見出し画像

小澤メモ|SENTIMENTAL JOURNEYMAN|おっさんの旅。

3 おっさんの旅  辺境編 流氷。

モノクロームの写真。
おぼろげな記憶を頼りに書いていく。それは中学2年生のときのこと。季節は春、4月だった。新入生歓迎式も無事に終わって、新学年がスタートして、初めての授業だった。真新しい国語の教科書についての思い出話。文章の細かい内容は忘れてしまったけれども、北海道までやってきた流氷の1枚の写真のことは、よく覚えている。というか、まったく色あせることなく30年以上経った今でも頭の中にある。教科書に掲載されていた写真はモノクロームだったから、色あせるようなものでもないけれど。その写真に対する文章を書いたのが畑正憲さんだった。(へえ、畑正憲という人が書いたんだあ)と思っていたところに、誰かが「ムツゴロウさんだ」って言った。

いつか行ってみようと。
当時、大人気テレビ番組『ムツゴロウとゆかいな仲間たち』のムツゴロウさん。(へえ、ムツゴロウさんて動物のことだけじゃないんだあ)と妙に感心して、教科書に載ったそのモノクロームの流氷の写真と文章を読み直したのだった。先生が何を話して(教えて)いたのかまったく覚えていない。そっちのけで、まだ見ぬ流氷や北海道という大地のことを思って、しばらく空想力学していた。残念ながら、どんな内容の文章だったか忘れてしまった。大事に取っていた教科書たち(中学校3年間の教科書とノートと日記はなぜかずっと取っておこうと思って実家に保管していた)を見返そうと思ったこともあった。しかし、帰省したあるとき、あるはずの場所になかった。あるはずだったから、いつか見返そうと思ってそのままにしていたのに、なかった。なぜか。母親は言った。「あんなもの要るの? 邪魔だから捨てたわよ」。

ほんとにいつか行ってみようと。
その日から、(母親には打ち明けていないが)彼女との見えない壁、ATフィールドが張られたままだ。とにかく。新学期の国語の教科書に寄稿された畑正憲さんの文章は、おぼろげな記憶の中にある、手に掴んで引っ張り出すことはできない宝の地図のようなものになった。畑正憲さんは、オホーツクのもっと先の方から流氷はやってくると言っていた。ちょっとずつ形を小さくしながら、海に漂って旅してくると言っていた。時々、流氷の上にシロクマが乗ってやってくることもある。そして、北海道の海に流氷がやってくるのを見届けると、厳しい冬を通り抜けていよいよ春がやってくるのを実感するのだと言った。咲き誇った桜が散り、ポカポカとした陽気に心地よく居眠りをかます中学生だったこのオッサン。そんなときに、まだまだ雪が残る冷たい北海道で、流氷を見て春を感じる人々がいる。畑正憲さんやその他名も知らぬオッサンがいる。いつかその流氷を見て見たい。あのとき、なぜかそう思った。理由はなかった。しいていうならば、モノクロームだったその春を告げる流氷を、この目でフルカラーで見てみたいということだった。そうして、3人のオッサン旅は、羅臼から知床と流氷と並走したのだった。3
(写真は羅臼のフルカラーな流氷/2019)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?