史料でよむ世界史 2.1.3 アーリヤ人の進入とガンジス川流域への移動

前1500年頃（今から3500年ほど前）、中央アジア方面からカイバル峠をこえて「アーリヤ人」がインドに移動した。

彼らの言語は、インド=ヨーロッパ語族にカテゴリ分けされる。現在のヒンディー語やパンジャーブ語、ラージャスターン語、ベンガル語などの御先祖。
ヨーロッパの英語やドイツ語、フランス語とも”親戚関係”にあるよ。

彼らの生活スタイルは牧畜だったけど、インダス川上流のパンジャーブ地方に定住。

貧富や地位による差はまだなく、指導力があり尊敬を集めたリーダー（首長）が、神様への信仰をベースにメンバーをまとめていたようだ。

雷の神様、火の神様といった自然にある対象が信仰の対象となり、家畜がいけにえとして捧げられた。多神教だね。

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こうした儀式をとりもつ司祭は、神に対する特別な呪文を唱えることができた。

「雨を降らせてほしい」
「作物がよく育ちますように」
「災害を起こさないでください」

現代のわれわれとは比べ物にならないほど、自然と寄り添って生きていたわけだから、自然の猛威を防ぎ恵みを祈ることは、ごくごく自然なことだよね。ある意味現代のわれわれよりも、「自然はすごい」「人間には限界がある」ってことをわきまえていたわけだ。

儀式で唱える神様に対する讃歌のことを『ヴェーダ』という。
最古のものは『リグ=ヴェーダ』。
これを読み解くと、当時のアーリヤ人の世界観や暮らしぶりがよく分かる。

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前1000年（今から3000年ほど前）を過ぎた頃、アーリヤ人の中からもっと肥沃な土地をもとめてガンジス川の移動するグループが現れた。

このころから道具は青銅器から鉄器に変わる。
鉄でできた農具があれば、藪（やぶ）や木を切り開いたり、土地を深く耕すことができる。
また、牛に引かせるタイプの木製の「犂」（すき）も開発され、農業生産力はぐんとアップ。
小麦や大麦に加え、稲の栽培も中心になっていった。

アーリヤ人は、移動した先に暮らしていた先住民ともまじわり、農業中心の社会をつくっていく。
その過程では、グループ同士の大きな戦争や、先住民との征服戦争も起きたようだ。
そんな中、いつしか王とその家来たち（王侯）、神様に祈る司祭といった、生産に関わらない支配層が生まれ、しだいに富や権力を蓄えるようになっていく。
序列のトップに君臨するのは司祭（バラモン）だ。

その下に、戦う武士（クシャトリヤ）が位置づけられる。
支配される側の農民・牧畜民・商人はヴァイシャと呼ばれ、さらに底辺には先住民を中心とする奴隷のシュードラがその下に位置づけられた。

このような身分的な上下の観念をヴァルナ制という。肌の色によって人間を序列化する価値観が背景にあるようで、前9〜8世紀頃ガンジス川の上流域で成立した。
なお、誰がヴァイシャで誰がシュードラかという区分は固定的ではなく、時代がさがるとともに変化していく。

紀元前後2世紀に成立した『マヌ法典』という決まりの一部を読んでみよう。

マヌ法典―ヒンドゥー教世界の原型 (中公新書)

偉大な光明である彼ブラフマンは、彼が創造した一切のものを守護するために、口、腕、足から生まれた者たちに、各々〔が従事すべき〕職業を割り当てた。［第1章87条］
バラモンには〔ヴェーダの〕教授と学習、自分と他人のための祭式執行、布施と受施〔という生活法〕を割り当てた。［第1章88条］
クシャトリヤには人民の守護、布施すること、〔自分のために〕祭式を行うこと、〔ヴェーダの〕学習、および感官の対象に執着しないことを指示した。［第1章89条］
ヴァイシャには家畜の飼育、布施すること、〔自分のために〕祭式を行うこと、〔ヴェーダの〕学習、商業、金貸し業、および農業〔を定めた〕。［第1章90条］
主〔ブラフマン〕は、シュードラに対し、これらの〔上位三〕ヴァルナに不平を言わずに奉仕するという唯一の行為のみを命じた。［第1章91条］

