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東京ネロ戦記② 倫太郎

 それはまさに偶然だった。新海誠的なボーイミーツガールに少し興奮したことをおぼえている。

僕はもう何年も前に終わって、2クール目は絶望だろうと言われているアニメのファンサイトを管理しており、
その側面だけをピックアップし、誰かに僕を紹介するごとに「あいつオタクだから」と吹聴する姉を、心から軽蔑していた。なぜならそのサイトにも多分女の子はいるし、いまどきアニメ好き→オタクってちょっと前時代的すぎてって言うと、
違う、お前は見た目がオタクなんだよ。と綺麗なストレートをくれた姉も今はもう2児の母で、みんなが羨むビックテック、メロ社に就職した僕に、毎月姪のためのおもちゃをおねだりするようになっていた。

僕は2次元から姪たちに心移りした仮の姿を姉や両親への見せ球として、
彼女たちにアニメの素晴らしさを刷り込ませるという決め球のスライダーを放る楽しみを近頃得た。



 こういう風に喧伝すると、まるで僕には悩みの一つもない、順風満帆野郎に見えるが、もちろんそんなことはない。

 
 メロ社では、僕はチーフエンジニアのジェイクのチームで、仮想現実を日々作り上げているのだが、
おい!みんな。2024年の今、ドストエフスキーを知らない奴がここにいたぞ!と、ジェイクには馬鹿にされるし、
パートナーのいない休みに何をするのかと聞いてくる後輩のヒョングにも毎日イライラしている。
コーディングの速さで僕に勝てないもんだから、インド人の親友のラマサミーが物理エンジンの話のときだけマウントを取ってくるのも腹が立つ。
控えめに言って、チームでは僕が一番ユニティやアンリアルエンジンの使い方がうまいはずなのに。

だからグラフィックスのレンダリングを延々とやっていた午後、メロ社のスレッドを他のディスプレイで流し見してたとき、タイムライン上に、とあるアイコンを見つけて、思わずそこに僕の鬱憤をぶつけてしまった。

つまり、なんていうか、僕は仮想空間のXR内であれば、ユーザーのUIを簡単にいじくれるスキルと権限があるということで、そのスキルを堅持するために、そのアイコンをすこしだけ右にずらして見せたのだ。そして、隣のラマサミーの肩をツンツンして、これみよがしに見せた。

ラマサミーはチーム内でこういういたずらに乗っかってくれる唯一の奴だ。

その午後もラマサミーは大げさに驚いて見せてくれて、
「おいおい、リン。こいつはすごいな。どうっやたんだ。バイパスは?バックドアに仕込んであったのか?」

僕は肩をすくめるジェスチャーをした。

「はは、まるでマンホールの蓋があいてるようじゃないか。
おい、リン。この隙間にバグでも仕掛けないか?
ユーザーがアイコンをクリックすると、実際にはドアが開いて別の階層に飛ばされる。
『ワープ』みたいな。」

ラマサミーの元来のいたずら好きの顔をのぞかせた。

僕は無表情でラマサミーを数秒間じっと見つめて、ハイタッチを交わすことで共犯になる。

「できるか?」

「できるさ。これをこうやって。」と言って、勝手に僕のキーボードで、レンダリングをストップし、パスを設定し始めた。

「おし、これでアイコンが転送装置に変わったぞ。物理エンジンで重力を減らせば、このアイコンをふわふわ浮遊だってできる。」

ラマサミーが変な方向に火が付きそうなのを予感して僕は、サンキューといって、エンターを代わりに押した。

ところがだ。思いがけないことがその時起きた。

No authorised. Higher Authority Require

という警告が出てはじかれてしまった。

「何だこのエラー、初めて見たな。」
ラマサミーは怪訝そうに、ディスプレイに顔を近づける。

「ああ、高次権限が必要?システムエラーじゃないのか?」

「聞いたことないな?このアイコンに元々セキュリティがかかってるってことか?」

と、ラマサミーは誰に呟くでもなく、手をひたすら動かす。キーボードの音がオフィスに響く。

「さあ、これでどうだ。」
力強くエンターを押すも、再び同じ警告エラー。

僕は実はその時点で興を削がれていたのだけど、ラマサミーは、自分の端末に戻り、
「リン。ちょっとそれ貸せ。明日までには突破してやる。」
と無理やりデータを自分の端末に送った。

それが僕の最悪の物語の始まりだった。


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