指す、新しい街の形とは。


下北沢駅南西口改札の目の前の工事も動き始め、駅から「ボーナストラック」や「仁慈保幼園」、話題の温泉旅館「由縁別邸 代田」へと続く場所に計画されている商業店舗のテナント募集が始まりました。ただ、今回の募集はちょっと異例。このエリアに入居したい事業者を広く「公募」することになったのです。

なぜ、このお店の公募」というプロジェクトを始めることになったのか。そこにはどんな狙いがあり、どんな事業者に入居してほしいと考えているのか。そんなプロジェクトの背景について、小田急電鉄の向井隆昭さん、そして、今回の公募エリア近くで「ボーナストラック」を運営する散歩社の小野裕之さんと内沼晋太郎さんに伺いました。

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左から、小田急電鉄 向井さん、散歩社 小野さん、内沼さん


どこにでもあるラインナップにしないための挑戦


――今回、下北沢駅南西口側のテナントについて、入居を希望する事業者を「公募」することになった経緯を教えてください。

向井:新しく出来る路面店の商業店舗に関しては、公募だけでなく、通常のテナントリーシング(テナント誘致の営業活動)も行っています。ただ、事業者さんにお声がけをしてみると、「うちは下北沢には合わない」と、下北沢に対するイメージが少し前の状態からアップデートされていない方が多かった。下北線路街の開発から始まった「昔ながらのいい部分を残し、引き出しながら新しい街を目指していく」という変化や「街に住む方々が日常的に利用できる空間を目指す」という方針が、私たちの思っていたより伝わっていなかったんです。

その現実を受け止めるとともに、こちらから街の変化を発信していく必要があると思いました。従来のテナントリーシングは、情報が閉ざされた中で、デベロッパーが各自で事業者さんにお声がけしていました。しかし、それだけではいままでと何も変わらないかもしれない。

そう考えて散歩社さんに相談したところ、ボーナストラックでも行ったお店を公募するというやり方が面白いのではないかというお話になりました。下北線路街は「みんなでつくっていく街」というコンセプトを掲げていますから、公募は、それを体現するいい機会にもなる。そこで南西口でもチャレンジしてみることになったのです。

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図の右上端、下北沢駅から出てすぐ、赤字のエリアが今回の募集区画


小野:向井さんがおっしゃるように、従来のテナントリーシングは内々で話を進めるのが当たり前でした。そうすることで「実はこんなお店が入ります」と発表したときに、街の人に驚いてもらおうとしていたわけです。

しかし、いまは出店する側も出店してもらう側も、「家賃を払えるかどうか」が大きな要素になりすぎました。特に駅前なんて立地だと、そもそも出店できる事業者が限られてしまっています。そんな現状で秘密裏にテナントリーシングを進めても、街の人に驚いてもらえるようなラインナップにはならないんですね。

――収益性だけを追求すると、どこの駅前にも似た店舗が並んでしまう、と。

小野:そうです。かといって、こちらからお声がけするだけだと、僕らの想定できる範囲に収まってしまう。ボーナストラックのテナントを公募した際、それを実感しました。集まった応募を見たときに、「こんな人たちにも興味を持ってもらえるんだ」という発見があったんです。

そういう経験があったので、駅前のテナントリーシングも秘密裏に進めるのではなく、自分たちから「こういう事業者に入ってきてほしい」とオープンにしてしまおうと。そのくらいやらないと定番のラインナップから抜け出せないのではないかと思い、向井さんに提案させていただきました。

――実際、商業施設の店舗ラインナップが似てしまうことへの危機感は、デベロッパー側にもあったのでしょうか?

向井:ここ最近増えてきていますね。「公募」と銘打ったケースは少ないですが、例えばJRさんが手掛ける西日暮里スクランブルでは、コンセプトに共感してくれる事業者の募集をされていました。ありきたりのラインナップではなく、街の人々の日常に寄り添うような店舗を求めていると。今後もこの流れは広まっていくと思います。

実は客単価の高いエリアという実態


――最初に「うちは下北沢には合わない」と感じている事業者が意外と多いというお話がありましたが、それは下北沢のどういうところが「合わない」と思われがちなのでしょう?

