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私的推薦盤~あんべ光俊『夢の扉』

 私のルーツはフォークにあるので、ここまでいろいろと遍歴を続けてきたけれど、たまにものすごくフォーク的なものに回帰したくなるときがある。まぁ「四畳半フォーク」は残念ながら御免こうむりたいけれど(ちょっと私の青春とは時期がズレすぎているので)、アコースティックがサウンドのベースになる詩情豊かな音楽に触れると、安らかな気持ちになることもある。

 そんなわけで今回紹介するのは、あんべ光俊の『夢の扉』(1992)。

そもそも彼を知ったきっかけというのが、中学時代のオフコースだった。「一億の夜を越えて」という名曲(?)の詩を書いたのが彼だったのだ。オフコースの曲はほとんどがメンバーたちで書かれたものだったので彼の名前がとても際立っていた。「この人って、何者?」と否応なしに気になってしまうというもの。例によってお金がない若者だった私は、FMで流れた「君が好き」という曲をすぐさまエアチェックしたわけだが、その声を聴いて私は腰を抜かしそうになった。

「クセが強すぎる……」

 初めて聴いた人はだいたいそう思うのではないか。いやぁ、ホント、このクセの強さは半端じゃない。消化するのにホントに時間がかかった。だって、オフコースの小田和正の声に慣れていた自分にとっては対極にあるような声であるように感じられたからだ。だがすぐに判断するのは禁物。知人が買ったアルバムを聴かせてもらった。それが『Born to be Wild』。

 なぜか小田和正を除くオフコースのメンバーが参加。プロデュースは鈴木康博ときたもんだ。サウンドもまんまオフコースのそれなわけだが、ところどころ独特なアコースティックなサウンドが垣間見れる。「うん、悪くない」と思えるようになると、今度はヘビー・ローテーション。だんだんハマっている自分がいた。

 その後は『Hearts』(1983)がオフコースから3人(松尾一彦、大間ジロー、清水仁)参加して発表されたのだが、ちょっとサウンドが変わってきた。それでも「アゲイン」という曲は今聞いてもジーンとくる。

 ただそこからは「ちょっとなぁ」という感じになり始める。『Real Fantasy』(1984)はまだいい。ただ完全にオフコースの呪縛からは逃れた。見岳章を迎えたサウンドは完全にそれまでと変わった。ジャケットがすごく冷たい感じのものだったのだが、サウンドもかなり硬質な感じがした。その硬質さが時に薬臭いような感じに聴こえた。いい曲もあったのだけれど、今でもその曲たちを別のアレンジで聴いてみたいという気持ちがある。

 その後は高橋研を迎えてアメリカンロックに傾倒した『Steel Town』(1985)を発表したが、もうこうなると完全に私のキャパオーバー。アメリカンロックはまったくの守備範囲外。その後の展開に希望が持てず、そこから長い時間あんべとはご無沙汰になる。当然その間に私も音楽趣味がいろいろな方向へと広がっていって、私の中であんべ光俊の役目は終了となった気がした。

 時は流れて、結婚後のことなのだが(私が結婚したのは97年)、ふと立ち寄ったCD屋で『夢の扉』を発見する。ホント、偶然なのだ。おそるおそる手に取ったが、原点回帰的なことが書いてあったので、アメリカンロックはやめたことがわかった。そもそもあんべ光俊と言えば、飛行船というバンドで大学在学中にデビューしていたわけで、「ド」がつくほどのフォーク。そこから代表曲ともいえる「遠野物語」につながっていたこともあったので、この原点回帰というものにはかすかな期待があった。とはいえ、ロックだとかフュージョンだとかいろんなものを聴いていた私がいまさらフォークっていうのもなぁと思ったわけだが、当時ちょっと音楽に新鮮さが感じられていなかったころでもあったので、そういう時こそ原点に戻るべきだという大そうな理屈をくっつけて買ってみることにした。

 ところが、うん、意外といい。思えばスピッツだとかミスチルだとかも「ニュー・フォーク」というくくられかたをすることもあるわけで、そうした新しい世代のフォークの原形みたいなものが感じられたのだ。声のクセは相変わらずだったけど、なぜかそのクセも心地いい。調子こいてもう一枚買ってみた。それが『遠き風の声』。

 もうインディーズだったけど、変な制約から放たれた感じがとてもよかったし、あんべ光俊版「一億の夜を越えて」が聴けたのもよかった。

 50を超えたオッさんからすると、ノスタルジー的な趣味なのかもしれないけれど、たまにはこんな感じもいい、という気がする。それにあんべは故郷の岩手を拠点にして堅実な活動をしていることがわかるのも妙にうれしい。ただ、彼が若かった頃に迷走と私が受け取ってしまったような大胆な変容はもうないだろう。とは言え、若さは確かに武器かもしれないけれど、老練な音楽というのもまた味わい深くていいものだ。まぁこの時点で私も歳を取ったということなのだろうけれども……。

 ところで、あんべの過去のアルバムを、アメリカンロックに傾倒した時期を除いて集めてみようかと思ったのだけれど、いまだに『Hearts』と『Real Fantasy』だけ手に入れられていない。だってこの二作品、ボックスセットでしか売ってないし、ボックスセットも二つにわかれていて、それぞれに一枚ずつ入っているのだ。つまり私にとってダブりがめちゃくちゃ出るわけだ。ばら売りしてくれないかなぁと願いつつ、まだまだ元気に頑張ってくれることを願うばかりだ。


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