浅いスープが食べたい（小説）

向井雄平はラーメン屋に入った。大学の近くの、家系ラーメンだった。とはいえ、そこまでガッツリと言った感じではない、入りやすい感じのお店だ。理学部の運動嫌いな彼でも入れるくらいの店だった。

　彼はそこの王道ラーメンが好きだった。豚骨が美味しいのである。あとはチャーシューが分厚い。彼は、見た目と性格の割にガッツリ系が好きなので、分量にも感謝していた。彼はラーメン店に入るなり注文した。

「王道ラーメン浅め硬め普通で」

「はいよ」

　紺の服でタオルを頭に巻いた店員が彼に答えた。彼はスマホを見ながら完成を待った。彼の頭の中は、ラーメンの事で一杯だった。今日の店員は初めて見る。なのでいつもよりは可能性が高い。しかし聞き返して来なかった事を考えるとどうか……。

「お待ちどう」

　彼がぼんやりと耽っている間に、ラーメンは完成していた。そのスープの量は、果たして、決して浅くなく、普通だった。味は。あっさり目だ。

　今日も駄目だったか、と彼は少しがっかりする。でももう馴れた事だ。彼は浅めという注文を必ずしているのだが、必ずあっさり目のスープが届けられる。

　彼は、スープの量の少ない、麺をよく味わえるラーメンが好きだ。しかし、直接店員にそれを言うと怒られそうで怖いから、注文に自然な流れで浅めを組み込んでいるのである。でも誰も気付かない。店員は浅めをあっさり目と処理して、あっさりラーメンを作るのだ。

　最後も駄目だったかと、彼は残念に思った。卒業だった。桜は咲き誇っていた。二度とこの注文をする事はないのだと思うと、彼はある種の感慨を覚えた。とはいえ、その感慨は比較的浅めのものだった。