内沼:ベタなところで言うと、「若者とサブカルの街」というイメージですね。つまり、多くの事業者からは「高くていいもの」や「大人向けのもの」は成功しないと思われています。でも、これは必ずしも正しくありません。

僕は下北沢で「B&B」という本屋を8年間やってきましたが、実は下北沢には若者向けだけじゃない面もあり、大人向けのお店もちゃんと成り立っていたりします。かなり住民の幅が広い街なんです。

特に南西口からボーナストラックへと続くエリアは、代田のほうに歩いていけば行くほど、下北沢の中心街とはかなり違った雰囲気があります。実際、B&Bは東口方面からボーナストラックに移転してきましたが、徒歩10分もかからない距離なのに、客層がまったく違っています。いまはわりと硬めで骨太な本や、ファミリー層向けの本が売れるようになってきました。

その意味でも、今回公募する南西口のエリアは、代田で暮らす人々の通り道でもあるので、下北沢の中心街に比べると、大人の生活者が多くいる場所だと思います。

小野:僕もボーナストラックで「発酵デパートメント」という発酵食品専門の店舗を運営していますが、1000円以上する調味料などがけっこう売れていて、客単価も小売りで4000円くらいあります。値札を見ずに買っていくお客さんが多い印象ですね。

ただ、それはオーセンティックなお金持ちというより、「ちょっと高くてもいいものを買いたい」という人が多いのだと思います。みなさん、「これとこれの違いは何?」と熱心に質問してくれるんですよ。そのうえで納得したら買ってくれる

――「理由があるものを買いたい」というニーズがあるわけですね。

小野:はい。こういう人々はいままで「下北沢の住民」という文脈で語られていなかった層です。おそらく、以前は渋谷とか新宿で買い物をされていたんでしょう。でも、ボーナストラックができ、徒歩圏内に個性的な店が集まったことで、ふらっと買い物に来てくださるようになった。

ボーナストラックのテナントリーシングをやった際、あるファッションブランドさんから、「下北沢だと客単価が足りないから難しい」と断られたことがありました。しかし、いざボーナストラックが始まったら、僕らが思ったよりも単価が高く、しかもお店のこだわりをちゃんと受け止めてくれるお客さんが多いと分かりました。

これはポジティブな驚きでしたし、未だに下北沢を「若者とサブカルの街」だと思っている事業者さんに伝えたいポイントです。

内沼:こだわりが強い人々が多いエリアですよね。そういう客層だからこそ、どこにでもある業態の店舗を出したら反響がないだろうとも思います。

――それを踏まえると、事業者にとって今回の公募エリアは、他の地域では躊躇するような、実験的な業態を試す場所としても適していると言えそうです。

内沼:まさしくそう思います。このエリアはマスをそれほど意識しなくても、尖ったコンセプトに振り切ったものが意外と成り立つんですよね。ボーナストラックも「個人がほかの地域ではできないチャレンジを応援する」ための場所です。南西口はもう少し規模が大きいので、法人として展開している会社が主な対象になりますが、基本的なスタンスは変わりません。


入居者に求めるのは事業規模より街づくりへの姿勢


――では、今回の公募で求める事業者の条件とは?

向井:小田急電鉄としては、「こんな業態、業種に入ってほしい」というより、事業者さんの姿勢や心構えを何より大切にしていきたいと考えています。それは下北沢という街をどう捉えているか、どんな影響を与えられるか、ゼロベースで考えられる人であり、企業さんです。

その街にどんなお店があったらよいかを考えることは本来、街づくりを考えるのと同義だと思います。ここにどんな店を出したら、街の人は喜んでくれるか。そういうスタンスで考えることができる事業者さんに、ぜひ応募していただきたいですね。

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募集エリアの完成イメージ。募集の詳細はお店の公募のサイトにて。


内沼:この記事を応募を検討している方に向けたものだとすると、テナントリーシングは「結局、家賃ですよね」という話になりがちです。でも、そこだけを見ているわけではないですよ、とは言っておきたいです。

――小田急電鉄としても、資金的にギリギリかもしれないけど、ここでチャレンジしてみたいという事業者が相談に来ることは歓迎する?