だいたいこんなふうなことを言っている。

［超訳］ブラフマンという神はこの世界をつくった。みんなを守るため、ブラフマンの口、腕、足から生まれた4つの人たちに、4つの階級（ヴァルナ）を割り当てた。
司祭階級であるバラモンのミッションは、儀式をおこない、神々にささげるお布施を受けること。
王侯、戦士階級であるクシャトリヤのミッションは、人々を守り、バラモンにお布施をすること。ヴェーダを勉強し、欲を慎むこと。
農業、牧畜、商業をおこなう庶民階級であるヴァイシャのミッションは、家畜を育て、お布施をすること。それに商業や農業をおこなうこと。ヴェーダを勉強すること。
さらに奴隷階級のシュードラは、これら3つのヴァルナのいくことをしっかり聞くことがミッション。

やがてヴァイシャが商人、シュードラが農民・牧畜民を指すようになると、そのさらに底辺にはもはや「カースト外」の不可触賤民（ふかしょくせんみん）というカテゴリも生まれるんだ。

たとえば、先ほどの『マヌ法典』には、こんなふうに記されている。

「しかし、チャンダーラ（★1）とシュヴァチャ（★1）の住処は村の外に置かれるべきである。〔彼らを〕アパパートラとする。犬と驢馬が彼らの財産である。」［第10章51条］
法〔ダルマ〕を守る者は、彼らとの交際を求めてはならない。取引は彼ら相互にのみ行い、同じ〔生まれの〕者と結婚すべきである。［第10条53条］

（★1）チャンダーラは「不可触選民」のこと。シュヴァチャも同じ意味。
『世界史史料2』岩波書店、24頁

職業の内容も”きれい”な仕事と”不浄”な仕事に分類され、代々受け継がれる職業や信仰別に形成されたグループ（カースト（ジャーティ）集団）が生まれていくと、次第にそうした集団がヴァルナ制の4つの身分と結びつけられていった。異なるカースト集団に属しているだけで、一緒に結婚したり食事をとったりすることすら制限されてしまうんだよ。

このようにして複雑に形成されていったのが、現代インドでも根強くのこるカースト制度なのだ。

では、カースト制度は、現在ではどのようになっているのだろうか。

結論から言えば、1950年代に制定されたインドの憲法ではカースト制による国民の差別が禁じられている。でも、社会的にはさまざまな場所で、カーストによる差別はいまだ残されている。

「1950年に制定されたインド憲法は、不可触民制の廃止を宣言し、「指定カースト」（前不可触民）、「指定部族」（先住民族）、下級カーストの「後進諸階級」――三大集団に対する特別措置を設けることを定めた。すなわち、教育と公的雇用と議会議席の三分野で、留保システム（reservation system）の実施が宣明され、国家が定めた委員会によって次々に新政策が実施されてきた。」（https://blhrri.org/old/kokusai/un/un_0020.htm）

現在のインドにおける宗教の比率を見てみよう。

ヒンドゥー教、仏教、イスラム教は、それぞれどこに当てはまるだろう？

正解は、1番がヒンドゥー教（82%）、2番がイスラーム教徒（12％）。

3番目と4番目はほぼ同率で、キリスト教（2％）とシク教（2％）。

インド生まれの仏教は、現在では「その他」にランクインするほど減ってしまった。

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さて、ガンジス川流域の社会でトップに君臨したバラモンたちは、みずからのポジションを盤石なものにするべく、神様に対する儀式をとりおこなうことができるのは自分たちバラモンだけであると主張。
「秘伝の知識」がなければ、お祭りをとりおこなうこともできず、この世界は大変なことになってしまうというわけだ。
バラモンが中心となり、このように当時のインドで共有されていた宗教のことをバラモン教というよ。