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【読書感想話】「山の霊異記 赤いヤッケの男」


 山×山野草×怪談×鉄道の話があるって、どうして早く教えてくれなかったんですか?

 めちゃめちゃ私が好きなやつだった。早く言ってよ。好きなもの×好きなものの集合体みたいになってる。誰も教えてくんないから、ずっと積んでたよ。

 読んでいて一番好きな話「急行アルプス」

 この1本を読むためだけに読み始めてもいいと思う。
 他の話もめちゃめちゃ、うわ嫌ダァになれておすすめです。

 「カラビナ」「ゾンデ」「猿ぼぼ」好き。
登山趣味人達の話なのだなという情報以外は入れずに読むことをお勧めします!

どのお話もああ、この話の顛末がまあ大体わかるよ……というタイミングで粟立つ、良質な怪談奇談の数々。
 誇張はあるかもしれないが、嘘を敢えてつく人があまり居なさそうだなと思う登山趣味人たちが体験した、もしくは語り継がれた噂話には生々しさはないのに、リアリティがどこか宿っている。
 判断をひとつ誤ったら直ぐ隣に死があるという命の駆け引きも相乗されて読んでいて緊張がある。そして描かれる自然で緩んで心地いい。

 私は中学生時代の林間学校で無理やり登らされた低登山ハイキングぐらいしか経験がなくて、それすら途中で断念した身なので本格的な登山に挑戦した事は勿論無いし、登ろうと思う人の気が知れん……と常々思うわけですが、登山を好む人物像には心惹かれるものがあります。
 個の時間を愛し自然の豊かさに敬意を持ちつつ、その瞬間の人々同士のコミュニケーションも大切にする。
 そういう人でないとこなせない行程だと思うので。人のできが違いすぎるな……と思ってしまう。
 山にポイ捨てする人とかはここに含まれてませんが。

 昔、2ちゃんねるで読んでいた山怪話と繋がる様な世界観がぽつりぽつりと出現する。
 怖い話ってぇのは、こういうのでいーんだよ!を味わえる名本だと思う。

 口語体が多いのも、読みやすくて掲示板のあの雰囲気が感じられるし、何だろうこれは、懐かしい……懐かしいが一番近い感情かもしれない。

 懐かしさで一つ思い出した事があるのでいれとこうと思う。

 祖父の話だ。

 川釣りが趣味で、休みになる度に山へ出かけては釣りをしていた。
 私と妹は小学低学年の頃、そんな祖父と祖母に着いていっては休みの日がな一日を山や川、今でいうキャンプサイトを併設した自然公園などで遊んで過ごしていた。

 そんなある日、暑さもピークの晴れた日だった。

 浅瀬の川には中洲のような場所があり、その中でBBQを楽しむ家族連れの人たちがいた。
 祖父は少し離れた岩場で魚を釣っており、私はその様子が見渡せる川岸で妹と石をひっくり返したりして過ごしていた。

 少し経ち、祖父が釣りを切り上げてこちらに戻ってくる。

「風が変わったから、今日はもう終いだ。上で雨が降る」

 私も妹も、祖母もどうみても良い天気なのに?と不思議に思った。
 風が変わったというが全くわからなかった。

 祖父が急に動き出した時はまだ全くの無風だったように思う。

「アンタたちも上がんなさい!もう直ぐ増水するから!」

 祖父はBBQを楽しむ親子連れの団体にも声をかけに行った。向こうも困惑してるのが、子供心に分かった。いきなり知らないジジイに呼びかけられたらそら吃驚すると思う。

 でも全然引かないジジイの様子に本当なのか?という様子でいそいそと片付けを始めた。

 そうこうしているうちに本当にうっすらと山の上が曇り始め、冷たい風が感じられるようになった。雨が降り出し気温が下がる。

 BBQ団体が中洲から移動して5分も経たないうちにすごい勢いで水が流れてきた。あっという間にさっきまで人が立っていた位置は濁流の底に沈んだ。
 少しでも祖父が話しかけるのが遅れていたら……祖父の言葉を気にせず退避が遅れていたらあの人達は……とゾッとした。

 私たちが遊んでいた川原も、その後すぐ濁流に飲まれた。さっきまでそこにいたのに……と血の気が引き、ただ茫然と鉄砲水を眺めたのを覚えている。

 本当に上流で大量の雨が降ったようで、まあまあなサイズの倒木なども流れてくる。あっという間に違う景色となり、肌寒さも重なって川は怖いという思い出となっている。

 祖父に何で分かったのと聞いても、よくある事だから楽しくても続けたくても風や魚の動きが変わったらその場は上がるものだ。というようなこと言っていた。

 これは心霊体験とかでは全くないが、経験値からくるフィールドの読み方で人の命をしれっと助けている祖父が格好いいなと思った思い出である。
 登山者も私の中では祖父のイメージが重なる。
 こういう人は当たり前にそういうことをしているので、自分から武勇伝で語ったりしないのだ。

 ちなみに私は雨を読む力は全く無いので、天気予報を疑いつつも出かけ前に洗濯物を干して俄雨に毎回やられている。悔しい。

 
 山にまつわる怪奇談はそんな自然の掟で生きるためのtipsのような部分から延長線上にあるお話のように思う。

 創作ホラーの生々しい味付けに飽きちゃったら味わいたい、こういう身のそばにありそうでない、ある出会しと自然の事にもう少し目を向けてみたいと思う物語。

 ひと由来の怪談は結末がどうであれ何となくやるせない寂しさが全体を包んでいるようなのがとてもいい。出てくる幽霊は「見つけてほしい」という純粋な感情で生者に接触してくるので、真実に辿りつくまで山での会話やふとしたやりとりがすれ違うように重なって物悲しさを募らせる。

 たぶん人ではない「何か」が由来のお話は、それがそもそも怪談かどうかも正直わからない様な、まさに見えない力が合体して働いているような読み心地になってすごくいい。妖怪じゃんねぇ。それって。
 こうなってくるとキャラクターのような愛おしさと畏怖が話全体に漂ってくるので不思議だ。

 どちらも、袖触り合うも……な好みの奇譚です。

 何となく読むとすかっとする気がする。自分で登ってないのにひと山越えた気がしてくる。単純なので、こう考える人が山を登るんだなぁと思うと何となくその人目線の景色も見てえくる。

 実際の登山体験が多いから、季節感、天候、時間帯など、寄り添える情報が練り込まれていて読んでいくとサイコロの展開図みたいに場面が広がる様子が楽しい。
 経験者のフィールドが見える。人生がみえる。

 実際歩いてみたら情報量がとてつもなくてもっと、ずっとぐっと楽しくなるに違いない!
 まあ冷静になって現状の体力を考えると厳し……とも思ってしまいます。
インドアコミュ力無には難しいんだよな。
これができていたら、そもそも迷わず山にも分け入る筈なので。

 まずはストレッチからだな。ラジオ体操を全力でやりきるところから頑張ります。いつか山も登ってみたいわね〜!

 これで実際山登りやってみたら、ガチで言葉そのままの聖地巡礼なんじゃない?と思うオタクであった。

 続巻も読みたいな。 


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