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空白の傷を聞くとは 宮前良平×浅田政志『そこにすべてがあった』をめぐる対話②

そこにすべてがあった——バッファロー・クリーク洪水と集合的トラウマの社会学(カイ・T・エリクソン著、宮前良平・大門大朗・高原耕平訳、夕書房)をめぐる災害研究者と写真家の対話。
後半は、パンデミック直前、実際に現地に赴いた宮前さんの体験談から。48年後のバッファロー・クリークで見たものとは。

48年後のバッファロー・クリーク

宮前良平(以下、宮前) カイ・T・エリクソンのそこにすべてがあった——バッファロー・クリーク洪水と集合的トラウマの社会学は、野田村と同様、人口5000人程度の小さなまちバッファロー・クリークで1972年2月に起きた洪水災害の実態を、被災者の方たちへの聞き取りとフィールドワークによってまとめた本です。

僕と共訳者2人(大門大朗・高原耕平)の3人は、現在のバッファロー・クリークがどうなっているのかを確かめようと、パンデミックの直前でしたが、2020年2月26日、洪水が起きたその日に現地を訪ねました
災害発生から48年が経ち、日本人はもちろん研究者が訪ねてくるのも珍しかったようなのですが、住民の方に話しかけると、「ああ、カイ・エリクソンのことは知っている」とか「その本にはうちの父ちゃんの話が載っているよ」と答えてくれて。この本のことはまちの多くの人が知っているようでした。
犠牲者125名と身元不明者の名前が刻まれた慰霊碑で手を合わせたあと、朝早かったので近くのダイナーに入ったのですが、そこにこんな写真が何枚かかかっていたんです。

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浅田政志(以下、浅田) これはいい写真ですね。鉱山従業員の集合写真なのかな。

宮前 はい。1940年代から50年代に撮られた集合写真で、しかも上に名前が貼ってある。70年も前の写真がいまだに名前つきでダイナーに飾られているのを見て、人を大切にするまちの文化を感じました。

その後、バッファロー・クリーク記念図書館に行きました。カウンターでカイ・エリクソンの本を翻訳していると伝えるとすごく喜んでくださり、図書館が所蔵していた新聞の切り抜きなどの資料を書庫からすべて出してきてくれました。皆さん本当に歓迎してくれて、本に出てくるバッファロー・クリークの人たちのあたたかさに今、自分が触れているんだという感動がありましたね。

お昼頃から人が続々と集まってきて、追悼集会が始まりました。犠牲者の名前を全員で読み合ったあと、それぞれが当時の体験を語り始めました。48年経っても語り継がれているのはすごいですよね。

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野田村の「お茶会」でも、バッファロー・クリークでの追悼集会でも、ざっくばらんなあたたかい雰囲気の中で語りが生まれていたのが印象的でした。
被災していない自分が被災地にかかわって一体何ができるのか。僕の中にもずっと溝があったのですが、「お茶会」に参加する中で、そういう溝を乗り越えられたと感じる瞬間があって。
目の前の被災者の方のつらい体験は、自分には決してわかり得ないものです。でもそのような語り得ない、わかり得ないことがあること自体を尊重した上で、語り合っていくことはできるのではないか。この追悼集会に参加して、そんなことを考えました。

翌日は、この日出会った方が近くのマン高校で語り部をするというので、見学させていただきました。どうやらこの高校では毎年、地元の語り部から洪水の体験を聞く会が持たれているようでした。
語り部さんが、「洪水で被害を受けた人が家族にいる人は?」と尋ねると、半分くらいの手が挙がりました。家庭内でも洪水のことが語り継がれていることに、心強さを覚えました。

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浅田 大変な事故があったまちなので、その後どうなったか心配でしたが、皆さんが愛着を持って生活していることがわかってほっとしました。

宮前 本当にそうですよね。カイ・エリクソンもこの本の中で、言っています。コミュニティを新しく構築しようとするとうまくいかない。気づいたときに自然とできあがっているのがコミュニティなのだ、と。48年後のバッファロー・クリークには確かにコミュニティができていた。そのことを身を持って実感できたのはとてもよかったです。
被災地では、一刻も早く新しいコミュニティを立ち上げなければと焦るあまり、すぐに外部の人が建物を建てたり、まちの整備を進めてしまうことがありますが、形が整えばコミュニティができるというものではないのだと、バッファロー・クリークを見て感じましたし、カイ・エリクソンの言葉を常に肝に銘じたいと改めて思いました。

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「そこにすべてがあった」に込められた意味

浅田 ぼくは東京生活が長かったし、今住んでいるのも地方都市で、地域での濃密な人間関係を経験したことがないんです。この本を読んで、ああこういうのが濃密なコミュニティというものなんだなとすごくよくわかったし、野田村の人たちにもきっと同様の濃いつながりがあったのだろうと想像することができた。