向井:会社の規模は関係ないと思っています。もちろん、入居いただくうえでの最低ラインはありますが、そこを担保できるというご提案をいただけるのであれば大丈夫です。

内沼:反対に、資金的な余力はあるけど、尖ったアイデアはそんなにないという企業に応募してきてもらっても面白いですよね。ボーナストラックの各店舗のように、規模は大きくなくてもアイデアならたくさんある、という事業者と掛け合わせることで、ここにしかないユニークな店舗を構想できると思います。

――それはボーナストラックや下北線路街のみなさんが、コンサルティングをしてくれるということでしょうか?

内沼:コンサルというより、応募していただいたラインナップを見たときに、僕らも新しい街のイメージが湧いてくると思うんです。そこで例えば、「この事業者さんとコラボレートすると面白いんじゃないですか」とか「ひょっとしたらこういうこともできませんか」といった提案をさせてもらいたいと考えています。

というのも、ボーナストラックの入居者という立場としても、南西口は僕らの店舗につながる入り口になります。そこにどんな店舗が入るのかは重要ですし、真面目に考えていきたい。だから、従来の発想に囚われないさまざまな可能性のタネを撒いて、僕らも思いつかなかったようなことを一緒に実現していければと思っています。


事業者同士が協力して新しい業態を生み出す


――事業者からの提案を待っているだけでなく、さまざまな掛け算で魅力的なエリアを作り上げようとしているわけですね。

小野:これは公募をすることに決めたいちばんのきっかけなのですが、駅ビルなど全国に100店舗以上を展開する飲食業の大手ブランドさんから聞いたことがあるんです。新型コロナウィルスの影響もあり、リアル店舗には「なぜここに、これを?」という存在意義が厳しく問われるようになってきました。そのため、いまは人通りが多いだけでは出店の決め手にならないそうなんです。

一方、下北沢のように文化の発信と消費が同時に行われる街は珍しい。そういう街に、そこにしかない店舗を出すことには可能性を感じると。例えば、アートを展示するスペースを作り、そこに飲食を出すといった掛け算の店舗です。ただ、これは大手でも1社だけでやり切れることではありません。

だからこそ、いまの商業施設には、いろんな事業者が会社の規模を超えて協力し合い、新しい挑戦をかたちにすることが必要とされています。下北沢はそういうチャレンジができる街であり、僕らはそのサポートをしていきたいのです。これは「なぜ散歩社がボーナストラック以外のテナントリーシングにそこまで関わるのか」という疑問への解答でもあります。

向井:個人的に「散歩したくなる街ってどういうところだろう」と考えています。新型コロナウィルスによるテレワークの浸透により、多くの方が自宅付近で過ごす時間が増えています。その時間が豊かかどうかは、暮らしの中ではとても大切な要素になると考えています。そこで大事なことは、小さなことでもいいので日々新しい発見があるかどうか。その空間が、何かを伝えようとしていて、何か考えされられるようなことがあると、受け手側も街に興味を持つキッカケになると思っています。いまはボーナストラックがその役割を果たしていますが、南西口の路面店とその取り巻く空間もそうなっていったら、もっと面白くなると思います。

単に道がつながるだけでなく、事業者間でも連続性が生まれてくると、南西口から代田までがひとつの商店街のようになる。そうすることで夏は一緒にお祭りをしようとか、そういう動きが自然発生的に生まれることを期待したいですね。

――つまり、今回の公募はただ駅前のスペースを埋めるためのものではない、と。

向井:公募のプロジェクトは単発では終わらせたくないと思っています。ボーナストラックには個人店のチャレンジを応援する「お店の学校」というスクール事業もありますが、この「お店の学校」と「お店の公募」を連動させることで、まちづくりの大きな要素を果たす「お店」の意義について、下北沢から発信していくというストーリーも面白いと思います。

ゆくゆくは下北線路街に限らず、下北沢の街全体に公募のプラットフォームを広げていきたい。なかなかテナントが決まらないビルや、街なかの空き店舗の募集のお手伝いをできたら、下北沢はもっと魅力的な街になります。今回の募集は、その第一歩にしていきたいと思っています。


「お店の公募」ウェブサイトはこちら
https://omisenokoubo.com/



取材・文/小山田裕哉 編集/木村俊介(散歩社)

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