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日々、尊敬する後輩たちに私は育てられてます。

私には、ロールモデルみたいな人はいない。

そんな私が働く上で刺激を受けているのは尊敬する後輩たち。

尊敬する先輩もいるのだけど、最近は、自分より感性が新しくユニークな発想の若手から刺激を受けることが多い。

パワフルな後輩が私を変えた

今や私にとって欠かせないツールとなっているFacebookは、仕事が縁で仲良くなった後輩の刺激を受けて始めたもの。当時からその後輩は交友範囲が幅広く、情報の鮮度が高く、時代の先をハイスピードで歩いている感じだった。

私の想像のはるか上をいく企画を彼女はサクサクと考え、「ねぇ、こういうのどう思います?」と相談を持ちかけてきた。私が彼女の役に立っていたのか今でも不明だが、話を聞いているだけでワクワクし、その斬新さに引き込まれた。

斬新さゆえに実現に向けた課題も多いのだが、彼女は一つひとつ乗り越えながら形にしていった。そんな彼女の姿をみていた私も、知らず知らずのうちに背中を押され、社外との交流を増やすようになった。

基本的に初めての場所がものすごく苦手な私は、会場に出向く段階で、緊張と自信のなさに何度も押し潰されそうになった。でも、次第に交友関係が広がり、鮮度の高い情報が増えるのと反比例するかのように、その緊張や不安は少しずつ減っていった。

その過程を経て今、私にはオンラインにも過ごせる場所ができた。全て彼女のバイタリティのおかげだ。そして彼女のことが今でも大好きである。

新たな視点をくれる師匠男子

数年前、社員向けの説明会で「ウチの会社にこんなにプレゼンうまい人いたの??」というくらいトーク上手な男子の存在を知った。どんな人か気になって社内のツテを辿り、そして私は自己紹介をしに行った(多分、相当驚かせたと思う)。

私のいきなりの訪問に、彼は少々驚いた様子を見せつつも、快く応じてくれた。少しの会話から溢れ出る豊かな感性や頭の回転の速さ。こんな面白い人が社内にいたとは。

その会話をきっかけに時々情報交換をするようになった。

日頃は私が気になる記事やセミナー情報を一方的にメールしているのだが、それに対する回答がいつも真摯で秀逸。自分では気付かなかった視点や課題を分かり易い言葉で教えてくれる。もはや私の師匠だ。

おまけ

40を過ぎると、同世代は管理職となっていき、周囲はほとんど後輩だ。

彼らの会話はいつもユーモアに溢れていて、自分の失敗ネタを赤裸々に語って周りを爆笑させたり、絶体絶命の大ピンチ!という状況を笑いを織り交ぜながら実況中継したりして、硬くなりがちな職場の空気をいつも浄化してくれる。

新しい刺激を日々与えてくれる後輩たちに、今日も私は頭が上がらない。


野球好きな母が日々感じたことを綴ってます。何かのお役に立てたら幸いです。