読むまでは、「そこにすべてがあった」というタイトルがあまりピンとこなかったのですが、読み終えた今は、その土地とコミュニティに自分たちのすべてがあり、それが壊れると集落全体をトラウマが覆ってしまうことが、よく理解できます。

これって、知っていると知らないとでは全く違いますよね。濃密なコミュニティに羨ましさも感じたけれど、一方で、だからこそ負ってしまう心の傷もある。人々の生の声を根気強く聞いていくことの大切さも、今後写真を撮るときに心に留めておきたいです。

宮前 ありがとうございます。僕は被災地での活動を通して、写真の力についてもよく考えるようになりました。
南三陸町の写真家・佐藤信一さんの作品に、津波後使われなくなり、草が生えた志津川駅のプラットフォームを撮影した写真があるのですが、佐藤さんがその写真を手にとって「自分には志津川駅が見える」とおっしゃったんです。「思い出す」ではなく「見える」と。

僕の野田村での返却活動中にも、顔の部分が消えてしまった写真を見つけて、「これは自分の写真だ」と自信を持っておっしゃる方に何人も出会いました。「わかるんですか?」と聞くと、「自分の顔が写っているのが見える」とやっぱりおっしゃる。写っていないものまでも写し出す力が写真にはあり、見る人にもそれは見えるんですね。
『そこにすべてがあった』を翻訳する中でも、声にならない被災者の声が、文字にすることで聞こえてくるような感触が確かにありました。声にならない声を丁寧に聞いていく、見えないものを見ようとしていくことの大切さを改めて感じています。

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浅田 このところ毎年のように全国で豪雨や土砂崩れなどが発生し、災害は身近なものになってしまいました。
これは半世紀も前のことが書かれている本ですが、今読んでもまったく色あせていないし、むしろ重要性が増している。今こそたくさんの人に読んでほしいですね。

宮前 そうなんです。いろんな人に届けていきたい。
というのも僕自身、この本の出版によって、1冊の本を媒介にして新たな人とのつながりができていくことを初めて経験したんです。たとえば水俣病患者の支援活動をしていらっしゃる方が読んでくださるということがありました。水俣病といえば公害問題として有名ですが、それによって地域の中で分断が生まれ、コミュニティが崩壊したという点ではバッファロー・クリークの事例ともかかわってくる。
あるいは過疎化によるコミュニティ崩壊を考える上でも、この本は参考になるかもしれません。
災害について書かれた本ではありますが、それ以外の読み方もあるのではないか。日本各地で本書を読み合う機会を作れたらと思っています。

浅田 そういえばこの本、かっこいいと思ったらデザインが僕の写真集『浅田家』を手がけてくれた川名潤さんなんですよね。その意味でもすごくご縁を感じました。

宮前 なにしろ浅田さんは、この本の編集者・高松さんを紹介してくださった方でもありますから。浅田さんがきっかけでこの本は生まれたと言っても過言ではない! 本当に感謝しています、ありがとうございました。

浅田 きっかけになれてうれしいです。今日はありがとうございました。

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(まとめ/高松夕佳・夕書房)

スクリーンショット1〜6枚目の写真 ©️宮前良平、7枚目の写真@浅田政志

宮前 良平(みやまえ・りょうへい)
1991年長野県須坂市生まれ。大阪大学人間科学研究科博士後期課程修了(博士・人間科学)。大阪大学大学院人間科学研究科助教、関西大学・立命館大学非常勤講師。専門は災害心理学、グループ・ダイナミックス。共訳に『そこにすべてがあった——バッファロー・クリーク洪水と集合的トラウマの社会学』(カイ・T・エリクソン著、夕書房、2021)、著書に『復興のための記憶論——野田村被災写真返却お茶会のエスノグラフィー』(大阪大学出版会、2020)がある。
浅田政志(あさだ・まさし)
1979年、三重県津市生まれ。日本写真映像専門学校卒業後、写真家として独立。専門学校在学中から撮りためた家族写真をまとめた写真集『浅田家』(赤々舎)で、第34回木村伊兵衛写真賞を受賞。国内外で個展を開催し、著書も多数。写真集に『アルバムのチカラ 増補版』(文・藤本智士、赤々舎)『浅田撮影局 まんねん』(青幻舎)『浅田撮影局 せんねん』(赤々舎)など。

協力:本屋B&B

DSC01210のコピー

四六判/上製/384頁
978-4-909179-07-4 C0011
装幀・川名潤
装画・竹田嘉文

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