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東京ネロ戦記③ 律子

「日本の最南端に位置する島の名前を答えよ。」

小5のときの社会の授業で松浦先生がどや顔で質問してきた。南鳥島って言わせたい大人の狡猾さに辟易してた私は、肩肘をついて、沖ノ鳥島です。って返す刀で言い放ってやった。多分擬音でチッスって付いていたかも。

「お、さすがだな。黒瀬はよく本をよむからな。」と、松浦先生は嫌な顔をせず褒めてくれた。

今から考えると、先生の授業の段取りを無視した、我が物顔の嫌な小学生だった。

なんで、私はこの日のことをこんなにも覚えているのかって?
それは、資料集の沖ノ鳥島の写真に度肝を抜かれたからだ。

 沖ノ鳥島は、太平洋(フィリピン海)上に浮かぶ、約5.8㎢の小さなサンゴ礁で、島と聞いて想像する姿には程遠い姿をしている。

満潮時には海面下となり、干潮時には環礁の大部分が海面上に姿を現し、その姿は、まるで、海に浸された野球のマウンドのようだ。ああ、詩心ないな私は。

 だが、それは観光地ではなく、日本の領海を拡充するためだけの存在で、誰も上陸はできないし、保全工事以などではまず政府に許可されない。

そしてひときわ目を引くのが、観測所だ。まるで大海に浮かぶ小さなマンホールだ。

一目見たときから何故かその丸い円に心が惹かれた。これだと思った。

それ以来私の行ってみたいところランキングで、イグアスの滝を抜いて1位に躍り出た。

ただしー?いつまでもサンタを信じてはいけないように、「私は沖ノ鳥島にいつか行ってみたい」と言うと「お?痛いヤツ?」と思われる年頃になり、その代償を払ってまで主張するのを辞めて、代わりと言ってはなんだけど、SNSのアイコンを沖ノ鳥島の観測所にした。

そのマンホールみたいな形は、アカウントの写真の円に綺麗に収まるのも具合が良かったし、いつしかそのアイコンが、浸透圧で細胞膜を染みでる溶質のように、私のアイデンティティになっていくのを感じた。

         *     

 最初は気のせいだと思った。いや、むしろ最初からそうだったような気もした。
でもやっぱなんか変だよなって思って、うん、絶対におかしいって確信に変わるまでに1週間は費やした。

 メロのスレッドのタイムライン上の私のアカウントの観測所(マンホール)の写真を何気なく眺めていたら、微妙にずれている。。。
円から右に数ミリずれて、三日月くらいの隙間が出来ている。

うん?うーん?と、目をPCの画面に近づけたり、離したりしてみるけどやっぱり隙間が空いている。

勿論自分でいじったわけではない。

「まあ、いいか。」と、「やだ、怖いんだけど」の間を右往左往して、時間だけが経過していた。

でも考えるよりも前に一つやることがある。

もちろんそれは、このアイコンの位置を戻すことだ。

私はPCの前に座りなおして、設定をはじめた。

しかし、アイコンをクリックすると、不思議なことが起こった。


私は一瞬、とてつもない轟音の中にいて、外気に晒された。

脳の処理が追いつかない。
自分の理解力の乏しさがもどかしい。

え?え?何?今の?
なんかとてつもない轟音じゃなかった?
真っ暗で何も見えなかったけど。

そしてある事実に愕然とする。

「やだ、髪めっちゃ濡れてる。」

思わず口に出してしまった。
なんか知らないけど私、水浸しなんですけど。

お母さんに電話する。
ねえ、お母さん。どうしよう。私病院に行った方がいいかな?

母は割と真剣に受け止めてくれて、あなたの勘違いじゃないなら、しばらくそっち行こうか?お父さんも、今は出張も少なくなってロビンの世話も頼めるし。なんなら拓実にしばらく一緒に暮らして貰うよう頼む?折角同じ東京に居るんだし。

と、弟の名前が出たところで、
やだ、お母さんに来て欲しい。とワガママっぷりを発揮する。

スケジュールを調整してまた連絡をくれることになり、その日はそれで終わった。

 それから今週の金曜日に行くね、というLINEを読んだのが翌日の水曜だった。

そして、指折り数えて母を待ち、金曜日が始まった。言うまでもなく13日だった。


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