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JAZZの誕生ついて。

お洒落なカフェやバーで聞くようなJAZZはいったいいつ、どのようにして誕生したのでしょうか?
今回は日常に何げなく溶け込んでいるJAZZの誕生について書いていきたいと思います。

奴隷制と「ブルース」JAZZの基盤①

ジャズの基盤となる音楽の一つは1890年代〜20世紀初頭にかけてアメリカの南部地域を舞台に、黒人たちの手で作り上げられたものです。

アメリカといえば、黒人を奴隷としてアフリカから連れてきて開拓をさせたというのは有名な話です。
その奴隷を沢山受け入れたのが農業で盛んだったアメリカ南部の地域になります。

農場の規模が大きくなると奴隷もその分増やす必要が当然出てきます。
それに伴い奴隷用の小屋というものが作られるようになりました。
小屋は白人が住む母屋から離れたところに作られました。
その結果、白人の監視がない小屋で自由を手に入れた奴隷たちはお互いに交流し、奴隷文化というものを作り上げていきました。
これがアフリカから離れたアメリカで黒人文化が生まれるきっかけになり、この黒人文化の中で初めて誕生した音楽がのちの「ブルース」と呼ばれる音楽ジャンルになります。
この音楽がジャズの基盤の1つ目です。

奴隷制と「ラグタイム」JAZZの基盤②

奴隷といえども必ずしも厳重な監視下に置かれていたわけではなく、いわゆる自由奴隷や逃亡に成功した奴隷達もいました。
そう言った自由を手にした奴隷達は19世紀に入り、奴隷制が次第に緩むにつれて南部の都市へ集まるようになりました。
彼らは現代でのストリートミュージシャンのような活動をしていました。
そのストリートミュージシャン達を見た白人移民がパリで学んだピアノの記憶を元に「バンジョー」という曲を作曲しました。
📝バンジョーとはアフリカ大陸の黒人達が使用していた楽器を元にした弦楽器のことです!

その後、「バンジョー」のリズムや雰囲気を引き継いだスコット・ジョプリンがクラシック音楽と黒人特有のリズム感覚を結びつけるように追求した結果「ラグタイム」と呼ばれる新しいピアノスタイルが生まれたのです。
この新しいスタイルがJAZZの基盤の2つ目です。

奴隷解放と「ジャズ」の誕生

その後、19世紀半ばになると奴隷という安い労働者を独占する南部に対しての不満が北部から溢れてき始めました。
そして1861年、南北戦争が起こります。
戦いの結果は南部軍が敗北となり、奴隷達は解放されることになりました。

全米1位の奴隷市場があった南部の都市ニューオーリンズでは、仕事を失った元奴隷達が働く場所を求めて溢れて質屋には捨てられた南部の軍楽隊が使っていた洋楽器が安く、大量に並べられることになりました。

結果的に、黒人達と洋楽器が出会うことになり黒人が洋楽器を持ち街をパレードして歩くという行進スタイルのJAZZが誕生しました。
JAZZが思いのほかカジュアルなものであるのは現代の人からしてみれば驚きですよね。

まとめ

まとめとしてはJAZZの誕生には黒人が持つ独自の文化やリズム感覚、そしてそれらと白人文化である洋楽器との出会いが現代にまで続くJAZZの誕生には必要不可欠であったということです。
そう考えると奴隷制度は倫理観として良くないというのは当たり前ですが、良くも悪くも与えた影響はとても大きいと感じます。

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