見出し画像

19 振り返り

先日、三十八歳の誕生日を迎え、三十代が残り少ないという事を改めて実感させられている。

四十にして惑わずの境地に、私は果たして四十歳で至れる事が出来るのであろうか?その為にも今一度これ迄の人生を振り返り、自分自身という存在をクリアにする必要があると、前回の投稿に記した。


ここに来て漠然と思う事は、人生というものを四季に当て嵌めると、二十年毎に季節が移り変わるのではないかという事である。

生まれてから二十歳迄が人生の春。若い時間を青春と称するくらいである。人によっては多少の前後はあるだろうが、私の実感としても概ね人生の春は二十歳頃迄であると想う。

そして、二十歳から四十歳迄が人生の夏である。エネルギーに満ち溢れ、何でも出来る様な気がしていた幼い頃の夏休み。

私もこの人生の夏に、それなりに様々な経験をする事が出来たとは思う。しかし、流される様に日々を過ごしているうちに、幼い頃にはあったであろう全能感はとうに消え失せて疲れ果て、気が付けば夏の終わりを感じているのである。

三十八歳というのは、夏休みで言えばさしずめ8月25日辺りと同じ感覚なのではあるまいか。そんな風に思うのだ。

人生の秋が刻々と近づいて来る気配を感じつつ、やり残した宿題を片付けるかの如く、私は自らの人生を振り返り、其れを踏まえて消化しなければならない。

私がどの様に生きて来て、どの様に思い、どの様な人格を形成して来たのか。其れらを改めて確認し、受け止める事無しに、次の季節には進めない。


実際には、時期が来れば自然と季節は移ろい行くものではあろう。しかし、夏休みの宿題を放置したままの状態で迎えた秋というのは、存分にその季節を味わう事が出来ない様な気がしてならないのである。

過ぎゆく夏を惜しみ続け、後悔に苛まれながら過ごす秋では無く、自分の過ごした夏を受け入れて消化した上にこそ、実りの秋を存分に味わえるのではあるまいか。私は是非ともそういった人生の秋を過ごしたいと願う。


その為にと言ってはなんだが、自分の人生を客観的に振り返りながら、noteにて次回から記して行く事に決めた。

何の益体も無い、冴えないそこら辺のおっさんが、パッとしない人生を振り返った事を書き散らすだけの回顧録でしか無いが、もし良ければお付き合い頂ければ幸いなのである。




この記事が参加している募集

#振り返りnote

85,308件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?