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小澤メモ|SENTIMENTAL JOURNEYMAN|おっさんの旅。

13 おっさんの旅  辺境編 釧路湿原。

ターミナル、釧路駅。
たんちょう釧路空港から羽田へ戻るのは、夜の便だった。厚岸を出て釧路までやってきたオッサンたち。とりあえず、ターミナルを見ておきたいと思い、(勝手にそう呼んでいる)道東の玄関口、釧路駅に向かった。道東の辺境の終着駅、根室駅も雰囲気あったけれど、釧路駅もまた名もなき人々の数々の物語がしみこんでいる気がした。「長距離列車が着くターミナル~♪」。こういう駅に来ると、いつも口ずさんでしまう曲、1995年のゲイシャガールズ『少年』。人目もはばからずに根室駅でも口ずさんでいたが、他のオッサン2人は、こちらのネイティブ音痴が奏でる鼻歌の原曲をイメージできていないと思う。ほっといてくれるのが、いつも優しい。しかし、尼崎から出てきたダウンタウンが歌う『少年』は、ノスタリジアでとても青くて夏っぽい、良い歌だなと思う。北九州の終着駅、夏の門司港駅のホームなんかで聴いたときは、泣きそうになったものだった。

桜木紫乃さんシリーズ。
釧路駅構内にあるベーカリー、レフボンに入った。テレビで取り上げられた勝手丼で有名な釧路和商市場の近くにあったが、ターミナルのコーヒーとパンの方が好みだった。コーヒーを飲みながら思い出す。ここは、桜木紫乃さんの作品に出てきたお店なんじゃないかと。『ラブレス』だったか『硝子の葦』だったか。どこにでもあるようなフランチャイズ系のベーカリーだけれど、ターミナルがあって、しかも小説の断片になっている。それだけでコーヒーの味が濃くなるから不思議だ。それで、オッサン3人は、桜木紫乃さんの『凍原』について、少し話した。釧路湿原が重要な舞台のひとつになっている。それで、空港に行く前に寄り道しようということになった。釧路湿原は、日本最大の湿原。高台からの眺望は広大で美しい。そして、小説にも出てくるけれど、谷地眼(やちまなこ)という底なし穴がいたるところに口を開けている。

釧路湿原。
厚岸の湿原を花咲線の列車が突っ切るように、広大な釧路湿原を割るようにして、蛇行する釧路川とJR釧網本線が走っている。釧路駅と網走駅を結ぶ列車だ。雪残る3月下旬でも白と青のコントラストが素敵だから、原色に溢れる短い夏はさらにすごいに違いない。そして、『凍原』にも書かれているように、とても美しい自然は同時に危険もはらんでいる。それは、海や山にも同じことがいえる。自然の驚異は、人間にとっては脅威と表裏一体なのだ。自然には非はまったくない。オッサンたち人間が自然の楽園にとってイリーガルなだけだ。釧路湿原に派生する植物や、それを食べるタンチョウやエゾシカ、キツネにとっては、湿原の泥炭は重要な栄養素になっている。しかし、それは人間にとってのブラックホール谷地眼(やちまなこ)を作り出す。ズボンと落ちたら最後、底なし沼のように体は沈んでいってしまう。そして、恐ろしいのは、水中の栄養価の高い冷たい冷たい水で、気絶してしまうこと。そうなれば、浮かび上がることはもうない(当然、そういう場所には立ち入り禁止になっている)。ダイナミックな湿原とその眼下にひそむ谷地眼。この心理的コントラストにゾクゾクした。13
(写真は釧路湿原といえばの細岡展望台からの眺望/2019年)

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